42.ナイフの在り処

 夕食の終わった席で、ユタカが言った。


「悪いけど、この後近衛兵の剣の様子を見てやることになってるんだ。サザはリヒトに部屋の案内をしてくれるか? 遅くなるかもしれないから先に寝ていていいよ」


「うん、分かった」


「僕の部屋があるの!?」


「勿論! ちゃんとあるよ。早速見に行く?」


「うん!」


 サザは飛び上がるリヒトと手を繋ぐと部屋がある二階への階段を上がった。リヒトの部屋はサザとユタカの部屋の廊下を挟んですぐ向かい側だ。


「ここがリヒトの部屋ね。服や靴やなんかは一通り用意しといたよ。足りないものがあったら言ってね。町に一緒に買いに行こう」


「すごい、僕の部屋……」


「ふふ」


 リヒトが一々最大限に喜んでくれるので、サザはすごく楽しかった。二人は一度廊下に出て、サザとユタカの部屋に向かった。


「ここがユタカと私の部屋だよ。もし夜眠れなかったらここにおいでね」


「はーい」


 サザはドアを開けて部屋の中に入った。

 リヒトが「大きいベッドだ!」と言ってふざけてベッドに倒れ込んだ。サザは笑いながらクローゼットを開けて、肩にかけていたショールを中に仕舞った。


 するとそれを見たリヒトが急に硬直した。一気にベッドから降りてつかつかとサザのそばに寄り、スカートを掴む。


「……母さん」


「ん?」


 サザが傍らに来たリヒトの顔を見ると、怯えとも怒りともつかないような表情を浮かべ、じっとサザの顔を見ている。


「リヒト?」


 サザはリヒトの急激な変化に動揺し、声をかけた。


「ど、どうしたの? 具合悪い?」


「母さんは、ナイフをクローゼットに隠してるでしょ」


「……え?」


 サザは全く予期していなかったリヒトの言葉に、青ざめて息を飲んだ。


「そんな訳ないでしょ? ナイフなんて持ってないよ」


(何で分かったんだ? 絶対見えないはずなのに……)


 サザは嫁いだ時につい捨てられずに持ってきてしまったナイフを、クローゼットの鍵付きの引き出しの奥の奥に、服にくるんで仕舞っていた。


「今、クローゼットを開け閉めした時に見えたんだ」


「見えた?」


(有り得ない。リヒトは嘘をついてる)


 ナイフがクローゼットの中にあるのは事実だが、引き出しの中に入っているのだから扉を開け閉めしただけでは見えようがない。

 幾らリヒトが勘が良くても分かる筈無いのだ。リヒトには、絶対に見えないはずのナイフが見えている。


「寝室に、ナイフを隠してるなんて。父さんは暗殺者に襲われたんだよね? 母さんも、父さんを、殺そうとしてるの? 幾ら父さんが強くても、寝てる間なら……」


「そんなはずないでしょ!?」


 サザはユタカを殺そうとしていると疑われたことに思わず声を荒げると、その声に驚いたリヒトがびくっと身体を震わせた。


(怖がらせてしまった。私はこの子の母なのに。でも、一体どういうこと?)


 リヒトは悲しみと怒りと恐怖がごちゃまぜになったような目で、サザのスカートを掴んだまま、こちらを見つめいている。


 これは魔術かと考えたが、リヒトも国からの素養のチェックを受けているはずだ。ハルも言っていた。リヒトに素養は無いはずだ。

 素養が無ければ絶対に魔術は使えない。これは魔術ではない。全く違う力が働いている。しかし、ナイフの存在を知られてしまっては、サザが暗殺者とばれてしまう。


(どうしよう……でも、リヒトはユタカを心配してるだけなんだ)


 リヒトは、サザの正体を暴いて貶めようとしている訳ではない。ただ、大好きな父のことを守ろうとしているだけだ。


 サザもリヒトを糾弾するようなことはしたくない。それには、リヒトに信用してもらうしかない。

 それに、何故リヒトがナイフのことが分かったのかは知っておきたい。


(こうなったら。この子に信用してもらうには、ちゃんと話すしかない。それで無理ならもう仕方ない)


 サザは深呼吸をした。


「……リヒト」


「なに?」


 警戒した様子でリヒトが答える。


「確かに私は、クローゼットの中にナイフを隠してる」


「ほら、やっぱり!」


「でも、クローゼットの絶対に開け閉めでは見えない場所にある。だから、リヒトは嘘をついている。リヒトも何かを私に隠しているね?」


「そんなことない、見えたんだよ!」


 リヒトが声を荒らげた。明らかに慌てている。


(やっぱり何か隠してるな)


「リヒト。こうしよう。私は、私が隠していることを全部リヒトに話す。リヒトも私に全部話す。そして、お互いに、決して、誰にも言わない。約束しよう」


「……」


「私は、リヒトと家族になれてすっごく嬉しい。これからもずっとユタカとリヒトと一緒に生きてくのが、すっごく楽しみなんだ。そのためだよ。私は、決して約束はやぶらない。信じてほしい」


 リヒトは俯いて黙ってしまった。リヒトに信じてもらえないならサザの正体は直ぐにユタカにばれてしまうだろう。仕方がないが、ここでの生活も終わりだ。かなり長い沈黙ののち、リヒトが口を開いた。


「……母さん」


「なあに」


「分かった。僕も教える」


「……ありがとう」


 サザは安堵から思わず大きなため息をついた。


「ぼくも、ここで母さんと父さんと、一緒にいたいんだ。でも、母さんが先に話して」


「いいよ」


 サザは周囲の人の気配を入念に確認すると、ドアとカーテンを閉めた。オイルランプの明かりの中で、リヒトと一緒にベッドに腰かけた。


「私は暗殺者なの」


「え!? じゃあやっぱり、父さんを殺す気で……?」


「違うの。落ち着いて聞いて。私はユタカを守りたいの」


「守る……?」


 サザはリヒトに、自分が暗殺者であることを隠してユタカと結婚したこと、暗殺者に狙われているユタカを守りたいと思っていること、誓いを立てたので暗殺者とばれたら死刑になること、どうしても捨てられず持ってきてしまったナイフのことを、順を追って全て話した。


 もちろん、ユタカも、リヒトも、殺す気は全くない。これからも家族で生きていきたいということも。リヒトは驚いたようだったが、サザがユタカを守りたい気持ちを丁寧に話したので、信用してくれたようだ。


「母さん、疑ってごめん。僕……」


 今にも泣き出しそうな声で俯いたリヒトをサザはぎゅっと抱きしめた。


「いいの。疑われて当然だから。でも、リヒトのことも教えてくれる?」


「うん、分かった」


 リヒトは涙の溜まった目を拭って、サザの目を真っ直ぐに見た。

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