41.家族になる
「はは、リヒトより私の方がやんちゃでしたね……」
サザは建物の中へ戻り、頭を掻いて笑顔でごまかしつつハルとユタカに言った。
「サザは運動神経がいいのね。びっくりしちゃったわ」
「すごいな、おれはあんなに早く木に登れないよ」
ハルとユタカは感心した様子で言った。不審がられてはいない様だったのでサザは胸を撫で下ろした。
「リヒトはどうだったかしら」
「私はリヒトと家族になれたら、すごく楽しそうだなって思いました。ただ……」
「ただ?」
サザは、家族になれたら楽しそうだとは思ったが、自分がリヒトの母親としてどう接したらいいかには、正直なところいまいちぴんときていなかった。
「私はリヒトの母というより歳の離れた姉位の年齢差ですし、子供を産んだ事も無いのですが。そんな私が母になってもいいのでしょうか?」
ハルは優しく微笑んで答えた。
「サザ。気持ちは分かるわ。でも、私はあなたとユタカならちゃんとやっていけると思う。私は子供を育てる上で最も良くないのは『親とはこうあるべきだ』と思い込む事だと思うの。確かにあなたとユタカとリヒトの家族は、他の多くの家族とは成り立ちが少し違うのかもしれないわ。でも、人はそもそもみんな違うのだし、その数だけ家族の形があるのは普通なのよ。勿論、経済的な後ろ盾がゼロでは子育ては不可能だし、子供に子供は育てられないけど、あなた達はどちらにも当てはまらないし。あなたたち二人が、リヒトと家族としてやっていきたいという気持ちがあれば、大丈夫よ」
「ありがとうございます……」
ハルの力強い言葉がサザは嬉しかった。
「それでしたら、私も、リヒトに来てほしいです」
「良かったわ。じゃあ今夜リヒトに話しておくわ。返事を聞いたらまた連絡するわね」
「ありがとうございます」
ユタカとサザは、その後暫く子供達と遊んだ後、暗くなる前に帰路についた。名残惜しそうな子供達が、犬ぞりに乗ったサザ達が見えなくなるまでいつまでも手を振っていてくれた。
―
翌日、早々にハルから、リヒトが了承してくれたという伝令が届いた。週末に迎えにきて欲しいそうだ。
「よかった……楽しみですね」
「ああ。こっちも色々と準備しないとな」
「町で少し洋服を買ってきましょうか。後は靴や、子供用の馬の鞍なんかも要りますね。養子縁組の手続きはヴェシに確認して……」
「サザ。リヒトが来る準備として一つお願いがあるんだけど」
「何でしょう? 買い物ですか?」
「そろそろおれを領主様って呼ぶのを止めてほしいんだ」
「え?」
思っても見なかった提案にサザはユタカの顔を見た。
「おれはサザって呼んでるから、サザもユタカと呼んでいいよ。もう敬語じゃなくていいから。リヒトが来るならその方がいいだろ?」
確かに、サザが一方的に敬語だと、女は男に敬語を使うのが普通だと思ってしまうかもしれない。
それに一般的な普通の夫婦であればお互いに敬語を使うのはおかしい。ただ、サザはユタカが実際に身分の高い男なので、他の城の人達がやっているのと同じように敬語を使っていたのだ。
「……確かにリヒトがいるなら、不自然かもしれないですね」
「敬語じゃなくていいから」
「あっ」
サザは口籠ると、頭で考えてからもう一度口に出した。
「確かにそうだね。ユタカ……」
言ってから急に恥ずかしくなったサザは咄嗟に俯いて唇を噛んだ。
(慣れなすぎる……)
「サザ」
「……なに?」
「なんか、すごく可愛かったからもう一回言って」
ユタカは真顔で言った。
「……や、やめてよ……!」
サザがあまりに恥ずかしくなって怒るとユタカは声を上げて笑った。
―
週末になり、ユタカとサザは孤児院にリヒトを迎えに行った。ハルと他の子供達は、代わる代わるリヒトを抱きしめ、歌を歌い、大きく手を振って見送ってくれた。
少し緊張した様子でおずおずとこちらに歩み寄ってきたリヒトは、はにかむとユタカとサザにぎゅっと抱きついた。サザはユタカと一緒にリヒトの頭を撫でた。
「リヒト、今日から宜しくね」
「楽しくやろうな」
「うん!!」
馬に乗って一緒に城に帰ると、ローラや近衛兵の皆がリヒトを温かく迎えてくれた。あまりの人の多さに驚愕しているリヒトの様子が面白くて、サザは笑ってしまった。
夕食にはローラが作ってくれたミートボールを三人で食べた。ハルからリヒトが好きと聞いていたのでローラに頼んでおいたのだ。
リヒトは目を星の様にきらきらさせて、一生懸命食事を口に運んでいる。その様子に思わずこちらが笑顔になってしまう。サザはユタカと顔を見合わせて笑った。
(私がこんな幸せな場所に来られる日が来るなんて、思いもしなかったな)
今ここにいる子供はサザ自身でなくリヒトだが、サザは辛い幼少期に自分がやりたかったことを、リヒトを通して追体験しているように感じた。
こんな平穏な日々がずっと続いてほしいと、サザは願わずにいられなかった。
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