5.嫁ぐ

「私達もサザのスキルを活かせそうな仕事を色々と探してみたんだが、何も見つからなくて困り果ててな」


「ちょうどその時に、ユタカ・アトレイドの結婚相手の話を酒場で聞いたからさ。とりあえずダメ元でと思って、サザの名前で求婚状を送ってみたのよ。その結果が、それなの」


「は……?」


 サザはあまりの意味不明さに呆然として言葉を失った。


「ユタカ・アトレイドはサザと結婚したいと言っている」


「や、絶対おかしいでしょ。あり得ないよ」


「私とカズラも正直、信じられなかったんだけどさ。でも、返事来ちゃった。結婚できるのよ? ユタカ・アトレイドと。そうすれば生活は安泰でしょ?」


「いやいや……でも私の場合、正体がばれたら大変なことになるじゃん」


「今までばれないで暮らして来れたんだもの。平気よ。で、ユタカ・アトレイドに求婚状を出してサザには結婚という手段があると気がついたから、他にも相当な数出したんだけど、返事が来たのがそれだけだったの。ご縁だと思うわ。私が片っ端から調べて、字が綺麗なカズラが書いたの。二百は出したわよね?」


「二百六だな」


「勝手に何やってるの……てか、そんなに出して一つか……傷つく……」


 サザは深いため息をついた。


「でもさ、サザ。仕事が見つからなかったとしたら、サザが生きてくのにこれより良い方法ないでしょ?」


 アンゼリカが真剣な表情で言う。


「う……!」


 確かにサザが生きていくための食い扶持を稼ぐ方法が無いのは本当だ。しかしその解決方法が結婚になるなんて、ちっとも考えていなかった。

 それに、カズラとアンゼリカには二人の人生がある。二人はサザを気にかけてくれるのはありがたいが、迷惑はかけたくないし、新しい仕事を応援したい気持ちもある。


「ちょっと、冷静に考えさせて……」


 サザはこちらを見つめる二人をそのままに、もう一度うつ伏せにぼすんとベッドに倒れ込んで、枕の下に頭を入れた。アンゼリカとカズラがベッドに倒れ込んだサザの背中をそっと撫でる。


「サザ。結婚の話、嫌だったら断ってもいいんだよ。仕事見つかるまで、私が働く予定の薬屋に泊めてもらえないか頼んでみるから」


「そうだ。私ももう一度いろんな店に顔を出して仕事がないか聞いてみるよ」


「……ありがとう」


 大変な迷惑をかけているのに二人は優しい。しかしその二人の優しさが余計にサザの胸を締め付けた。


(結婚か。私から最も遠くにあるものだと思ってた……)


 まさに晴天の霹靂ともいえる結婚への大きな不安が、サザの中でぐるぐると渦巻いていた。



 その結果、今まさにサザはユタカ・アトレイドが用意した馬車に乗ってイーサへ嫁ごうとしている。サザは頭が干上がる位に悩んだものの、結局、結婚を受け入れることにしたのだ。


 仕事の決まらないサザを食事が喉を通らない程に心配していたサーリは、サザを抱きしめて泣きながら喜んでくれた。そのことが内心はちっとも前向きになれないサザの心を少しだけ後押ししてくれた。


「サザ、あのユタカ・アトレイドと結婚なんて、ほんとにすごいわね! 私も鼻が高いわ。カズラとアンゼリカも、新しい進路が見つかって良かったわ。すごく寂しくなるけど、いつでも遊びに来てね」


 この美しいビロードのワンピースも結婚のお祝いにとサーリが用意してくれたものだ。サザの瞳の色に合わせた深緑を選んでくれた。ただ、本当なら嫁ぐならドレスを着ていくべき所だがそんな物を用意できる後ろ盾はサザには無い。


(サーリさんは本当に良い人だったし、あの酒場で働くのは大好きだった。でも、ずっとあのままでいたかったと思うのは間違いなんだ)


 サザは酒場の閉店日に最後の望みに掛けてもう一度ギルドに行ってみた。カズラとアンゼリカも最後までサザの仕事を探し回ってくれた。

 しかし、やはりサザのスキルに合った仕事は何一つ見つからず、サザの気の滅入りが深くなっただけだった。


  サザ達は物心ついてからずっと立ち止まることなく、ただ自分が生き残るためだけに必死で暗殺をして生きてきたのだ。カズラとアンゼリカには迷惑はかけたくなかったし、サーリだって、平和になった国で新しい生活を望むことは自然だ。

 それに、サザは暗殺でなら自分の右に出るものはいないと自負していたが、今回の仕事探しを通じて、イスパハルでは自分は全く必要とされていない存在なのだと気が付いてしまった。

 どうしようもなく悲しかったが、もうこの結婚話を受け入れる他に無いことは諦めがついた。しかし、サザはこの結婚について、どうしても納得できないことがあった。


(何で、私なんだろう)


 貴族の娘を選び放題の男がわざわざサザを選ぶなんて、明らかにおかしい。サザから暗殺の技術を抜いたら、特に可愛いわけでも特技があるわけでもない、チビで癖っ毛で体型にも恵まれず、そばかす顔で孤児で金もない、ありふれたただの町娘だ。

 あえて選ぶ理由が何もない。むしろ避ける位だろう。


(あ、別の求婚状と取り違えて返事を書いちゃったとか? 笑えないな……)


 サザが絶望的な気持ちになりかけた所で、馬車が止まった。


「サザ様、イーサの城に到着しました。少しお待ち下さい」

 

御者が馬車の外からサザに声をかけた。


(名前に「様」つけられた……これから一生そう呼ばれるのか)


 サザが嫁いできたイーサは敵国カーモスと隣接しており、戦争で主戦場となった地域の一つだ。そのために土地の荒廃が激しいとの噂を聞いていたが、城に着くまでに通った田畑は作物が丁寧に植えられ、城下の繁華街では人々の活気があった。サザが考えていたよりは、領地は復興してきているようだ。


 城は石造りの砦の様な雰囲気で、周りに堀が巡らせてある。戦争中は要塞として使われていたのだろう。


(お待ちくださいと言われたけど、このまま馬車の中にいればいいのかな?)


 サザがどうして良いのか分からずおろおろしていると、急に馬車のドアが開いた。

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