第13話 意外とロマンチスト?

 あのビッグチャンスの春以降も、当初予定していた異動時期が大幅に遅れたらしい津島は秋の航空祭では飛ばないにしろ、自分の部隊の部下たちの統制のために姿を見せていた。

 告白後、実に気まずい感じもしたがそこは度胸。

 これまでと変わらぬじゃれ方をしている私にあきれ顔の津島というスタンス。

「津島さん、お願いがあります。 それ、部隊出たらください」

 私はばっちり、彼の肩についているパッチを指さす。

「これ? これか……これなぁ」

 ややしぶる彼に攻撃の手は緩めない。

「ください♪」

 それはもう尻尾をふりきった犬のように満面の笑みで見上げ続ける。

「あぁもうわかった!」

 津島はあきらめたようにうなずいて、私を見た。

「言いましたよ?」

「言った!」

「約束しましたよ?」

「うん、わかった!」

「待ってますからね」

「……はいはい」

 すぐ近くにいた佐竹は、耳を疑い振り返っていた。

 今、津島潤史が何かおかしな約束をしなかったかと。

「津島さん、約束ですからね」

「わかった! これは、お前にやる」

 この彼の発言に、私以上に佐竹と加絵がガッツポーズをしていた。

「やった!」

 一緒になって佐竹がぴょんぴょんしていると、津島はあきれたように笑っていたけれど、どこかあたたかい目でみてくれた気がした。

 しかし、あくまでもこれは口約束。

 津島は約束を反故にするような人間ではないが、どうやってそれを私にくれるのだろうと後になって悩む事態に陥った。


「しかしながら津島さんに絡むことには運があると思う次第」 


 天が人間の運命を左右することがあるときいてはいるけれど、それって本当にあるんだなと思い知ることとなる。

 真夏を迎えたある日、とある事情から、私は知人の都合に付き添う形で彼の所属基地へ見学で入ることとなった。それもタイムリーなことに私の誕生日に基地へ。

 ちょうど訓練のフライトがあるとのことで、飛行機がよくみえる隊舎屋上へ案内された。

 目の前には大好きなT4。ただし、カラーリングはシルバー。

「ん? 見たことあるようなフォルムだな……」

 私は目を凝らす。

 直感の回答を手に入れたくて、屋上の柵までかけだした。

 飛ぶことはないはずの津島がGスーツを着用して、駐機場にいるではないか。

「ラストフライトは3日後。 でも、今日、飛ぶみたいよ」

 振り返ると、ニヤニヤしている彼の部下兼、私の友人の佐竹が笑って立っている。

 こんなラッキーはないと泣きそうになりながらじっと目を凝らす。

 訓練を行う本隊が飛ぶ前の天候調査で飛ぶらしいのだが、それでもよかった。

「いってらっしゃい!」

 大声で手を振ると、コックピットから手を振り返してくれる彼がいる。

 この見学の数日前に、津島の部隊でのラストフライトの日にはいけないけれど、その3日前に基地へ伺いますとだけ手紙に書いて出していたのだ。 

 だからといって、津島が特別に飛んでくれるというのは都合の良い解釈だったが、誕生日ということもあり私は勝手に大喜びしていた。

「私! ハッピーバースデー!」

 天候調査で空にあがったはずの機体は、見事なまでに好き勝手を見せつける。

「ブルーかいっ!」

 うれしすぎて突っ込みたくなるけれど、かっこよすぎる。

 続いて上がっていこうという本隊のパイロット達が『何してるんだ?』と思わず見上げてしまっているほどに。

「ね、これ、天候調査?」

 津島がご機嫌よく飛んでいるのを指さしてみる。

「飛びたかったんじゃないの? せっかくコアなファンが来てるし」

 今度は佐竹が私を指さす。

「面白がっているでしょう?」

「あの人は飛びたい人だから、飛ぶって言ったら聞かねーし」

 その言葉に、私ははっとした。

 津島は確かに、機体の横で、何やら整備と会話をしながら、いたずらっぽく笑っていた。  

「これで、天候調査って言い切るわけだ」

「たぶんね。 あの人はそういう人。 やりたいようにやるのですわ。 それに、わざわざ手前に載る機体を置いておいた俺をほめてくんない? 誕生日おめでとうございます!」

「佐竹様、ありがとうございます!」

「よかろう、よかろう!」

 佐竹の言う通り確かに一番手前に載る機体が駐機されており、屋上から一番見やすかった。

 本当に空が大好きですと言わんばかりの豪快な飛び方には胸がすく想いになる。

「行け~!」

 飛んでいる津島に何も聞こえていないのを良いことに大はしゃぎしてみる。

 津島的な天候調査のフライトが終わって、本隊が舞い上がっていったのだが、もう、私はそのあとのことは覚えていなかった。

 あまりに青い空で、単独でも華のあるフライトを見せつけられてしまったのだからもう仕方がない。

 そして、さらなるサプライズが私を待っていた。

 基地へ行っても航空祭やイベントのように必ず逢えるとは限らないことは百も承知だった。

 もし出会えなかったら、私は佐竹に津島へのお土産も花束も手紙も託すつもりでいた。

 しかし、隊舎の階段で彼にばったりとあったのだ。

「津島さん!」

「おう、ちょっとまってろ」

「待ってろ!?」 

 何やら急いでどこかへいってしまう彼の背を見送りながら、私はラストフライト当日には渡せない花束を急いで準備した。

 しばらくして、戻ってきた彼に花束を渡すと、驚いたような顔をしてから笑ってくれた。

「花とか、わざわざもってきたんか?」

「はい、ラストフライトで渡せないから! 津島さん、今日のサプライズすぎたですよ! かっこよかった!」

「たまたまな」

「来れてよかった! 逢えてよかった~。 で、お土産です」

 津島に紙袋を手渡す。それを彼は相変わらずのポーカーフェイスで受け取った。

「はい、よくできました。 毎度、どうもありがとう」

 まるで幼稚園児を扱うようなやり取りだが、次の瞬間、私は本当に何が起きたのかわからなかった。

 彼がフライトスーツの肩からパッチをはぎとり、こう言ったのだ。

「誕生日、おめでとう」

 差し出されたものを掌にのせられて、固まってしまった。

 周りが大騒ぎをして、私は初めて認識した。

「これ、約束したからな。 誕生日なんだろ?手紙に誕生日に行きますって」

 確かに誕生日にとは書いたが、津島が覚えていてくれたなんてびっくりだ。

「死ねる……」

 目頭があつくなった。やばい泣いてしまう。

「死ぬほどか!?」

 あんぐりと口をあけている彼の目がどこか優しい。

「今すぐ死ねますよ! 泣きそう……」

「大袈裟、死なんでもいいし、泣かんでもいいしな!」

 彼はしてやったりの顔をしている。

 掌におかれたものは、欲しいとおねだりをしていたパッチ。

 しかも、予備の綺麗なものではなく、正真正銘の使い切ってあるパッチ。

 彼と一緒に空に上がっていたパッチだ。

 人生で一番うれしい誕生日プレゼントだったかもしれない。

「あぁ、死ねる。 ……あ、そうだ! 津島さん、次、もう決まったですか?」

「次? 次は目黒。 めんどくせ~」

 あっさりと何故か転属先を教えてくれるというさらなるプレゼントつき。

 恥ずかしながら舞い上がってしまった私は以降の記憶が帰宅するまでないのだ。

 かろうじて、津島に『連絡を待っていますからね』と耳打ちして、彼がうなずくのを確認するという作業だけは抜け落ちなかったのはさすがと我ながら思う。

 この天にも昇るような出来事を境に、私と彼の関係は一旦停止を迎える。

 転属は私の予想通りの音信不通という産物を見せつけてきたのだ。

「連絡ってさ、落ち着いたらって言ってたけど、落ち着くっていつ? 退官!?」

 私は自分自身の言葉に口から魂が出てしまうのではないかというくらい脱力した。

 それほどに、彼からの連絡はなかなか来なかった。

「津島、落ち着くっていつだ!?」

 元気にしていますかという手紙は何通か転属先には送ってはいたけれど、気をもむ毎日が4か月ほど経過した。

 方々から、もう無理なのでは的なニュアンスが漂い始めた。

 私自身も不安すぎて、毎日が憂鬱、涙もでなくなってきていた。

 神様なんていないんじゃないか。

 きっと夢を見ていたんじゃないか。

 人生の宝くじはあれで終わりだったんじゃないか。

 やっぱり、相手にされていなかったんじゃないか。

 占い師に相談してみようかと精神的に衰弱しきって、もう完全に恋愛廃人。

「津島潤史、大好きだぁ」

 こんな状況になっても、他の男性への興味がわかない、そんな自分が悲しい。

 12月22日必着で津島へのクリスマスプレゼントにべた甘の恋文をつけ、転属先に発送。

「むなしいぞ! たすけてよ、神様!」

 枕に突っ伏して、涙を隠すように眠りに落ちた。

 どれくらい眠ったことだろう。

 枕元から何やら耳覚えのある着信音。

 目をこすり、スマホを手にする。

 クリスマス当日の朝7時に見知らぬアドレスからメールが届いた。

「なんだこれ?」


【なかなか約束を果たせずに申し訳ありません。

 部隊をでてからも、ずっと応援してくれてありがとう。

 ささやかながら、連絡というクリスマスプレゼントを贈ります。

 来年はきっとあえるよ。

 良いクリスマス、年末年始をおすごしください。        津島】


 慌てすぎて、スマートフォンがまるで生きているように動き、手から離れ、床へ落ちる。そして、飛び起きた後に腰が抜けた。

「何が起きてるの?」

 何度も文面を読み返すが、まったく頭に入ってこない。

 でも、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちてくる。

 悲しいのではない、うれしすぎるのだ。

 嗚咽交じりになりながら、私はすぐに加絵に電話する。

 電話の向こうで加絵も号泣。私を応援してくれている友人たちも号泣。

 奇跡は確実につながっていた。

 かくして、時々の音信不通、一旦停止の王様との直接やりとりが開始した。

 メールアドレスがあることを部下にすら知られていないというレベルの筆不精の王様でもあるのだが、季節のお便り風の堅い文章で、しかも短すぎてさびしすぎるではないか、とがっくりくるのだが、それでもうれしい私は鋼の心臓だと思う。

 蜘蛛の糸よりも細いつながりだったものが、まだまだ細いけれど、紡がれていく。

 そんな不思議な感覚がいつも彼との私との間にはある。 

 もうだめだと思ったところから何故か動き出す。

 神様は時々いたずらをするとは言うけれど、本当の想いには無慈悲ではないのかもしれない。

 連絡がきたというだけで、何が変わったわけではないのだけれど。

 それでも、ものすごく大きな一歩だと思った。

 私は彼に好きですと想いを告げた上での、誕生日プレゼントであり、クリスマスプレゼントなのだからと。



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