真昼のスピカ ー頑固な鷲の口説き方ー
ちい
第1話 空を奪われて
戦後75年をすぎ、戦争を経験した世代の多くが天に召されてしまい、語り部となってきた大切な方々が激減している。
よほど興味がない限り、太平洋戦争の歴史や戦後復興、集団的自衛権、安保法等を詳しく考える者は悲しいかな少ない。
ニュースをみて愕然とするのは成人を迎えているはずの20代が8月15日を何の日かわからないというのだ。
どちらかというと私の家族は自衛隊に詳しいこともあり、自然とそういった類の知識は幼いころから身についていた。
我が家のそういった特性から自衛隊がそれほどまでに遠い存在ではなく、ごく身近なものとしてなじみがあった。
それ故に、戦争の傷跡、戦後国家としての日本についてどこか目を向けるのが当たり前になっていた。
軍隊だなんだと騒がれすぎている自衛隊。
では彼らがいなかったとしたら、どういった組織がまもってくれるのだろう。
自衛隊反対と漠然とした反対意見しか言わない一部のメディアや政治家、近いところでは同僚の横顔に嫌気がさしてしまうのが常だ。
日本はある意味で平和ボケしていることが許されている天然記念物級の国家だと思う。これはあくまでも私的意見なのだけれども。
専守防衛。
守るためにのみ戦います。
守りきってなんぼ。
実に優れている防衛理論である。ただし、その理屈が通用する範囲においてのみの優秀性だ。
理屈が通用しない相手にとっては、阿呆にしか思えない防衛理論なのだろう。
時代の推移、世界情勢からみても日本はもはや時代遅れの大ばか者と揶揄されてもおかしくないのではないだろうか。
どこかの誰かが戦争をしているのを、テレビをながめながらぼんやりと他人事のように感じているだろうが、実際は同じ時代に同じ世界に起きていることだ。
日本だから、日本人だから大丈夫という感性はもはや危険思想だ。
まさに平和ボケのゆとり教育そのものが今の日本人の感覚を育てている。
知っているだろうか、どこかの国が日本に何か攻撃や脅迫を仕掛けたとき、今日の日本はまず、こう言うのだ。
『こら! うちは日本だぞ。 表に出ろ、話し合うぞ!』
私的解釈な上に、稚拙な表現でまことに遺憾なのだけれど、相手が銃やミサイルを向けているときに、日本はこぶしをふりあげてこういうのだ。
『話し合っちゃうぞ!』
それでよく戦後75年乗り越えてきたものだ。
これこそ、日本の神風だと思ってしまう。
私は戦争や軍隊を肯定しているわけではない。
ただ、日本は目を覚ますべきなのだ。もはや日本だけが特別ではないのだから。
どこかの誰かが守ってくれているから自分は考えなくても良いのではなくて、何をもって日本という国が守られているのかをちゃんと見ておく必要があるのだ。
戦前の反省を生かし、国の転落を止めていける抑止力となるのは国民の目なのだとおもう。
こんなことを思いながらも、私自身が毎日を安穏と暮らしているのだから説得力がない。
だからこそ、私は私の周りにいる人間にはごくたまにこういう私の考え方を話すことにしている。賛同してほしいのではない、考えるきっかけになってくれさえすればと思うささやかな戦いだ。
故に、ほとほと変わっているなと自分でも思う今日この頃だ。
こうした私の思想を作り上げている一端を担っているといっても過言ではないものがある。
【イーグル】
これをきいてすぐに何を指すかがわかる人は少ない。
実を言うと、私は航空自衛隊の戦闘機が大好きなのだ。
戦後日本に配備されて30年以上にもなる戦闘機F15J。通称イーグル。
灰色の日本の翼は力強く、どこか誇り高い姿をしている。
全長19.43m、重量13.757t、航続距離は約4600kmの灰色の機体。最大速度マッハ2.5。
あの耳をつんざくエンジン音がどうしてか胸をすかっとさせてくれる。
大きな翼を携え、アフターバーナーをたき、あっという間に視界から消えてしまう。
初めてその姿を見た幼い日のことを今でも忘れない。
吸い寄せられ、引き込まれたその気持ちは今でもかわらない。
『日本はすごい』
簡潔明瞭にその時の気持ちを表現するとこの一言に尽きる。
びっくりするほどの慟哭と一緒にやってきたのは日本の空をこれが守ってくれているという安堵感だった。
どこか遠い世界のことだったものが、その瞬間、一気に近くに感じられ、私の中で何かが目を覚ました。
日本は世界地図の中であれほどに小さい国家なのだ。それほどまでに小さい国家が何故平和ボケして許されているのかがわかった気がした。
日本の多くの国民に、平和ボケしていても大丈夫、きっと守ってみせるからという存在がいてくれるからだ。
かくして、我が家の特性と自分自身の目で見た現実が今の私の感覚を生み出した。
こう話しだす私はただの民間人で、軍事ジャーナリストでも軍事オタクでもない。
曽祖父が旧帝国海軍の士官であり、自衛隊創設時の自衛官だったことも多大に影響しているのだが、ごくごく自然な成り行きのまま、戦闘機パイロットになりたいと空を見上げる10代の私になった。
曾祖父のせいで飛行機バカになったのだから、まずはこの曾祖父、川村宗一郎に決意を伝えなければと思い、私は学校からもうダッシュして帰宅した。
たいして見てもいないであろうワイドショーをぼんやりと眺める曾祖父は私の方にちらりを視線をやったが、何を言うわけでもなく湯飲みを手に取った。
今日一番の驚きを与えてやると、テレビの画面を遮るように立ち、私は手を腰に当て、どうだと言うように高らかに宣誓した。
「イーグルドライバーになる!」
呆然としたようにあんぐりと口をあけて、曾祖父は私の顔を凝視した。
「え? 喜ばないの?」
期待外れの反応すぎる。もっと盛大に驚くか、笑顔になるかと思っていた。
航空自衛隊の虎の子にのると言っているのに反応が薄い。
あまりにつまらなくなって、肩を落とすしかなかった。
「なんでまた……急だな」
表情のかわらない曾祖父は冷めたほうじ茶を悠々と喉に流し込んでいる。
本当に面白くない。
「急なもんか! 本日、正式に決意しただけだよ。 じいちゃんの血筋からようやくファイターパイロットがでるんだよ? もっと喜んでよ」
腹が立ちすぎて学生鞄を足元に投げ捨てると、隣に座り込んだ。
ちょっとは反応しろと、曾祖父の膝を叩いてやった。
「ファイターパイロットねぇ……」
曾祖父はどこか渋い顔をしている。
若い頃、おそろしく女性にもてたという面影が残る曾祖父の顔。最近、笑ったところをなかなかみられなかったから、絶対に笑顔になると確信していたのに、期待外れすぎる。
「我は空に上がりたいのだ!」
曾祖父への不満は渾身の笑顔で吹っ飛ばしてやる。
「なぁ、我殿、何でそもそも戦闘機なんだ?」
「戦闘機は美しいから!」
思ったことを口にしただけなのに、曾祖父はさらに唖然としたように口をあんぐりと開けている。
「え? なんか変なの? ダメ?」
困惑の極みだ。
幼い頃からずっと航空祭へ連れて行ってくれたのはこの曾祖父だ。
戦闘機のすごさも、空を飛ぶことはどれだけすばらしいかもきいて育った。
何かに想いをはせるような曾祖父。
私はここにいるのにどこ吹く風だ。
くやしくて、曾祖父の顔を覗き込んでみた。
ようやく我に返ったらしい曾祖父はふっと笑った。
「戦闘機は美しい……か。 それは自衛官になるってことだぞ? イーグルドライバーになれなかったとしたらどうするんだ?」
「イーグルに乗れないなら意味がない。 故に考えない!」
「そうか……。 なぁ、お前は国防って意味がわかるか? 戦闘機にのりたいだけでは不十分。 戦闘機にのっているのは自衛官だ。 自衛官だから戦闘機にのる。 戦闘機にのりたいだけじゃ、それはただの飛行機好きだ。 お前はただの飛行機好きってことだなぁ」
曽祖父の言葉に、後頭部を金属バットでフルスイングされたのではないかというくらいの衝撃をうけた。
曾祖父は意地がわるい。私の目を見ずに、あえてテレビに視線をうつして、こちらの出方を伺う。
有田焼の何色なのか判別もつかないどうにも趣味の理解を超えている湯呑を片手に、じっと私の答えを待っている曽祖父。
ただの飛行機好きと言われて、ものすごく腹が立っていたのが半分。もう半分は言う通りかもしれないとも感じていた。
曾祖父はいつもこうだ。悔しいが間違っている気はしない。
口を一文字に引き結んで黙り込むしか手がない。
「ま、これはうけうりだ。 今のお前みたいに、大昔、俺も同じように言われて、そんな風にかたまってしまったことがある。 ある人に、『お前の言うように戦闘機は美しい。 だけれど、存在意義をはき違えたら護りたいものが護れなくなる。 飛びたいだけならよそでやれ。』としかられたことがある。 空に上がりたいだけなら、のせてやらんってな」
「それで、どうしたの?」
「もう一度、自分の頭で考えて答えを出したら許してもらえた。 ……なぁ、泰子。 時代がすすめば、そのうち女も戦闘機にのる時代が来るぞ。 それがお前の時に来るのか、その後に来るのかはわからん。 ただしっかりと考えなさい。 飛びたいだけなら民間へ行け。護ることを背負うと決めたなら自衛官になれば良い。 空を飛べなくても構わないという覚悟ができたなら自衛官になり、戦闘機パイロットを目指せる位置へ行けば良い」
「空を飛べなくても構わないっていう覚悟?」
「そう、さっきも言うたが、国防ありきの戦闘機。 戦闘機は自衛官だからのる。 自衛官は国を護るから乗せてもらえるんだ。 自衛官としての覚悟がない者はお話にならんというわけだ。 万が一、パイロットになれなくても、自衛官としてお前は生きられるか? その覚悟がないなら今のうちにやめておけ」
「自衛官であることが一番で、パイロットであることが二番ということ?」
「その通り。 ……それから、あまり言いたくはないがな……お前が想う以上に自衛官は耐えることが仕事だ。 感謝なんてもんはされん方がいいんだから仕方がないんだがな。 自衛隊に対する想いは十人十色だ」
「どういうこと?」
「お前はじいちゃんの血筋だから信じられんと思うが、好ましく思っていない人もいるんだ。 戦争の残したものは、国を護ろうと自衛隊として立ち上がろうとも、それぞれの胸の中で古傷としてうずいているんだ。 日本は敗戦を知っているからな」
戦時中から戦後をずっと見てきた人の言葉は重い。
それならば尚更、好ましくないってなんでだと私は思った。
だって、日本を護ってるのは自衛隊じゃないか。当時の私はおさなくてまだ大人の事情などわからず、ただ眉を顰めるしかできなかった。
そんなもやもやをわかっているかのように曽祖父が手をそっと私の頭の上においてくれた。
お前の頭でしっかりと考えなさいと言われている気がした。
「……考えて、自分で決める」
私の言葉に曾祖父は静かにうなずいてくれた。
私は女だ。戦闘機乗りへ道は男以上に困難を極める状況となるのだから、その覚悟はきっと生半可なものでは通用しない。曾祖父はそう言いたいのだろう。
「なぁ戦闘機以外じゃダメなのか?」
つい数秒前の緊張感のある声とは違った曾祖父の声だ。
孫である母が別人だと評する私への溺愛ぶりのいつも通りの声がする。
「嫌だよ! イーグルの傍にいなくちゃならないの!」
「整備じゃダメか?」
戦闘機と関わる職種ならいくらでもあるはずだと提案してくる曾祖父に嫌だと首を横に振る。
「空に上がりたいの! 綺麗な空をいつも特等席でみてこれるパイロットがいい」
美しいだけではすまないけれど、それでも大空を音速で駆け抜けてみたい。
「特等席ね。 空見るだけなら民間もあるだろう?」
「イーグルにしか魅力を感じないんだもん。 あぁ、もう、じいちゃん、うるさい!」
日本の制空権を握るイーグルを扱うには狭き門をくぐりぬけてきた精鋭のパイロットとなる必要がある。
彼らは私たち民間人には想像もつかないほどの国防への誇りをもっており、それに見合っただけの精神と強靭な肉体を維持していく努力を日々淡々とこなしている。
ただ格好良いでは済まされないのは良くわかっていた。それでも、私の人生において、戦闘機パイロットという存在は最も重要な核だったのだ。
どうしても、どうしても手を伸ばしたくなるキラキラしたものだったのだから簡単にあきらめるわけにはいかなかった。
だけれど、時代は私には優しくはなかった。
女性が戦闘機パイロットになれる道は私が目指した頃にはぼんやりうっすらの計画だけで現実化するまでにはまだまだ時間を要するような時代の真っただ中で、私が受験資格をもっていた頃の敵は法律だった。
母体保護法という法律が日本には存在しており、その法律は母性を護るためにある。
戦闘機はその性能上、9Gという強烈な重力が肉体にかかる。つまり、母体保護法における母性を護るためには、女性特有の身体条件からも困難とされ、実践の場における戦闘機パイロットは育成しないという方針が現状だった。
それを知った時の私と言えば人生最大の挫折だとうなだれるしかなかったが、それでも情勢はいっきに変わることだってある。実践配備が難しくとも、試験パイロットであれば道が残るかもしれない。一塁の望みを私は捨てるわけにはいかなかった。
自衛隊の地域協力本部ににわざわざ自分から連絡をし、どういった勉強がいるのか、何が必要なのかをききだし、航空学生と防衛大学校の受験を迷わずに決めた。
曾祖父はさもありなんの顔をしていたが、両親は腰を抜かしていた。
医学部に行き、医者になると公言して、この本当にやりたかったことを隠して生きてきただけに、特に母は大打撃を受けていた。
一途に勉強をして、運動もしていた理由が戦闘機ってなんだと怒鳴られた。
それでも、私はへとも思わなかった。
戦闘機へ近づくこと、それが私の人生での大きな目的であるのだと疑いもしなかった。当然、試験をパスできないなんて未来もイメージできない。
防衛大学校の最終面接会場で、面接官から意地悪な質問をされた。
『戦闘機パイロットという狭い門をたたかせてもらえるかどうかもわからない君が幹部自衛官として果たして責務を果たせると思っているのか? ましてや、君は女性であり、男性と差なく教育を受けていく現状を打破できるのか? 身内に高名な自衛官がおられるというだけで全てが手に入るわけではない。 君にそれだけの価値があるのか?』
私は負けじと夢を語ったし、できると思っているからここに居ると答えた。
女性の戦闘機パイロット誕生の一号にでもなってやる。
道がなくても、法律を変えてでも、何が何でもこじあけてやるとさえ言ったかもしれない。
私には天才戦闘機パイロットの名を欲しいままにした曾祖父の血が流れているんだとさえ、言ったような気もする。
さらには、私は航空自衛隊へ行くから、海上自衛隊にも、陸上自衛隊にも行かないと堂々と宣言してしまった。
幹部自衛官たるべきなんちゃらと面接官には言われたが、『もっとも行きたい場所でやりたいことができないのなら防衛大学校出身の幹部自衛官となる必要はありません。 私は航空学生としてでも航空自衛官になります』なんて言ってしまった。
面接が終わって一緒に試験会場へついてきてくれていた地本の陸自のおじさんに意地悪な質問をされたから言い返してしまったとぼやいた。おじさんはその内容を聞くや否や腹を抱えて大笑いしていた。
そして、その一尉のおじさんはこう言ってくれた。
『受かるんじゃない?』
発表の日のことも覚えている。
この一尉のおじさんは興奮したような声で電話をくれた。
『ぶっちぎりだ!』
この言葉を連呼しており、結果を教えてくれるまでには1分以上かかった。
曾祖父は合格したことを知るとソファに深く座って、わざとのように頭を抱えるようにしてうなだれた。
「やってくれたな……」
曾祖父はくくくと笑っていた。
目に涙を浮かべて、腹がよじれるんじゃないかというくらい大声で笑いだした。
笑い事じゃないと母が怒っていたが、曾祖父は私を抱きしめると大物になるぞ!とまだ笑っていた。
年の暮れには私の航空学生と防衛大学校のダブル合格という噂をききつけた航空自衛隊上層部OBの人々が、曾祖父を訪ねてきていた。
あの川村元空将補のひ孫とはにわかに信じられんとうわさが持ちきりだったようだ。ある意味で曾祖父もキャラがたっていたとんでも自衛官だったとこの時に初めて知った。
川村宗一郎は天才パイロットで、その血が流れてるんだから、航空自衛官にならせろって言ったのかと曾祖父にきかれて、近いようなことを言った気がすると答えたら、退官しているゲストたちは涙を出すほどに大爆笑していた。
今時、防衛大学校の面接で怖いものなしの物言いをするなんて、よく落ちなかったものだと口々に言われた。
曾祖父がとっても偉そうに片方だけ口角をあげて、どうだと笑っていたのが面白かった。
年が明け、春の桜の頃、私は桜の階級章をつける人生へ歩む。
そう信じていた。
高校からの帰り道、右後背部に激痛が走ったと同時に、私は意識を失った。
目を覚ますとそこは、無機質な白い天井しかない。
耳に届く音はけたたましいアラーム音。喉に違和感があり、手を動かそうとするが手が自由に動かない。視線を下げると、複数の管が自分の腕につながっている。
咳をしたい。だが、何かが邪魔をする。
ぱたぱたぱたと複数の足音がして、私の口から何かが取り除かれた。
だけど、声が出ない。
「泰子!」
私の名前を呼んでいるのは母親だ。
この人がこんなに慌てているなんてことはあまりないが、どうにもとんでもないことになっているらしいとようやくわかった。
「1か月よ、このバカ娘!」
母親の言葉に私は小さくため息をもらすしかなかった。
なんだろう、このやけに冷静な自分自身の思考回路。
『私は戦闘機パイロットになれないどころか、航空自衛官、いいや、もう自衛官になることはできないんだな』
健康でなければ門前払いだ。
怪我一つで戦闘機パイロットになる道は閉ざされる。
わかっていたことだ。
涙も出ない。
ふっと笑いがこみあげた。
神様は残酷だ。
どうせなら、戦闘機パイロットになれないと、操縦能力がないのだとフライトコースをエリミネートされた方が納得がいくのになぁとぼんやりと考えてしまう。
合格通知も持っていたのに、結局、自衛官の道へは進めなかった。
未来へ挑む直前に、こうして予想外の大病をしてしまったのだ。
病気をしてしまってはもう選びようがなかった。
「今度こそ勝つんだ」
曾祖父が枕元に腰掛けて、こちらを見ている。
「……じいちゃん?」
私の頬を撫でてくれている指が震えている。
私は曾祖父をぬか喜びさせてしまった。あれだけ喜んでくれたのにと申し訳なさがこみあげてきて、何とか必死に笑おうと思った。
「徹底的に病気とは戦い抜くんだぞ? ……俺はわかってしまったかもしれん。 今、お前に起きていることにはすべてに意味があるんだ。 だから、この先もお前の想いは絶対にイエスだ」
「絶対にイエス?」
「そう、Definitely yesだ。 お前の人生には必ず逢うべくして逢わなければならない人がいて、すごい愛が来る。 だから、何があってもお前の想いを捨てずに粘ることだ」
預言者かよとつぶやいても良かったが、曾祖父の目が真剣そのものだ。
だから、その預言とやらに引き続きひとつ聞いてみたいことがあった。
「ねぇ、おじいちゃん? 私、何で戦闘機じゃないと駄目だったんだろう?」
「そりゃ、お前の運命みたいなもんだ」
「運命って、大好きなものを取り上げるもんなの?」
意地悪な言葉を選択してしまったかもしれないとわずかに目を伏せた。
「それは違う。 きっとな、空の女神はお前にもっとでっかい空を返すから。 今は意味が分からなくても、きっとわかる日が来るよ」
言葉の意味はよく分からないし、未来に対して私は何も感じられない。
だけれど、曾祖父を悲しませたくはなかった。
一生懸命に笑顔をつくってみるけれど、どうにもよくない方の心が零れ落ちそうだ。
「じいちゃんがそう言うなら今はわからんでもいいんだよね?」
今は戦いたくない、戦えそうにない。
ありったけの負けん気はもう貯蓄量ゼロだ。もう、私は前を向けない。
「そうだ。 お前はちゃんとその理由を探せる。 じいちゃんのひ孫だぞ? 自信もて」
あの時、曽祖父がひとしきり私の病室で一緒に泣いてくれたことを覚えている。
現実的な生き方をしてきた曽祖父が預言者のように語った言葉たちが沈み切っていた私の心を何とかこの世にとどめてくれた。
でも、『すごい愛が来る』だなんて言われた当時は、ちっとも意味がわからなかった。
あれから早数十年、曽祖父の法事の晩だった。
私は曽祖父が以前に言っていたことを突然、思い出した。
「すごい愛が来る、かぁ。 因果なもんだなぁ」
私の名前は川村泰子。
夢を奪われてからパッとしない人生を歩んできた。
でも、人生は本当に何が起こるかわからないものだと痛感している。
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