美花の夢、エフェの夢。

寅田大愛

第1話

一、



 ひよこは言った。《何をぼーっとしているのかね? ちゃんと仕事をしなさい》見た目はどう見ても人間の成人男性くらいの大きさの黄色い大きな鳥で、ただふわふわの頭や愛らしい顔やまんまるとしたお腹や空をまだ飛べそうにない未成熟な羽や申し訳程度の上向きのしっぽや意外としっかりとした足は、ひよこである。

 あたしの仕事の上司はひよこだ。声だけはかわいらしくはなくて、ごく普通のおじさんの声なのが残念なところだ。かわいらしい外見から、かわいらしい声が出てくることを期待していたのに。《早く一つでも多くの小鳥を巻きなさい》ひよこはそう言いながら、閉ざされた窓の外をブラインド越しにじっと見つめた。他にすることがないのか、それとも外を監視しているのか、あるいは不審者が紛れ込んでこないようにするために見張っているといったところだ。お腹を空かせた猫が、この職場のまわりによく出没するらしい。あたしは死んだ小鳥を扱う仕事をしている。

 四方を白い壁に囲まれた狭い作業所で、あたしは白いテーブルについてパイプ椅子に座って、白い小鳥の死骸に一つ一つ黒い絶縁テープを六回ぐるぐると巻きつけるという軽作業をしている。白い小鳥は死んだ後、ここに運び込まれ、あたしの手によって何かの部品として加工される。三年前からずっとここで平日は働いている。疲れる割に儲からない。あたしは疲れ切った手をぶらぶらさせてこう言った。《もう小鳥にテープを巻く仕事なんて嫌です。もう死んだ小鳥なんて見たくもないし触りたくもないです》部品になった小鳥は一束十本として輪ゴムでまとめられ、工場に出荷されるという。白いブラインドの向こうを厳しい目で見つめたままひよこは言った。《我々の仕事にはちゃんと意味がある。無駄な仕事なんてこの世には一つもないのだよ。すべての仕事は大なり小なり社会につながっているのだから、きみは我々の仕事に誇りをもって勤めてもらいたい》

《そもそも死んだ小鳥を何に使うのですか?》あたしは問うた。 

 ひよこ上司は雄々しい眼差しで振り返った。《ところでわたしの大好物がクッキーであることを知っているかね?》

《知りませんでしたが》

《揚げたパンの耳でもよい。ラスクというお菓子だよ》

《美味しいですよね、クッキーもラスクも。あたしも好きです》あたしは手の中に乾燥した小鳥の死骸を包み込み軽く握ったまま、黒いビニールテープをきっちり六回きつく巻きつけた。白い小さな鳥たちの干からびて飛び出した黒い目。硬直した長い胴体。ぼさぼさになった羽毛。今にも折れそうな華奢な足。何の小鳥なのか種類は知らないが、聞いたところで詳しくは教えてもらえないだろうと思うと、訊ねる気が失せた。さっきみたいに誤魔化されるだけだ。かつてひよこ上司には何度もいろいろなことを聞いたが、なにひとつとして聞きたいことにはろくに答えてもらえなかった。企業秘密だとか、記憶にないとか、あるいは先ほどのような格言めいたこととか一般常識的なこととか。あたしは真面目にただこの仕事に耐え忍んでお給料さえもらえばいい。そういうものなんだろう。

 倉庫にはケースに詰められた部品が山積みになって保管されている。窓にはしっかり鍵がかかっていて、猫は入れないように厳重に守られている。白い小鳥が千羽くらい。軽作業員はあたしだけ。いい加減精神に異常をきたしそうだ。言っておくがここは刑務所ではない。飽くまでも簡易な作業所だ。

 あたしは壁にかかっている時計に視線をやる。《もう帰っていいですか?》壁時計は四時になっていた。ひよこ上司は頷いた。《帰ってよい》

 あたしは部品を輪ゴムで留めて、テーブルから離れ、倉庫に運んだ。大きな箱のような四角い入れ物に部品を入れて、蓋をしてから鍵をかける。倉庫はひんやりとしていて寒く、霊安室を彷彿とさせた。あるいは小鳥たちの霊園。あたしは倉庫から出て、テーブルの端に置いてあったジェルで両手をアルコール消毒、除菌をして、パイプ椅子のそばに置いていた自分の鞄と上着を手に取り、作業所の扉を開けた。四角い部屋から出て、玄関の靴箱から黒いパンプスを取り出して履き、タイムカード機にカードを通して、最後に大きな声で、お疲れ様でした、と挨拶をして、出入り口から外へ出た。手のひらをはじめ、あたしの体中から、死臭がまとわりついて離れないような気がした。


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