夢日記

海凪あすた

第1話 8月16日の夢

舞台は欧州感のある小さなお宿。

店主は妙齢の女性で、栗毛色のやわらかそうな髪をゆったりと一つに束ねた優しそうな人物だ。

店内では猫を一匹飼っているようだが、特に客に懐く様子もなく自由気ままに動いている。


そんな宿で私は、何かに怯えたように客室で震えていた。

何に怯えていたのか定かではないが、その部屋から出るのを極端に嫌がっていたように思う。


そんな私を見かねてか、店主は何を言うわけでもなく数日間にわたる宿泊を許してくれた。

結局他の客に会ってはいないが、客の入りもそこそこある宿でありながら

出て行けとは一言も言われなかった。


私は、深夜になると客室から出て広間に出た。この時間だけは客室から出られたようだ。

窓の外をのぞくと宿の内装からは想像もつかないような景色が広がっていた。


日本の田舎にあるような、大きな敷地と無駄に多い駐車場。

その横にはスーパーやドラッグストア、衣類店などが並んでおり

どうやら宿は、駐車場の一角に不相応に建てられているらしい。


そんな深夜にもかかわらず店主の女性はいつも和やかに微笑んで受付にいた。

私を見つけるなり暖かな紅茶と、他愛もない世間話を聞かせてくれた。

私は耳を傾けつつも、窓から視線をそらさず口を開くことはなかった。


ある夜、私は宿を出ることを決意した。

否、理由はわからないが出て行かざるをえない状況だったらしい。それでも宿から出るのは怖かった。

なんとか受付について会計をすませる。1泊にしても安すぎる値段で

本当にこの値段で間違いがないのか何度も伝票と店主の顔を見るが、彼女は相変わらずにこやかに笑っていた。


会計を済ませた後、客室に大事なコートを置き忘れたことを思い出す。

自分で取りに行けばいいものを、身振り手振りで店主にとって来てもらうように頼んだ。

店主はさも当たり前のように、にこやかに笑ってコートをとってきてくれた。


コートを受け取って握りしめた私は、その時にやっと声を出すことができた。

ぐしゃぐしゃに泣きながら、しゃくりあげながら、貴女の名前を教えてほしいと問うた。

胸には中島という文字が書かれたネームプレートがある。

問うまでもなく中島さんなのだろうが、何故か本人の口から名前が聞きたかった。


そして彼女は何の疑問も持たず、いつもの笑顔で「なかしま」です。といった。

ずっと「なかじま」だと思っていたが、「なかしま」さんだった。


それから「なかしま」さんに感謝の言葉を述べた。

貴女に出会うことができてよかったと、言葉の限りを尽くしたのに

私は彼女をつい「なかじま」さんと呼んでしまった。


気づいて訂正しようとしたのに言葉が出なくて、それでも彼女は変わらず穏やかに微笑み続ける。

また前のように言葉が出せなくなって、訂正することもできず一礼してそそくさと宿を後にした。


宿を出てすぐに大切なコートを握りしめて、走り抜ける。

まるで誰かに追われているような感覚をずっと覚えながら走り続ける。

走り続けると、見慣れた実家へ続く小道が見えてきた。


けれど、それを妨害するように誰ともわからぬものが銃を構えて威嚇し、射撃してくる。

銃を持った何かは追ってくる気配もなく、ただ私に標準を定めて撃つだけの傀儡のようだった。


戻らなければならない、実家に帰らなければならない、けれど帰りたくない。

そんな思いを抱きつつも、止まれば死ぬとその小道を走り抜ける。


実家についたとき、周りのご近所さんの家も景色もそのまま記憶にある実家なのに

他人の家のように感じた。


それが今日の夢。18時から22時半に見た8月16日の夢。


それが何を意味するかなんて、占い師でもない私には何もわからないけれど

また会えるなら「なかしま」さんに会いたい。


************************************

「小説家になろう」様と

自HPにも投稿しています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢日記 海凪あすた @shroud_life

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る