求めるのは異世界転移のお約束 〜意外と常識的で困っています〜
加部川ツトシ
第1話 異世界へ
俺はいつの間にか気を失っていたらしい。気が付けば、何処とも知れない真っ白な空間に倒れていた。ここは……どこだ?
覚えているのは、深夜のコンビニに行った帰りに……あぁ、思い出した。
何も考えずぼんやりと歩いていた俺と……そこに盛大にクラクションと急ブレーキの音が響き、その後に感じた衝撃。……そうか、死んだんだな、俺。
「あ、あのー? 大丈夫ですか? まぁ私のちょっとしたミスによる事故でしたし、唐突な事で呆然としてしまうのも分かりますけど……」
そんな風な言葉が女性の声として届いてくる。あぁ、これはあれか。よくある異世界転生ってやつだな。声をかけてきているのは、あれだ。神様的な存在だな。何かミスで事故って言ってるから、死なせたお詫びにチート的な力を与えてくれて、異世界へと転生とかするやつ。
声のする方向を見てみれば、そこには絶世の美女と呼んでも差し支えのない美貌を持った女神様が! ふむ、ある一部分が少し寂しい気もするけど、まぁそこはいいか。
ともかく、つまらなかった17年の俺の人生もここで終わりだ! こういうのではたまーに変な神様的な存在で、まともな力を得られないとかあるけど、そういうのでも大体は一時的な苦労はあっても絶大な力は得れるはず!
もしそうでなくても、地球より進んでいない世界で俺の知識を使って無双は可能だ! ふはははは、どうやっても俺の勝利は確定じゃないか!
「えっと、何か笑みを浮かべているのが不気味ではありますけど……お話を聞いて頂いてよろしいですか?」
「あ、はい。それはもちろん!」
「何でそんなに嬉しそうなんですか!? ごほん! 失礼しました。あまり時間をかけ過ぎると問題が大きくなるので手早く状況の説明をしますね」
「異世界転生っすね!? チート能力の付与っすね!?」
「いえ、違いますけど」
「おい待て、それはどういう事だ? 」
「急に口調を変えないで下さい!? 真顔で近付いて来るのも怖いのでやめて下さい!?」
「……まぁいい。とりあえず詳細を聞こうか」
俺とした事が気が逸って少し焦り過ぎたようである。異世界転生でもチートの付与でもないなら、異世界転移で知識無双の方か?
まぁその可能性はさっきも考えたものだ、それ自体は問題はない。あまり時間がないような事も言っていたので、変に時間を取らせて何もわからないまま異世界転移になるのも良くはない。リスクは承知だが、それは最小限にしておくべきだ。
「えーと、何か誤解されているようなのでその点からご説明します」
「あぁ、よろしく」
「……まず私のミスであなたがこの場に来る事になった事の謝罪ですね。この度は非常に申し訳ありませんでした」
「あ、それはどうも」
そんな風に深々と頭を下げて謝罪をしてくる女神様である。ぶっちゃけ俺としてはそこは嬉しい所だから気にはしてないけど、ミスをしたこの女神様としては気が済まないのだろう。
まぁその方がこの後の展開で譲歩を引き出しやすくなるかもしれないし、良しとしよう!
「それであなたへの対応なのですが、既に肉体は再生しましたので元々いた場所へと戻させていただきます。今回の事は全面的に私に非があるので、ここでの記憶は消させていただきますが――」
「ちょーっと、待ったー! え、何それ、どういう事!?」
「お怒りになるのも勿論だとは思います。ですので、お詫びとしてこの先20年の健康体を保証させて――」
「そういう意味じゃない!」
「……えっと、それでは何をお怒りになっているのでしょうか?」
駄目だ、この女神。何も約束ってものを分かっちゃいない。え、なに? 記憶を消した上で、蘇生して元いた世界に戻して、向こう20年は健康体!? はっ、ある意味チートではあるけど、そんなもん真っ当な対応過ぎるだろう!
「神のミスで死んだなら、そこは異世界転移か転生だろうが! 俺は元の世界に戻してもらうのは望まない!」
「えぇ!? ……確かに異世界転移や転生をする事もありますが、それは特殊な事例のみですし、あなたにはご家族もいるでしょう? 関係が悪いというのであれば考慮しますが、その様子はなさそうなのですし、この場合は戻られた方が……」
「そこは考慮してんのな!?」
くっ、思わぬところで真っ当な理由から真っ当な対応をされてしまった。いや、俺だってただ退屈してて、異世界にロマンを感じているって理由だけなんだけどさ……。
この展開って、普通は戻れないもんなんじゃないの? ミスで殺されたのはともかく、対応がまとも過ぎない? ちょっと俺が思ってた展開と違い過ぎるんですけどー!?
「……プライバシーに考慮して心を読むような事はしていませんが、何か元いた世界で重大な悩みでもおありなのですか? そういう事であれば、あなたが望むように異世界へ渡す事も可能ではありますけども……」
「マジで!?」
「えぇ、私の権限で可能な範囲です。……二度と戻す事は出来なくはなりますが、それがあなたにとってどうしても必要な処置であると言うなら、そう致しましょう」
うお、マジか。純粋に俺の事情を考慮してくれた上で、そういう選択肢もきちんと用意してくれるのか! これならお約束の展開ではないと思ったけど、方向性としては異世界転生や転移に持っていけそうだ。
でも、どうする? ここで頼み込めば異世界には行けそうだけど……父さんや母さんには二度と会えなく……なる訳もないか。チート能力で異世界の間を行き来する事も可能になるはずだ。
ふっふっふ、俺は異世界で力をつけて地球に戻ってみせようじゃないか! そしてお約束展開を繰り返して、ハーレムを……ぐふふ。ごほん! それは考えたら駄目だ、逆にそこに辿り着けなくなる。
「それで、どうしますか?」
「異世界行きで頼む! 俺は元いた世界では生き辛いんだ……」
「……どうやら大きな悩みを抱えていそうですね。分かりました、それでは異世界へと転生という形に致しましょう」
「あ、転生なんだ?」
「他の世界の知識を持ったまま転移ですと文化の違いに戸惑う事も多いですからね。なので、記憶を消した上で転生という形に――」
「ちょーっと、待ったー!」
「またですか!? あ、記憶を消す事についてですか?」
「そう、それ!」
なんでそこで記憶を消した上で転生なんだよ! そこは記憶を引き継いだままじゃないと転生する意味がないだろ! まったく、さっきから何度か思ってるけど、お約束が分かってないな、この女神!
「記憶を引き継いだまま転生ですと、幼少期……特に赤ん坊の頃が辛いですよ?」
「……それは確かに」
「ですがお詫びもありますので、安全な地域で健やかに育つ事は保証します」
「……マジかー」
うん、赤ん坊で全く動けない時に今の記憶があれば確かに辛い。……っていうか、一々ちゃんと理由が俺に対する配慮がされている。
うーん、記憶が無くなった状態ではあるけど、安全な地域で健やかに育つのか。ぶっちゃけ好条件なんだろうけど、これもお約束とはまるで違う。っていうか、完全にこれだと俺じゃなくなるよな。……うん、却下で。
「好条件だとは思うのですが、お気に召しませんか?」
「記憶が無くなるのはちょっとなー。記憶を残したままは無理なのか?」
「……出来ない訳じゃないですが、流石に無条件で一般人の方には無理ですね」
「えー、人をミスで殺しといて? お詫び分でどうにかならない?」
「うぅ、それを言われると何も言い返せません……。ですが私の権限を超えるので、上のものに確認を取らせて頂いてよろしいですか?」
「おっ、話がわかるじゃん! それでよろしく!」
「……それでは少々お待ちください」
そうして女神はどこかへ連絡を取り始めたようである。ふーん、このお約束が分かってない女神様より上がいるんだな。
ま、神の世界がどうなってるかは知らないけど、1人……あー、神は1人じゃなくて1柱か。1柱でどれだけあるか分からないけど、全部の異世界の管理とは難しそうだしな。
「お待たせしました。記憶を保持したまま、転生か転移の許可が降りましたよ」
「おっしゃ、やったぜ!」
「それで転移か転生のどちらにしますか? 肉体自体は再生済みですので、許可が降りたなら転移も可能になりましたよ」
「お、マジか! んじゃこのままで異世界転移で頼む!」
「……即答でしたね。では、可能な限り文明の発展具合の同じ異世界へ、現地の戸籍や身分証明書と当座の生活の為の資金、後は言語の勉強用の――」
「ちょーっと、待ったー!」
「またですか!? 今度は何なんですか!?」
いやいやいや、普通に考えたらかなりの高待遇だと思うけど、それはお約束とはまるで違う! 異世界といえば中世ヨーロッパ風の世界で、冒険者とか、ギルドとか、そういうのがあってこそだろう!
地球と同じ水準じゃ俺ツエーが出来ないじゃん! それじゃ今までの生活と同じだけじゃん! それは却下!
「今より文明水準が下の異世界にしてくれ。俺は自分で道を切り開きたいんだ!」
「あぁ、なるほど、そういう事ですか。……ちなみにどういう異世界がご希望ですか?」
「中世ヨーロッパ風で、冒険者がいて、冒険者ギルドとかがあって、魔法とかがある世界がいい」
「……分かりました。それでは少し候補の異世界をピックアップしましょう」
「おう、よろしく! あ、そういやチート能力とかは貰えんの?」
「……それは無理ですね。そういうのは世界の危機の際に、どうしても必要がある場合に必要と判断した時になりますので」
「えー、チートは無しか……」
ちっ、ここでもお約束はなしか。あーあ、チートが与えられる事そのものはあっても、俺にはないのかー。まぁワガママばっかり言っても仕方ない。ここは知識チートで頑張りますか。
「えーと、ここの世界が良さそうですね」
「おっ、どんなとこ!?」
「ご希望通り、魔法あり、中世ヨーロッパ、冒険者ギルドありの世界ですね。この世界でしたら誰でも訓練次第で魔法が使えるようになりますので、オススメできますよ」
「お、マジで!」
やった、魔法が使えるのはありがたい。いやー、魔法が使えるなら使ってみたいもんな! 魔法はイメージで威力が高くなるのがお約束だし、少なからず現代の科学知識を持っている俺が飛び抜けて強くなれる可能性も出てきたぞ。
「おし、それじゃその異世界で頼む!」
「……可能なお詫び分は超過しているのですけど、流石に困ると思うのでこれだけはおまけをしておきますね」
そう言いながら女神の手から何か光る球が浮かび上がり、俺の身体の中へと消えていった。え、今のはなんだ?
「それは自動翻訳の力ですよ。それがないと流石に不便ですからね」
「おぉ、ここに来てお約束の翻訳能力ゲットか!」
「ふふっ、喜んでいただけたなら何よりです。それでは転移させますね」
「おう、色々ワガママを聞いてくれてありがとな! あ、そういや、女神様の名前は?」
「私の名前ですか? 私はフィーネと言います。それでは九条介様の新たな旅路にご健勝があらん事を」
「おうよ!」
そうして女神フィーネに見送られながら、光に包まれて転移が始まった。さーて、これで俺の新たな人生の始まりだ! とりあえず、お約束のテンプレ展開を体験していくぞー!
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