二十五枚の手紙 ーTwenty-Five Lettersー

カール・アーティー

序章

「1898年5月13日

 お父様、

 お元気ですか?手紙にお返事できず申し訳ありません。士官学校卒業祝いのプレゼントですが、無事に私のところへ届きました。ありがとうございます。

 今フーリエの街は独立宣言の噂で持ち切りです。周辺の村々が次々と反旗を翻している以上、この街もいずれ戦火に巻き込まれるでしょう。私は、」

 突然誰かがドアをノックした。少女は手紙を書いていた手を止め軽くため息をつくと、ドアの方へ向かった。ドアを開けるとそこには少々皺の入った軍服を着た水兵が立っていた。

「エッセル少尉、テール少佐がお呼びです。」

 水兵は少女、サラ・エッセル少尉にそう伝えた。サラはそれに対してもう一度軽いため息をついた。

「わかった。少佐には今行くと伝えておいてくれ。」

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二十五枚の手紙

序章:開戦と革命と粛清と

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「エッセル少尉、海防艦『ペトラ』へ配属されて少々たつが、どうかね居心地は?」

 やや肥満体の中年佐官がくわえたタバコに火をつけながらそう言った。

「割と居心地のいい艦です、テール少佐。一応乗組員たちとは仲良くなれました。」

 サラがそう答えると、テール少佐は軽く鼻で笑った。

「仲良くね…」

(まったく。早くこのエロおやじがどっかに転属になってくれればいいのに。)

 そう考えたサラだったが、相手が上官であるため口に出すのをやめた。

 その時、外がやや騒がしいことにサラは気付いた。

「また反帝国デモですか?」

 テール少佐は一度窓の外に視線を向けると軽くため息をついた。

「残念ながら、な。反徒どものおかげで街は混乱状態だ。暴動の鎮圧にも苦労している。」

(あんたが発砲命令なんか出すからなんだけどなー。自業自得だな。)

「とにかくだ。海防艦『ペトラ』と『ムハンマド・オスラン』を出来るだけ早く作戦可能状態に仕上げなければならない。すでに準備が整っている巡洋艦四隻を加えれば、この街の守りは更に強固なものとなるだろう。」

「し、しかし、『ムハンマド・オスラン』は老朽艦です。それに『ペトラ』はまだテスト航行を行っていません。」

 サラは少々慌てながら反論すると、テール少佐は軽く頷いた。

「確かにそれはそうなのだが、事態は悪化しつつある。隣町であるレーダとミストレーラが先日反徒どもの手に落ちた以上、ここも危ないと判断するべきだ。」

 それを聞くとサラは軽くため息をついた。

(最近忙しい訳だ。めんどくさい。)

 サラが心の中で不満を唱える間、テール少佐は机の引き出しから封筒を取り出した。

「駐屯地司令部からの命令だ。『ペトラ』の艦長に届けてくれ。」

「了解しました。」

「よろしい。帰っていいぞ。」

「はい、失礼します。」

 サラは形だけの敬礼をした後すぐに部屋を出て、そのままビルの出口に向かった。

 外からはまだデモ隊の声が聞こえる。

 サラは軽くため息をつくと港の方へ足を進めた。

「海防艦『ペトラ』ね…」

 サラは目の前に聳え立つ真っ黒に塗装された軍艦を眺めながら独り言をはじめた。

「常備排水量10484トン。主砲は11インチ砲四門。副砲は9.4インチ砲六門、88mm砲八門、それと37mm砲十門。海防艦と言うより戦艦だね、これは。」

(市民の税金の無駄遣いだ、まったく。)

 サラは『ペトラ』の甲板から手を振っている人物に気付いた。

「…シャルル?」

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「またあのセクハラオヤジから頼まれごとか?まったく、サラもご苦労なことで。」

「うるさい。」

 サラの隣で笑いをこらえきれずにいた少年シャルル・イルファンは十八歳。サラとは士官学校の同期であり、能力だけで言えば首席で卒業することもできただろう。しかし、彼は往々にして自分の置かれた環境に対する不満を口にしており、教官などに「帝国軍への反感あり」とされたからである。

「まあ、とにかく奴に変なことされなくてよかった。で?その頼まれごとって何だ?」

「艦長への指令を届けて欲しいと。」

 サラがポケットに入れていた封筒をシャルルに見せると、シャルルは呆れたような表情を浮かべた。

「それだけか?自分でやればいいものを…」

「同感。で、艦長は?」

「艦橋にいるはずだ。一緒に行くか?」

「そんなに暇?」

 シャルルは軽く鼻で笑った。

「別に。仕事がひと段落したから副長に報告するだけさ。」

「あ、そう。」

 サラは艦橋の方へ足を進めるとシャルルは少々慌てながら彼女について行った。

「おいちょっと、手紙届けるだけだろ?そんなに急ぐ必要あるか?」

「早く昼寝がしたい。」

「だと思った。聞いた俺が馬鹿みたいだ。」

「だったら馬鹿な質問はしないで。」

「あのなぁ…」

 二人が雑談を終えた時、すでに『ペトラ』の艦橋にたどり着いていた。艦橋内に足を踏み入れると、目の前には少々慌ただしい光景が広がっていた。最近の状況を考えれば慌ただしいのも無理も無い。しかし、サラは最近の慌ただしさとは違う点に気付いた。

(妙に殺気立っているな、気のせいだといいが。)

 サラは『ペトラ』の艦長を見つけると彼の方へ向かった。

「失礼します、艦長。司令部からの命令書です。」

「お?すまんな、少尉。またテールの雑用かい?」

「ええ、残念ながら。」

 サラは少々気まずい笑いをした。

「…いつもより騒がしいですね。」

 艦長は一瞬封筒を開ける手を止めた。

「まあな。『救済同盟』と名乗る反乱分子が街に潜んでいるらしくてな、そろそろ何らかの行動に出るらしい。」

「その対処に追われているのですね。」

「正解。」

 司令部からの命令書に目を通し終えた艦長は少々暗い表情を浮かべていた。

「こいつの中身は見たのかい?」

「いいえ。見ていません。」

「…ならいい。戻っていいぞ。」

「了解です。失礼します。」

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「あぁ~疲れたぁ~。」

 サラは軍服を着たままベッドに転がり込んだ。階級のおかげか、彼女は広さ約四畳半の小部屋を独占することができた。上級士官にはもう少し広い部屋が与えられる一方、一般兵などは個室すら与えられない。

(軍服に皺がつくかもしれないけど…ま、いいか。)

 シャルルに宣言したように爆睡するサラだった。

 しばらくすると、廊下から足音と声が聞こえてきた。先ほどまで一定の睡眠不足を解消していたサラは、不本意ながらも目が覚めてしまった。

(うるさいな…。せっかく寝れてたのに。)

 サラはベッドの上で起き上がると同時に外の声がはっきり聞こえるようになった。

「おい!何をする!?離せ!」

「うるさい!さっさと黙って歩け!」

(なんだ?粛清でも始まったか?)

その時サラの部屋のドアを叩く音が聞こえた。

「エッセル少尉!開けろ!いるのはわかっている!」

(どうやら自分も粛清対象のようで。)

 サラは軽くため息をついた。

「銃は置いて行った方がいいですか?」

「…してくれれば助かる。」

 一瞬サラの目線は自分の拳銃を入れている机の引き出しを向いた。

(別に渡す必要も無いか。抵抗するつもりも無いし。)

 部屋のドアを開けたサラ。その目の前には見覚えのある人物が立っていた。

「…艦長。何の用ですか?」

「サラ・エッセル少尉。貴官を反革命罪の容疑で拘束させていただく。ご同行願おう。」

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「き、貴様ら、反徒どもの仲間か!?離せ!」

「つべこべ言わずに歩け!」

 とあるやや肥満体の中年佐官が尉官に尻を蹴られるのをサラは目にした。

「テール少佐も粛清対象ですか。」

 サラに拳銃を突き付けていた艦長は視線をテールの方へ向けた。

「不満かね?」

「当然ですよ。あんなエロおやじと一緒にされるなんて御免です。」

「…だろうな。」

 二人は少しの間黙り込んだが、艦を降りたと同時に艦長がまた口を開いた。

「言っておくが、私は任務で貴官を拘束しているのだ。呪うなら生まれの不幸を呪うんだな。」

(!!)

 今まで無表情だったサラの顔は地雷が踏まれたかのように一変した。

 近くから銃声と悲鳴、その後テールらの死体が海に落ちる音が鳴り響いた。

『ペトラ』の隣に他の粛清対象と並ばされたサラであった。

「次の死刑を実行する!構え!」

(次はこっちか。どうやら色々無駄になったようだ。)

 艦長率いる水兵たちがサラたちに銃口を向けた。


(…あれ?生きてる?)

 別方向から銃声が鳴り響いたのはまさにその時であった。

 目に少しばかり光が戻ったサラは視線を艦長の方へ向けた。

 当の艦長は目を丸くしながら自分の血まみれな手を見ていた。

「ば、馬鹿な!いつの間に…!?」

 その次の瞬間、二発目の銃声が鳴り響き弾丸が艦長の頭をぶち抜いた。

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 一方、フーリエの街から約350キロに位置する街ポート・ヴィルヘルムでは、反乱軍の鎮圧を行うため帝国軍の戦力が集結していた。その中でフーリエの反乱鎮圧に差し向けられたのは、陸戦隊上がりの老提督フレデリック・ゼークト准将が指揮する小艦隊だった。

 非防御巡洋艦三、防御巡洋艦四、海防艦二、装甲巡洋艦一、合計十隻の小艦隊は、反乱軍に味方したフーリエ駐留艦隊の二倍であった。

 しかし、艦隊旗艦の装甲巡洋艦『フォン・ヘッセン』の将兵たち、特にゼークト提督本人は作戦に対する不満をためらいなく口にしていた。

「のう、参謀長。この出撃命令は無視できないのかね?」

 小さな声で愚痴を言うゼークト提督に対し、彼の参謀長はため息をついた。

「ダメです。このような状況下で命令を無視すれば、提督に謀反の可能性ありと疑われてしまいます。部下たちも無事ではすまないでしょう。」

 ゼークト提督は深くため息をつくと、手に持っていたパイプを口にくわえた。

「火はあるかね?」

「どうぞ。」

 パイプのタバコに火をつけ一服すると、ゼークト提督は再びため息をついた。

「さて、行くとするか。全艦に出港命令、フーリエの反乱分子の鎮圧に向かう。」

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 海防艦『ペトラ』の露天艦橋で溜息をつく少女がいた。

「なんで粛清対象は銃殺刑なの?」

 サラは港から銃声が響いて来る中紅茶を飲みながら呟いた。

「…いきなりどうした?」

 一緒に紅茶を飲んでいた「救済同盟」のメンバー、シャルルはキョトンとした表情を浮かべた。

 サラたちが処刑場に立たされていたその時、「フーリエ人民救済同盟」と名乗る武装組織が「植民地政府独立派」を倒すべく立ち上がった。早まった行動にでた青年将校らはまず市役所と警察署を占拠、次に街の出入口と通信施設をすべて抑えた。彼らが立ち上がった結果、サラは命の危機を脱したのである。

「あえて銃殺刑にする必要はないでしょ?弾薬の無駄遣い。」

「そう言われればそうだけど、そもそも反対派を粛清していること自体に疑問を持てよ。」

 サラはティーカップを机の上に置いた。

「どちらにしても戦力が大幅に減少するけど。将校や士官のほとんどが切り捨てられたしね。誰が艦隊の指揮を取るつもり?」

「ケッセルリンク大尉が艦隊司令官の座に就くと聞いたけど、明らかに荷が重そうだ。」

 都市機能の掌握に成功した「救済同盟」は、決起の直後「植民地政府独立派」の粛清に乗り出した。「植民地政府独立派」による粛清に加え、最終的にフーリエの街では2000人近くが粛清されるのだった。無論、この数字には貴重な士官も含まれている。

 シャルルは軽く溜息をついた。

「帝国軍に勝てる革命軍を作り上げるには、まだ時間がかかりそうだ。」

「その時間は無いと思う。」

 シャルルはそう冷静に答えたサラに恐怖の視線を向けた。

「まさか…!?」

 その時、一人の水兵が艦橋への階段を駆け上がっていた。

「イルファン少尉!ここでしたか!」

 シャルルの意識はサラからその水兵の方へ移った。

「ユステンセンか。どうした?」

 苦しそうに深呼吸する水兵、ペーテル・ユステンセン准尉は、報告を始めた。

「一大事です!帝国軍が…帝国軍がっ!」

 シャルルは目を見開いた。

「まさか、帝国軍の艦隊が来るのか?」

「はい!」

「…やっぱり来た。」

 サラはそう答えるとさっきまで座っていた席から立ち上がった。

「シャルル、『シェヒール要塞』の状況は今どうなってる?」

「まだ引き渡しの交渉をしている途中だと思うけど、間に合いそうにないな。」

『シェヒール要塞』とは、フーリエの街へ繋がるフーリエ湾の入り口に設置してある複数の沿岸砲台の事である。サラが最も気にしていたのは、要塞に設置してある水中魚雷発射管と戦艦の主砲に匹敵する四門の32cmカネー砲である。これらが反乱軍に味方しないことがあれば、帝国軍の艦隊は湾内に入り街を好き放題砲撃する事ができる。

「シャルル、出港準備を進めておいて。私は弾薬の在庫を確認してくる。」

 シャルルは頷いた。

「石炭の在庫の確認もしないとな。ユステンセン、石炭庫を見てきてくれ。入りきらない石炭は捨てっちまえ。」

「え!?捨てるのですか!?」

 驚きの表情を浮かべたユステンセン准尉だった。

「あ、いや、別に文字通り捨てる必要はない。ただ、甲板に置いたままだと邪魔だからな。」

「りょ、了解です!」

 甲板への階段を下りていくシャルルたちを見ながら、サラは机に置いてあった軍帽子を被った。

「さて。忙しくなりそうだ。」

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二十五枚の手紙

序章

END

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次回:第一章「サラ、陣頭に立つ」

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