金の斧銀の斧

籔田 枕

推奨年齢十四歳〜

 わたしは川の神である。

 強慾な者からは持物を没収し、正直者には褒美をくれてやるのが趣味である。


 ある日のことである。一人の慾深い木樵が、わたしの川に近づいてきた。

 木樵は、にやにやとえせ笑いをして、歩きながら、時折わたしの川を見やった。そうして、まだ少しも仕事をしていないのに、自分の持っていた真新らしい斧をわたしの川へ投捨て、大仰に喚きはじめた。


 なんでもここギリシアの川には神がいて、川に斧を落し、大声で泣けば、川の神が金の斧と銀の斧をくれるらしい──木樵はそんな噂をどこかで聞いたため、わたしを呼出すように、大仰に喚きはじめたのである。木樵のアニマ(霊魂)は、「わたしも金と銀の斧が欲しい」と、声にならない声で叫んでいた。


 そこでわたしは、金の斧を手に持って姿を見せることにした。


「わたしは川の神である。お前が落したのは、この金の斧か?」


「ああ、そうです! それです、わたしが落したのは! 金の斧を川に落したなんて妻に知れたらなんと云われるか、弁償か、離婚か、あるいはその両方か、わたしはもうおしまいだとばかり! 助かりました神さま! ありがとうございます……い、いない! どこへ行った! わたしの斧を返せ!」


 わたしはこの木樵の話を半分も聞かないうちに、川の中へ戻ってしまった。過てるを知って憚ることなかれ。透通ったギリシアの川には、慾張りな木樵が一人べそをかいていた。



 ある日のことである。一人の正直な木樵が、わたしの川に近づいてきた。

 木樵は、使い古して今にも壊れそうな、手垢まみれの鉄の斧で、しばらく木を仆していたが、そのうちつるりと手を滑らせて、斧をわたしの川に落した。泣叫ぶ木樵のアニマ(霊魂)は、深い悲しみに充ち満ちている。


 しかし金の斧をひと目見れば、いかに正直な木樵と雖も、たちまちのうちに考が変るかもしれない。そこでわたしは、金の斧を手に持って姿を見せることにした。


「わたしは川の神である。お前が落したのは、この金の斧か?」

「いいえ、違います」

「では、この銀の斧か?」

「いいえ、違います。わたしが落したのは、使い古して今にも壊れそうな、手垢まみれの鉄の斧でございます」

「なんと正直な人間だ。鉄の斧はお前に返そう。そしてこの金の斧、銀の斧も褒美にくれてやろう」


 わたしは川の中へ戻った。正直者は報われる。眩く日の光のさしたギリシアの川には、金の斧、銀の斧を脊負った、正直な木樵が嬉しそうに仕事を続けていた。あんめい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

金の斧銀の斧 籔田 枕 @YabutaMakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ