第46話清洲城攻略
信光は信長の兵を引き連れて、清洲城へ入城した。彼らは家臣や下男の装いをしていた。
その中には利家と成政、可成と馬廻り衆も紛れている。清洲城の城兵は少なくないが、鍛えられた彼らにしてみれば、制圧は容易だろう。
「信光殿。こたびの申し入れ、受け入れてくださりありがとうございます。主の信友に代わりまして、お礼申し上げます」
信光に深く頭を下げたのは、信友の家老である坂井大膳だった。
彼らの近くにいた利家は大膳を見て、いかにも陰謀とか謀り事が好きそうな顔つきをしているなと感じた。前世の高校でいつも自分に嫌味を言っていた教頭を思い出す。
坂井大膳はでっぷりと太っており、顔の中心に目と口が寄っていて、二重顎であった。陰険と言ってしまえば片付くような容貌をしている。
「はて? 侍女が見当たりませんが……いかがなされた?」
怪訝な表情で鋭いことを訊ねる大膳。
伊達に守護代の家老をしているわけではない。
信光は「ああ。女たちは後から来る」と涼しい顔で答えた。
「兵に守らせている。流石に兵を城内に入れるのは、互いにまだ信用していない以上、時期尚早だと思ってな」
「なるほど……ご配慮感謝いたします」
そう言ってまた頭を下げる大膳……しかし、頭を上げた瞬間、顔面が蒼白となる。
まさか、気づかれたのか? そう勘繰る信光。
利家は刀に手をかけた――
「わ、私は、これにて……急ぎ、城外にて務めがありますゆえ……」
挨拶も早々にそのまま急ぎ足で馬屋のほうへ向かう大膳。
どたどたと走る姿に信光も利家も何がなんだか分からなかった。
「何を急いでいるのだ?」
「……分かりません」
そんな二人に遠くからやりとりを見ていた成政がこっそり耳打ちする。
「おそらく、私たちの計画が分かったのでしょう。だから逃げたのです」
「なんだと!? くそ、どうする?」
焦る信光に「安心してください」と成政は笑った。
「主の信友のところではなく、馬屋に向かったのはそのまま逃げるためです。気にすることはありません」
「……主を見捨てて逃げたか。ふん、知恵者らしい保身だな」
信光は吐き捨てるように言って「各々準備しろ」と命じた。
「本丸に信友がいる。急ぎ討ち取ってしまえ」
「ははっ。かしこまりました」
応じる成政に対し、利家は複雑な胸中だった。
主を見捨てた汚名を着て生きる。
いや、それよりも大膳は自分を許せるのだろうか。
同情する気はないが、先は短いなと思いつつ、利家は自分の具足を着る。
全員の準備が整ったところで、清洲城攻略が開始された。
次々と信友の家臣を討ち取りつつ、本丸まで攻める。
城内は混乱を極め、逃げ出す者が大勢出た。
「火を使うのは厳禁ですよ。この城は綺麗なまま、いただきましょう」
可成の命令に皆が従った。
特に馬廻り衆の面々はきちっと己の仕事を全うしている。
あの信長が尾張半国の主なれるかどうかの重要な戦いなのだ。熱が入るのも当然である。
「信友殿、どこにおわす!」
「お覚悟召されよ!」
本丸で各々喚きながら、信友を探し回っていると、清洲城の評定の間にいるとの声が上がった。
利家と成政、可成が急ぎ向かうと、上座の前で堂々と座っている信友がいた。
ちょび髭を生やし、背丈が低い。しかしそれでも誇りある姿を見せていた。
「下郎め! わしを誰だと思っている! 尾張国の守護代、織田信友だぞ! 貴様らは言わばわしの家臣の家臣だ! 主殺しをするつもりか!」
取り囲まれているのにも関わらず、大言壮語する信友。
周りの兵たちは怯んで何もできない。
「この野郎……自分の主殺したのは、てめえもじゃねえか!」
かっとなった利家が槍を繰り出そうと近づくが、可成の「少しお待ちください」との声に止まる。
「兄い! どうして止める!」
「私にやらせてください。流れ者の私でしたら、さほど恩義はありませんから」
可成はにこりと笑って、ゆっくりと信友に近づく。
信友は「くそ、なんて奴だ!」と大刀を抜いて可成に斬りかかろうとする。
「きえええい!」
「…………」
信友の気合を乗せた一撃を、可成は無言のまま、槍で払ってしまう。
大刀は後ろに跳ね飛ばされて、立派な掛け軸の中心に突き刺さった。
「な、何故だ……」
「私は鍛えていますからね」
「そうではない! どうしてわしは信長に負けたのだ!」
座って悔しそうに床を叩く信友。
その光景を利家と成政、兵たちは見守っていた。
「わしのほうが兵力も地位も上だった! なのに何故!」
「……その驕りが敗因ですよ」
信友にそう言ったのは成政だった。
彼は睨みつける信友に説く。
「我が殿は必死に戦っていました。尾張国を統一しようと日々考え、工夫を凝らし、人材を登用した。しかしあなたは何も考えず、工夫もせず、人材を失った。あなたには何もない。今や何一つ残されていない」
「くっ……!」
その様子を窺っていた可成は自分の短刀を座り込んだ信友に差し出した。
「切腹してください。介錯は私がしますから」
「…………」
「尾張国の守護代なら、作法は知っていますよね?」
短刀をじっと見つめていた信友。
やがて覚悟を決めたのか、すらりと短刀を抜いた。
可成は腰の刀を抜いて、信友の背後に立つ。
「信長に言っておけ。いずれ貴様も討たれるだろうと。十年、二十年後か分からんが、必ず討たれると。信光にも言っておけ。貴様は裏切りによってわしを殺した。貴様もまた、裏切りによって殺されると」
「そんなことはさせねえ。俺が守る」
利家の言葉に、その場にいる全員が頷いた。
ただ成政だけが複雑な思いを抱いていた。
「――ふん!」
信友が腹に短刀を突き刺し、臓腑を切り裂いたのを見て、可成は素早く刀を振り下ろした――
◆◇◆◇
「終わったか。よし、信長に使者を出せ」
信友の首を確認した信光は、自分の家臣にそう命じた。
それから「皆ご苦労であった」と労をねぎらった。
「死体はわしの兵に片付けさせるゆえ、お前たちは休んでおれ」
それを聞いた馬廻り衆と信長の兵は思い思いの形で休息を取った。
利家は具足を脱ぎつつ、成政に話しかけた。
「これで殿は尾張国の下四郡の主になったんだな」
「そうだな。これで敵は一人に絞られた」
「上四郡を支配する、伊勢守家か。確か信安って言ったな」
利家は「俺、知っているぜ」と豪快に笑った。
「信安ってあんまりいい武将じゃねえんだろ?」
「はっきり凡将と言え。ま、確かにそうだな」
「殿の敵じゃねえな。勢力は一緒だけどよ、俺たちもいるし楽に勝てるだろう」
楽天的というか、のうてんきと言うべきな利家の物言いに成政は苦笑した。
「そうなればいいけどな」
「あん? なんかあるのか?」
「お前の言ったとおり、信安は凡将だが、その息子の信賢は優秀らしい」
利家は「はあ? のぶかた? 聞いたことねえよ」と首を傾げた。
「本当に優秀なのか?」
「聞いた話によると、だがな。何にせよ油断大敵ってことだ」
成政はそう言って立ち上がった。
利家が「どこへ行くんだ?」と訊ねる。
「清洲城の内部でも見ようと思ってな。誰よりも早く、殿に案内できるように」
「あ! お前、抜け駆けするなよ!」
利家はこういうところが成政のずる賢いところだよなと思いながら後を追った。
成政はなんで手の内を自ら明かしてしまったのかと考えつつ、早足で向かった。
◆◇◆◇
こうして清洲城は信長のものとなった。
代わりに那古野城を叔父の信光に譲る形となった。
しかし半年後、那古野城は信長の元に戻ることとなる。
理由は――信光が家臣の坂井孫八郎に殺されたからだ。
その孫八郎もまた討たれることとなる。
孫八郎が信光を討った理由は、奥方と通じていたとされるが。
真実は誰にも分からない――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます