第5話 旧型怪人

 

「へんしーん」


 ここ最近、変身前にやることが増えた。


 アウトドア用テーブルを広げて、カップうどんに粉末スープと薬味を入れてからお湯を注ぎ、戦いが終わってから食べるための準備を整える。

 それからベスパに乗って公道を法定速度で走りながら変身して、俺を追いかけてきた怪人のところに戻る。


 すべては悪の秘密結社「優しくしてね」の怪人を倒すために。


「優しくしてね」の怪人の多くは変身前の段取りをお約束のように待ってくれる。なんだか俺のほうが優しくされてる気がする。



 最近、産神うぶがみ博士が送り出してくる新型怪人は容姿が人間にしか見えない。だから戦っていると俺が人間をいじめているように見えるのか、すぐ善良な市民に通報されて警察沙汰になってしまうから嫌いだ。


 だが、今日の怪人は旧型で分かり易いビジュアルをしている。


 頭がカップラーメンの容器の形をしているのだ。


 この容姿からコイツの設定はわかるぞ。



「お前はラーメン派だな、許せんっ」


「うはははは、ラーメンは種類が豊富だし3分で出来上がるのが多い、すぐに食べられるぞお…っと、テーブルとお湯貸してね」


 怪人は俺の返事を待たずにテーブルの上でカップにお湯を注いだ。



 俺がさっきカップうどんにお湯を注いでいる時、怪人は待ってくれていた。

 だからお湯入れに集中して隙だらけのコイツを倒したりしたら俺は非道ひどいヤツになってしまう。


 俺は怪人の作業を眺めながらじっと待つことにした。



 俺がカップうどんにお湯を注いでから2分が経っている、お湯入れ5分のうどんも3分のラーメンも出来上がるのは同じ時間だ。


「うはははは、お湯入れ終わったぞお」



「さあ来いっ怪人め」


 俺と怪人はテーブルから離れて戦いを始めた。強い、なんという怪力だ。俺は劣勢にたたされた。


「うはははは、俺は持久力よりも瞬発力重視型なのだあ。3分で戦いを終わらせないと麺が伸びてしまうからな~」


 なんという攻撃力だ。しかしこいつは旧型の怪人、必ず何か弱点があるはずだ。


 俺は防戦しながら考えた。


 コイツが現れてから今にいたるまでに何かヒントが隠されているはずだ。


 ぽくぽくぽく、ちーんっ


 はっ、そうだ、コイツはカップラーメンにお湯を注ぐとき、フラフラと揺れていたぞ、何故だ、何故なんだ…そうか!



 俺はテーブルまで戻り怪人のカップラーメンの蓋を開けた。


「何をするっ、途中で蓋を開けるなあっ」


 激怒した怪人が詰め寄ってきた。


「あちっあちっ」


 俺は中からなるとを1枚取り出し怪人の鼻先に突きつけた。


「これを見ろっ!」


「こ、これは…」


 怪人はじっとなるとを見た。俺はなるとをクルクルと動かした。


「目、目が回るー」



 怪人はフラフラ揺れたかと思うとバッタリと倒れた。



「お、俺は持久力が無いから、一度倒れたらもう起き上がれない…なあお前、最後に俺の頼みを聞いてくれないか?」


「良いだろう、聞いてやる」


「最後にラーメンを食わせてくれ…」



 俺は怪人が可哀想になり優しくしてやることにした。ふうふうとラーメンを冷ましながら怪人の口に運んだ。


「熱くないかっ?」


「お前は優しいなあ、美味いよぉ…」


 その時だ。



 ブオーンと非力なエンジンをブン回す音が聞こえた。


 遠くから軽トラがラーメン屋台のチャルメラの音を鳴らしながら近付き駅前広場に乗り込んできた。おいこら、車両で広場に乗り込むとはどういうつもりだ!


 俺が軽トラに詰め寄ると助手席の全身黒タイツの人型ひとがたがダッシュボードの紙をこれこれと指差した。


「車両乗入許可証」


 ちゃんと許可を得てたんですね、すいません。



 怪人の横に車を止めて降りてきた黒タイツは、仰向けに倒れている怪人を転がしてうつぶせにした。なんて非道い扱い方だ。


「おい!いくらなんでも雑すぎないか?」


 しかし黒タイツはまあまあと俺を制止して、今度は怪人の首もとを探って金具を見つけるとジッパーを下ろし始めた。すると中からカップラーメンがバラバラと出てきた。



 着ぐるみ?コイツは着ぐるみだったのか!姿が大きく見えるようにカップラーメンを中に入れてかさ増ししていたのか。



 一方の黒タイツがカップラーメンを取り出し、もう一方が軽トラの荷台に積んでいく。

 ヤンキー座りをしながらその様子を眺めているとやがて黒タイツが来い来いと俺を手招きした。



 着ぐるみの中を覗き込むと中身は棒人間だった。


 なんと言うことだ。旧型怪人は棒人間だったのか!


 よく見ると棒人間の棒は劣化してひび割れがあったり、ガムテープを巻いて補強してあったりした。



 あっ、しまった、なぜ黒タイツは俺にこんな秘密を見せるんだ?!罠か?罠なのか?


 俺は身構えたが黒タイツは違う違うと首を横に振ると着ぐるみの中からカップうどんを取り出した。



 何故だ?何故カップラーメンの中にひとつだけカップうどんが混じってるんだ。


 黒タイツはどうぞどうぞとカップうどんを俺にくれた。そうだ昔、コイツらが倒れた怪人を回収に来たとき、カップうどんを持たせてやったことがあったな…あの時のお返しというわけか…。



 黒タイツはカップラーメンとバラバラに分解した棒人間を荷台に載せるとどうもどうもと手を振りながら去って行った。チャルメラの音を鳴らしているから、どこかでカップラーメン屋台でもやるつもりなんだろう。


 

 俺は黒タイツに貰ったカップうどんを持って橘のおやっさんのスナックへ行った。


「おやっさん、旧型怪人の中身は棒人間だったよ」


「なんだお前、そんなことも知らなかったのか?蘇生するタイプの旧型怪人は中身の棒人間を入れ替えたり、部品を交換したりして使い回してるんだ。着ぐるみの中には棒人間と一緒にいろんなものが入ってるぞ。そうだ、爆発するタイプの旧型怪人には爆弾がたっぷり入ってるから気をつけろ」


 どうりで爆発した後に大穴があくわけだ。でもそれ、今ごろになって言うことか?



 今日戦った怪人…なるとで目を回したあの怪人は、きっといろんな部品を寄せ集めて作られバランスが悪くなってたんだろう…


「怪人のやつめ…」


 俺はそれから怪人の月命日にはカップラーメンを食べることにしている。その時、なるとを見るとあの怪人のことを思い出し切ない気分になることがある。



「ちくしょう産神博士め、かわいそうな怪人を作りやがって、許せんっ」


 俺は怒りをあらわにして悪の秘密結社「優しくしてね」の頭領産神うぶがみ博士の打倒を誓ったのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る