夢の途中

笠井菊哉

第1話

高校に入学して直ぐにカザマハルという男と仲良くなった。

お笑いが好きという共通点が手伝い、俺は人見知りをする性格なのに、ハルとは打ち解けて話せるようになった。一緒にバラエティー番組の話をしたり、ライヴを観ているうちに同じ夢を持つようになる。


「共に芸人を目指そう」


そうと決まれば話は早かった。


養成所に通う為に同じコンビニでアルバイトを始め、

「大学だけは行け」

という両親と教師を無視して、高校卒業後、多くの人気芸人を輩出した田沼芸能養成所に二人揃って入学した。


講師に

「開校以来の天才コンビが現れた」

そんな有難い御言葉を頂戴した俺達だが、現実は甘くなく、養成所を出て半年は先輩の小間使いみたいな仕事やスタッフの手伝いをさせられた。


「俺は小間使いの為に芸人になったんじゃない!」

などと絶叫するや否や辞めた仲間を尻目に、俺もハルも、

「人気芸人になるまでの辛抱」

言い聞かせて頑張った。


二年後、チャンスが訪れた。


普段から単独イベントなどのお手伝いをさせていただいた先輩が冠番組を持つ事になり、

「出演してほしい」

と、言ってくれたのだ。

「まだ知られてない芸人だから、レギュラーじゃなくて、月に一、二度ほどのレポーターみたいな仕事だけど」

先輩は申し訳なさそうに言ってくれたが、月に一、二度でも出演させてくれるなんて有難い。


出演すると返事をすると、先輩は喜んでくれて

「お前達は実力あるから、認められるのも時間の問題だよ」

励ましてくれた。


この番組出演をきっかけに、俺達はあちこちのバラエティー番組から呼んでもらえるようになり、デビュー五年目にしてようやくマネージャーがついてくれる事になった。


優秀な女マネージャーは、就任して間もなくドラマ出演のオーディションの話やYouTube動画開設の話を持ってきてくれて、ドラマのオーディションは二人とも「主人公の親友」役ながらも評判になり、ハルは間もなく映画に出演、日本アカデミー賞最優秀助演賞男優賞を受賞。

Twitterに発表した短歌をまとめた歌集を出版した俺は、異例のベストセラー入りを果たし、短歌界で栄誉ある賞をもらって「芸人兼歌人」の肩書きを手に入れた。


冠番組を四本、レギュラー番組を八本、他にちょくちょくゲストで出演させてもらい、超人的な忙しさの中、ハルは舞台で共演した元アイドルと結婚、俺も縁があって信用金庫組合員の一般女性と結ばれた。


それぞれ子宝に恵まれて、公私ともに幸せな日々を送っている。


ある日、ハルが締まりのない顔で現場に来たので訳を訊くと、三人いる娘の内、二女が

「私はお父さんのお嫁さんになるのが将来の夢です」 

学校の宿題で出された作文に、そう書いたらしい。

息子が一人の俺は、正直に羨ましいと思った。


芸人になって、四十五年たっただろうか。


ベテラン芸人と呼ばれ、若手の頃には経験出来なかった仕事も任せてもらえるようになった。

ハルは役者として、俺は歌人としても順風満帆である



「小間使いになりたくない」

と叫んで飛び出した男は、ブラック企業にして就職し、おまけに浮気して隠し子までつくってしまい、奥方と揉めているらしい。


何の因果か知らないが、今日、俺の一人息子がハルの娘をもらうと挨拶に来た。

「お父さんのお嫁さん」

を夢見ていたハルの二女が、俺の息子を伴侶として決めたのである。


ハルが泣きながら、飲みに行こうと俺を誘った。

近所にある飲み屋で、ハイボールを飲みながら

「あいつも結婚か。俺の役目はお仕舞いだなぁ」

と言うと、

「何を言っている。まだ、これからだよ」

ハルがビール片手に笑った。

「俺達も芸人になって長いけど、やってみたい事はまだたくさんあるし」

ここで言葉を切ると、

「それを思うと、俺達はまだ、夢の途中を歩いてるよな。芸人としても、親としても」

ハルの言い分に黙って頷いた。


そして、俺の息子とハルの娘の間に子供が出来たら、どんな夢を歩かせようか、という話題で盛り上がったのだった。 




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夢の途中 笠井菊哉 @kasai-kikuya715

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