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今回の
『迷宮化の兆候があるようです』
わたし達の‟リーダー”はそう言って話を切り出した。
‟霊峰”と呼ばれている山脈はここいらではかなり有名な狩り場である。
もともと
そんな危険な場所に迷宮化の兆候――――。
迷宮化とは元素魔力が溜まって空間が歪む自然現象のこと。
地形的な影響だとか、地脈が活性化したせいだとか、強力な魔物が原因だとか……いろいろな推測、考察はあってもはっきりとした原因は今だに分かっていない。
『今回の依頼はその迷宮化の実地調査です』
え……?なんでわたし達が?
メンバー内からそんな疑問が飛び交う。
冒険者といえば、お金さえ支払うことが可能なら何でもやる組織だ。そのイメージは間違いじゃない。当然常識範囲内での話だが……。しかし、この迷宮化は少し話が違ってくる。
迷宮化に対するアプローチは国が管理し決められるものであって決して民間団体に話が回ってくることはまずない。さらに調査となれば国営の調査団もしっかり存在するのでなおさらだ。
『これはギルドマスターから直々の依頼なんです』
わたし達のリーダーとギルドマスターは昔馴染みであるらしい。
リーダーはよくギルドマスターが手を焼いている依頼があればその手伝いをしていた。これは恐らくその延長線上のものなのだろう。
メンバーからいくつかの不満は出たが、迷宮化を経験するよい機会ということと魅力的な報酬。手厚い支援もあるということで、結果としてその依頼は受ける方向に決まったのだ。
――――なんでこんなことになったんだろう。
あの時、無理を言ってでも引き止めるべきだった。話に流されず、我が儘を突き通すべきだった。
今更……後悔しても遅い。事はもう既に起きているのだ。最低最悪な状況で……。
なまあたたかい液体が溢れ出す。それは濃すぎて最早どす黒い。自分が得意の‟奇跡”を使ってもそれは留まることを知らない。
頬を伝う涙が止まらない。こんなところでべそをかいている場合じゃないのに……どうしたって視界が滲む。
「セラさん……っ。目を開けてっ。おねがいだからっ……」
自分の腕の中で力なく横たわる女性。それはわたし達をここまで率いてきた頼れるリーダーである。
仲間たちとも引き裂かれ二人だけになっても諦めず、わたしを守ろうとしてくれた。
――――パキッ
その音で身を震わす。
やつが来た。
この悲劇を作り出した元凶――――黒い狼。
生気を感じられないその瞳にわたし達が映り込む。
――――咄嗟に杖を向ける。しかし、端からやつには魔術が効かないことは分かっていた。それでも……。
「凍てつく氷の槍よ。仇なす者を貫け……っ」
魔方陣が現れ、光と共に氷槍が放たれる。大気を切り、一直線に相手へと飛来するが……。
吸い込まれた。
やつの身体に当たった直後、氷槍は底なし沼にでも嵌ったかのように入り込んでしまったのだ。
同じだ。どうしたってやつを倒せない。自分はなにもできない。
「なん……なんでぇ……っ」
無力な自分を……責めることしかできない。
一歩、二歩、三歩、四歩……そして――――目前。
その間、足掻くことすら出来なかった。
顎が外れるほど大きなアギトが開く。それは空間にぽっかりと空いた奈落のよう。
ああ……死ぬんだ。と、漠然と思った。
それは、諦め。
最後の景色は光のない漆黒。
光を求めて走ってきたはずだったのに、最後に見るのは闇なんだ。
皮肉にもそう思ってしまった。
「は……ははっ……。バカみたい……」
掠れた声。それが自分から出たものだと思いたくなかった。
そして――――“それ”は訪れる。
『大丈夫ですか?』
その声で我に返った。
刹那にして切り替わった景色に頭が追いついていない。
目の前にいるのは
ふと横を見れば――――吹き飛ばされた黒い狼が大木につるされ、磔にされているではないか。
「え……。なにが――――」
言い切る前にその仮面の女の子はわたしに近づき、手を握る。
「その治癒術では……間に合いませんね。少し手をお借りします」
彼女の目が仄かに光ったかと思えば、魔力の激流が起こる。
暖かな光――――。
それはわたし達の周りに光の奔流が渦巻いているように映り、それが一際輝き、収束したところで――――彼女はわたし達から背を向けた。
「とりあえず応急処置は施しておきました。獣人族の頑丈さがあれば問題ないでしょう」
目まぐるしく変化する光景に思考がまったく追いつかない。
わたし達は……助かったの……??
「残念ながらまだ根本原因は残っています。ですがまあ……大丈夫でしょう」
無意識に口から出ていたらしい。彼女は少しこちらを振り向き……頷く。わたしにはその表情は窺い知れない。しかし、彼女が微笑んだのは確かだ。張り詰めた緊張が少し……和らいだ気がする。
見るといつの間にか黒い狼は磔から脱してこちらを睨みつけていた。その姿は彼女を警戒しているようであった。
「四刃刀=双太刀」
彼女は二本の剣を手にする。それはまるでなにもない空間から引き抜いたかのように見えた。
これはもしかして……
実際に見たことがないから確証はない。しかし、自分が驚いている傍ら……事態はどんどんと加速していく。
「特級レベルの殲滅対象。ここまでの大物……久しぶりね。――――覚悟なさい。貴方はわたしが、祓除してあげる」
彼女が啖呵を切る。
実際に自分の目で確認できたのはここまでだ。
この後の展開については……正直今でもよく分かっていない。ただひとつ言えることは……わたし達は相当に運がよかったということだけだ。
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