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「めちゃくちゃ可愛いっ!! すごく似合ってるよキュウちゃん!! 私の目に狂いはなかったね!!さすが私っ!!!!」




 


 無言で恨めしそうに睨む俺をよそに、早口でまくし立てるように歓声を上げる彼女。





 


「せめてこのミニスカートはどうにかならないの……」


「なりませんっ! 外出するんだったらお洒落しなきゃいけないでしょ!!」


「なんでよ……」





「――――女の子だもの!!!!!!!!!」




 うぐっ、とその剣幕に言葉が詰まる。いやまあ……確かに女の子はお洒落に敏感なイメージはあるがそれを俺に当てはめないでほしい。中身は男だぞ……。


「それに機能性を考えてもそちらの方がいいでしょ?」


「機能性……?」


「そ。冒険に従来の巫女装束は確実に不向きだし。なんてったて、“巫”であることが他人にバレバレじゃん」


 む……確かに。と、一人納得する。


 別に“巫”であることをバレてはいけない理由はないが……。たしかに町中にがいれば不思議に思うのも無理はないか。それが余計ないざこざを呼び込む可能性だってある。


 こいつはそのことも考えてこの“巫女服”をオーダーしたらしい。決して自身の趣味全開で作ったわけではないのだ。……たぶん。


「ちなみにその巫女服には“自動修復リペア”もついているから。便利でしょ?」


「ええぇ……それ大丈夫なわけ? 確かその魔法は“原初の魔法”じゃない。人には使えないものでしょ」


「お、よく覚えてるね。関心かんしん♪ま、バレなきゃいいのよ。バレなきゃ」


「ええぇ……」


 テストをカンニングしようとする悪ガキのような理由をさらっと宣う。因みにこいつはこの世界の創造神である。世も末だな。



 ――――と、ふいに俺は口を閉じる。



 それを不思議に思った彼女は首をかしげる。


 次いで照れくさそうに頭を掻いた。



「いや〜。そんなに熱烈な視線を向けられちゃあさすがの私も恥ずかしいなぁ〜。あ、今日は勝負下着つけてないや。ちょっと地味だケド我慢してね??」



「いや何の話よ!!」



「え? 旅立つ思い出に私たち二人のベッドシーンを……」



「――んなわけあるかぁ!! 貴女がわざわざこんなプレゼント用意してることが気になったのよ!!!! なに!? どういう風の吹き回し!?」



「えっ……あ〜……えっと、それはぁ……」



 と、急に口籠る彼女。




「……もしかして貴女。まだわたしに伝えてないことがあるんじゃないの?」




「ギクッ」




 分かりやすく肩を震わす。図星である。





「えー……えっと。これを聞いても……怒らない??」



「それは話によるでしょ」



「うぐぅ……」



「はぁ……。分かった。分かったわよ。怒らないように善処するから早く言いなさい」



 話が進まなそうなのでできる限りの譲歩する。なにか隠していそうだと思っていたが、ここまで言いたくないこととは一体……これは俺も腹を括っておかないといけないな。さて、鬼が出るか蛇が出るか。



「そ、そうだね。たしかに先延ばしにするのはよくないか……うん。――――キュウちゃんにはちゃんと伝えておかないといけない……大事な話があるんだ」



 ユノは改まって俺を見やる。その瞳には複数の感情が入り混じり、なにを考えているのか容易に察することができない。


「昨日の話。勇者がこちらに召喚されたことは当然覚えてるよね」


「ええ。忘れるはずないわ。その中に“遥”がいることもね」


 俺は首肯して、話を促す。そして、彼女はこう告げた。



「実は召喚されてから既にが経過してるの」



 俺はポカンとする。今……なんて言った?一ヶ月……??



「そして召喚されたその翌日。彼らは“魔人”によって奇襲攻撃を受けてる――――」



 それを聞いた瞬間。俺は踵を返し、障子を開け放った。


 今にも外へ飛び出そうとした刹那――――手が引かれる。それにより俺の身体はギリギリ踏み止まった。


「まって!キュウちゃん!! 落ち着いてっ。一旦、落ち着いてぇっ!!!!」


「なんで止めるのよ!! さっきまでは行かそうとしてたでしょうがっ!!」


「それはそうだけどっ! そんな状態で行かせられるわけないでしょ!! それに貴女が心配してることは杞憂だからっ。一旦、落ち着いて話を聞いて!!」



 必死に引き留める彼女を尻目に俺は苦虫を嚙み潰したかのように歯噛みする。数分の引っ張り合いの末、ようやく気持ちが落ち着いてきた俺は徐々に足に込めた力を抜いた。



「妹ちゃんは無事だよ。ごめんね。それを先に言うべきだったね」


「そう……。悪かったわね。取り乱して」



 少し頬が熱い……。恥ずかしい姿を見せた羞恥から面と向かって顔を見られず、そむけた視界からチラッと様子を窺う。すると、彼女はそれに気づき微笑みかけてきた。妙に生暖かい笑顔だ。まるで小さな子供を見ているような……。


「だぁれが子供ですってぇ……?」


「いや何も言ってないよっ!?」


 チッ……と盛大に舌打ちをして一呼吸置く。どうにか動揺を収めた俺は話の続きを促した。「舌打ちされた!?」と騒いでいた彼女は俺のひと睨みで気を取り直し、話を再開させる。



「ごほんっ……とりあえず、今の王都は多少の爪痕を残しながらもほとんどは復興してるよ。相当な警戒態勢にも入ってるし。王国自慢のセキュリティ――“天穹てんきゅう”に頼りっきりだったのも見直されてるみたいだね。結果的にだけど……今までとは比較にならないほどの警備体制になってるよ。そう簡単には魔族側も動けないんじゃないかな」


「そうなのね。なら……よかったわ……」


 彼女の説明を聞きとりあえずは胸を撫で下ろす。大事がなくて本当に良かった。まさか召喚したての勇者を狙うやつがいるとは……なんとも常識外れのやつがいたものである。勇者召喚の様式美を汚すとはけしからん。――――とはいえ、合理的な作戦なのは確かだ。その辺りを深掘りするとなんだかきな臭いんだが……。

 恐らく本題はここからなのだろう。彼女の表情を見て俺はそう悟った。


 ふぅ……と、一泊おいてから俺は彼女を促す。


「――――それで? ここからでしょう? 貴女がもっとも言いたくなかったのは……」



 そう言うと彼女は俯きキッと唇を引き結ぶ。それは俺が初めて見る……彼女の覚悟を決めた表情だった。




 ………………


 …………


 ……



 仲睦まじい双子がいた。

 

 世界は真っ暗だけど、二人はそれで良かった。


 お互いに触れ合い、笑い合えればそれで良かった。



 ――――しかし、ある時片方が言った。世界に色を付けたいと。



 もう片方も言った。ならば、数え切れない程のたくさんな色を付けたいと。


 二人は一心同体。お互いに笑い合うと真っ暗な世界に色を付け出した。




 空は晴やかで蒼く爽快で、海は深く恐ろしくも雄大で。大地に軽やかな息吹を吹かせ、夜空には煌めく夢を散りばめた。




 二人は思い思いに色をつけ、幾千幾万の時が過ぎ、どちらが先に言い出したかさえ忘れるほどに夢中になった。そして――――“絵画”は完成した。


 その時、二人には初めて異なる感情が産まれていた。



 片方は、このまま行く末を見守りたいと。そして、もう片方は――――。




 『完璧なものにしたい』と。




「‟破壊神=ネア”。それが彼女の名前。そして、この世界を揺るがす……元凶。突然魔族が勇者に手を出してきたのも恐らくは彼女の策謀だったはずだよ」



 沈黙が部屋を包む。俺は彼女から聞かされた話を内心で反芻し、心を落ち着かせてから口火を切った。



「敵は……なの? 魔王ではなく?」


「そうなるね。でも、それを知っているのは私たちだけ。そして、それを討てるのも私たちだけ」


「……だからこそ、わたしに出向いてほしいって言うのね」



 そうだね。と、彼女は淡白に頷いた。



「――――だけど、今なら彼女は万全に動けない。これが最初で最後の……千載一遇のチャンスってわけ」



「動けない……その理由はなに?」



「ごめんね。それは秘密なんだ」



 ユノは困ったように笑い自分の髪を指でイジる。

 肝心なことを言わない。……いや、言えないのか。理由は分からないが予想はしていたことだ。しかし、腹立たしい気持ちを抑えきれず俺はため息をつく。



「でも、貴女はそれでいいの?」



「? いいってなにが?」



「その……今の話は貴女の“思い出”でしょう?敵は貴女の――姉妹きょうだいなんじゃないの?」



「あ〜……」



 と、目を泳がせる彼女。その様子には失言したな……という感情がありありと見て取れた。



「さすがキュウちゃん。鋭いね!でも、大丈夫だよ。そこは心配しないでっ」



「そう……」



 ウインクしながらサムズアップする彼女を見て俺は少し考える。


 普段は思いもしないが、実は用心深いこいつのことだ。恐らくはすでに裏で手を回しているのだろう。自分のこの力もこの時のためにユノが施した策の1つなのかもしれない。


 ――自分の手を見る。


 約束を守れなかった手――――10年前、俺は妹の手を取れなかった。だけど今なら……変われるのだろうか。




「――――うん、決めた。わたしが行きましょう」




 決意と共に手を握りしめ、彼女の目を真っ向から見て言う。それにやつは目を丸くして……。



「ほ、ホントに!?!?」



「そんなに驚くこと?貴女が言ってきたんでしょうよ……」



「い、いやぁ……そうなんだけどね〜。なんというか……キュウちゃんに丸投げしちゃう感じで申し訳ないな~とか思っちゃって」



「はぁ? それこそ貴女が考えるようなものじゃないでしょうよ。貴女の‟巫女”として責務を全うしてやろうと言ってるのよ。それともなに……コレ以上に後ろめたい事でもあるわけ??」



「ないない!なにもないよ!!」




 怪しい……が、話が進まないので仕方なく見なかったことにしておく。



「それにしても……どこでこんな服を仕立てたのよ。いつも貴女は唐突よね」


「いやぁ〜ごめんごめん。やっぱりサプライズにしたかったからね。まあ、あの年増ドラゴンのせいで台無しだけど」


「年のことなら貴女のほうが上でしょ……。なに不貞腐れてるのよ」


 ぷぅ……と頬を膨らます彼女に呆れる俺。


「だけど……やっぱり私の目測は正しかったね。キュウちゃん本当に似合ってるよ」


「うっ……そ、そう。……ありがと」


 面と向かって言われると照れくさいものだ。


「これで最後になるかもしれないし……。これはしっかりと堪能しなきゃ」


 わきわきと手を動かして目を輝かせる彼女。さっきまでは真面目な話をしていたのにどうやらいつもの調子が戻ってきてしまったようだ。


「ま、待ちなさい。もう既に1回やったでしょそれは」


「いいんだよ減るもんじゃないんだし」


「だからって増やすものでもないわよ……?」


 じりじりと後退していく俺に対し、迫ってくる彼女。いつもより目がキマっている気がする。


 流石にまたあんな目に合わされるわけにはいかない。どうにか障子まで辿り着き出ようとするが……。



「――――――っ!?」



「この私が逃がすわけないでしょ〜?」



 パンッ!!と、急にしまった障子。それはびくともしない。まるでそれが壁にでもなってしまたかのように微動だにしないのだ。



「このヘンタイ……」



「ふふっなんどでも言ってもいいよ」



 にっこりと天使の様な笑顔をたたえて微笑む彼女。しかしそれは所詮、顔だけだ。動作は変態そのものである。


 もはやこれまでか……。



「それじゃ、いただきま――――――ぶべらっ!?!?」

 


「あ……」



 なにかが障子を突き破って飛来した。それは見事に彼女の顔面にクリーンヒット。吹っ飛んだ彼女に対して跳ね返ってきた“それ”を俺は左手で掴んだ。



「あら、桜じゃない。よかった。ようやく帰ってこれたのね」



 それは自身の愛刀だった。俺が声を掛けると反応し仄かに明滅する。


 俺はそこで伸びてるやつを見やった。



「貴女……生きてる?」



 見事なまでに綺麗に入ったカウンターはやつにかなり効いたようだ。なかなか無様な姿を晒している。見た目はいいのに残念だ。



「ふむ……」



 俺はそれから視線を外し一言。




「おかしい人を亡くしたわ」



「せめて惜しんでっ!!!!」



「なんだ生きてたの。残念」




 そう言って肩を竦めた。




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