対モンスター最弱の僕が魔族四天王に拾われ対人最強になった結果、魔界に建国することになりました

紺色ツバメ

序章

序章 最弱と最強の邂逅

――どうしてこんな、どうしてこんなことになったんだ!


 山道を一人、わずかな『隠蔽デコイ』を体に纏って、ただただ遠くへ、遠くへと駆け抜ける。


 今日は僕にとって将来を左右する重大な日だった。

 それは間違いない。

 けれども、こんな生死を左右するほどの事態を意味するものじゃなかった。

 

 そういえばあいつは「ハイオークだ」と叫んでいた。

 

 違う。

 

 あれは、『鬼』だ。ハイオークなんてレベルじゃない。さらにその二段上、S級の魔族だ。それもあの場で目にしただけで、六体。高等部の士官候補生ですらまるで相手にならなかった。


 僕も捕まってしまえば、一瞬で殺される。


「はっ、はっ――絶対に、絶対に許さないからな――」


 あの状況では、全滅の可能性があった。

 それでも、ここまで僕が酷い目に遭う必要もなかったはずだ。


 ケルン。ドーラン。それから、信じたくはないけど、サーニャまで僕を置いて――


 そういえば、あの候補生は第二軍の所属だと言っていた。もし本当にこの先にその部隊が駐屯しているなら――


「そうだ――はっ、はっ、はっ――ユリア先生ならきっと――」


 ぴしぴしと草木が僕の体を打つのにも構わず、僕は走る足を緩めない。緩める必要がない。魔法の才能が無くても、僕にはずっと山で生きてきた経験がある。


 そうして走りながら、僕は背後の気配を探る。


「はっ、はっ――あれ、もう、追ってきてな、うわっ!」


 気を抜いた一瞬だった。


 横たわった大きな木に足を取られ――いつもの僕なら絶対にありえない――僕は前方に吹っ飛んだ。

 下り坂だったこともあり、僕はそのまま山の斜面をしばらく不格好に転がる。頭だけはとしっかりと両手でガードしたまま。


 そうして右腕の鎖を発動しようとしたその瞬間。


 ふと、体中に響く衝撃がなくなった。

 それは宙を飛んでいるからだと感覚で気が付いた。

 直後。

 ばちんと体を強く打ち付ける。

 そして、息ができなくなった。


「む――ぶくぶくごぼごぼ」


 水。


 ぐるぐると転がり回っていたために天地の感覚が無い中、僕は体をねじるようにして周囲を探る。

 手が、体が、接地しない。

 川、じゃない。池か、湖の深さだ。


 自分の置かれた状況を理解し、そして自分の吐く空気と光の向きから水面の方向を掴み、もがきにもがく。


 まずい。


 身に着けている『これ』のせいで、僕は浮かび上がることができず、ただ沈むしかない。


(早く外し――いや、先にほどかないと――)


 水面に激突した時、不幸にも大きく息を吐いてしまっていた。


 脳に酸素が回らず、すぐに思考がぼんやりとし始める。魔力もいつものように行き通ってくれない。




 死ぬかもしれない。




 そんな考えが頭をよぎった瞬間。


 目の前を何かの影が覆った。


 そして僕の体が何かに抱きかかえられたかと思うと、ぐいと勢いよく上昇し、ばしゃあっと水面を越えた。


「――っぱあーー!!」


 大きく、大きく息を吸い込む。

 誰だか知らないけど助かった――

 体を引き上げてくれたのが何かは分からないまま、僕は草の生い茂った地面に転がされた。


 まだ頭がくらくらする。


 僕は寝そべった状態から四つん這いにまでなんとか体を起こす。打ち身やら何やらであちこちが痛い。

 深い緑と水の青が景色の大部分を占める中、何か別のものが視界を遮っている。

 誰かがそこに立っているみたいだった。


「ありが――ごほっ、げほっ――ありが、とう、ございます」


 息をするにも苦しい状態で、けれども何とか言葉を絞り出す。この人が僕を助けてくれたんだろう。

 一度頭を下に落とし、ぼやける目をこする。ようやく焦点が合い始める。


 頭の方から、女性の声がした。


「あれ? なにあんたもしかして……」


 ぼんやりと形がはっきりとしていくなか、僕の視界を埋め尽くしたのは肌色で――


「人間じゃん」

「ってなんで服着てないの!?」


 声が重なった。


 目の前の彼女は、一糸まとわぬ姿でそこに立っていた。

 僕は四つん這いのまま見上げる形になっているから、とてもよくない角度でよくないものが見えてしまっている。


「なんでって、あたしが水浴びしてるところにあんたが勝手に落ちてきたんじゃない」


 そういって指差した先に、かなりの高さにせり出した崖があった。もし下が湖じゃなくてただの地面だったなら死んでいたかもしれない。


「魔力もあるし水に浮かないしで『連れてきた子』の誰かがうっかりして落ちたのかと思ったんだけど――」


 僕が水に浮かないのは魔法合金の塊がこのびしょびしょのローブの下に隠れているからだ。

 おかげで死にそうになった。


 そんなことより、と、僕はさっきのその子の発言をオウム返しに聞いた。


「さ、さっき、『人間』がどう、って言わなかった……?」


 なぜかこの子はまったく何も隠そうとしてくれないから、こっちが目を伏せなきゃならない。

 はっきりと見てないから自信は無いけど――ホントに見てないんだから――僕と同じか少し上くらい、十五、六くらいの歳だと思う。変わらず仁王立ちのその姿に、こっちが恥ずかしくなってしまう。


 彼女は僕の質問に口を開いた。


「――あ、そうだった」


 ひやり、と空気が冷えた気がした。


「今日はまだそんなつもりじゃなかったんだけど……見つかっちゃったんだからしょうがないか」


 異様な魔力の気配に、鳥肌が立つ。


 僕は思わず顔を上げる――それどころじゃないから。


 目に飛び込んできたのは羽。いや、翼だ。

 それに、角。


――ああ、なるほど。

 納得したくはなかったけれど、理解はした。


 そして続く言葉はさらなる絶望の底に僕を突き落とした。


「あたし、殺す相手には一応ちゃんと名乗ることにしてるから――魔王軍四天王の一人、『赤翼のヴァニーユ』――この姿、目に焼き付けて死ねるなら本望でしょ?」


 彼女の手に、ごうと燃え盛った炎が灯る。

 それはツインテールの鮮やかな赤の髪に反射した。


「は、ははは」


 乾いた笑いが漏れ出る。

 入学試験用の魔法木偶一匹すら倒せない僕にとって、この試練は荷が重いなんてレベルじゃあ、ない。


 魔族は人を生け捕りにして魔界で奴隷にするなんて噂も聞いたことがあったけど、今『殺す』ってはっきり言ったよね。


 ああ、短い人生だった。


 諦めて目を閉ざそうとする中、上級魔法陣が三層展開されるのが視界に入った。



 

 僕は、短い走馬灯を見る。

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