とある少女の話

雨水

ある日の屋上

名藤霞は屋上にいた。

フェンスの外側に、静かに立っていた。


彼女はこれから自殺する。4階建ての学校の屋上から飛び降りて自殺する。

近くにあるベンチには「遺書」と銘打たれた白い紙が、風で飛ばないように石で固定されている。中身はごくありふれたもの。

「人生に疲れた。もう楽になりたい。誰も悪く無い。」

でもこれは本音じゃない。建前だ。人は誰しも「理由」を求めたがるから。彼女の自殺の本当の理由がわかる人なんてこの世にいない。今まで喧嘩なんて一度もしたことがない妹も、分かったふりで「私」を縛る両親も、踏み込まない教師も、彼女を見ない友達も。

痕跡なんてどこにもない。SNSで吐き出したことすらない。ずっとずっと内に沈めて、彼女の心中でしかこぼしたことがない。

しかし彼女は唯一...今両手で抱きしめている手帳には、全てを記した。

死ぬ決意をするために書いた、世界にたった一冊の、彼女の本音が書かれた手帳だ。

彼女は考えた。この手帳を捨てるべきなのかどうかを。

手帳を燃やそうと火をつけたマッチを、彼女は躊躇った末に消した。

彼女は考えた。自分以外に誰にも知られないように、自分の全てをさらけ出すにはどうしたらいいのかと。

血にまみれた手帳など、誰も読まないだろう。そんな結論に至った。


彼女は落下地点を確認する。大きな赤いばつ。少し離れた所に、「第一発見者」への手紙。準備は万全だった。

もうすぐ夜が明ける。朝日が彼女の長い髪に反射して、銀糸のように煌めかせた。

彼女は目を細めて最後の夜明けを噛み締め、

迷いなく空中へと一歩を踏み出した。

重力に従い落ちていく身体。朝日で鮮明に浮び上がる赤いばつが近づいてくるのを感じながら、その日初めて彼女は、笑った。

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