アラタカとカラスマ

はやぶさみや (第一王子アラタカ皇居) 外苑がいえん


 燃え盛る自身の屋敷を目の前に、そして原因不明の症状で倒れ苦しむ弟をかたわらに。

 第一王子アラタカは何から手をつけてよいか分からず途方に暮れていた。

 こんなとき、いつもなら真っ先に意見を求める幼馴染おさななじみの側近はもう頼ることができない。


「とにかく……一刻も早く屋敷の中にいるヒバリヒメを救出すべきか。

 スザク殿がうまく逃がしてくれていればいいが……」

「やっと見つけたぜ、アラタカの兄貴! サザキの兄貴も一緒だな。よしよし」


 ようやくこれからの方針を決め行動に移そうとしたところに、新たにアラタカの頭を悩ます種がやってきた。


「お前……カラスマ! それに背負っているのは……ヒバリヒメか!?

 一体、いつの間に連れ出していたんだ? 今すぐ彼女から離れろ!!」

「落ち着けよ、アラタカの兄貴。オレは敵じゃねえ。

 今から分かるように説明してやるから剣を下ろせ」


 慌てて剣を拾い上げ構えるアラタカに、カラスマは敵意がないことを伝える。

 アラタカは警戒を解かないままに話を先へ促した。


「今何が起きているのか、お前はすべて知っているっていうのか?」

「オレも全部分かっているわけじゃねえがな。とりあえず、こいつを見てくれ」


 そう言って、カラスマは懐から巻物を取り出すと広げてみせた。

 アラタカが目を通せば、どうやらこの国の歴史が記されているようだ。

 その内容はアラタカが聞いているものとは大きく異なる――驚きの内容だった。


 アラタカをはじめヒノワ国民に伝わっているヒノワ国の縁起えんぎは以下のようなものだ。

 かつて多数の民族が争い各地を治めていた時代。ヒノワ一族がそれらを束ね国を築いた。

 しかし徐々にその権威が薄れ始め、とうとうヒノワ一族は国の南端へ追いやられてしまう。

 そこに今は亡き先王カナトビが立ち上がり、再び他の民族たちを制圧し国の中心へ返り咲いた。


 だが、この巻物によればカナトビ王以前にヒノワ一族がこの国を治めていたという記録はない。

 ヒノワ一族の前にこの国を治めていた民族――それはツキノワの民だと記されているのだ。


「つまりオレたちがこれまで聞かされていた歴史は作られたものだったと?

 ヒノワ一族はただの侵略者であり、父の功績は正当な王位奪還などではなかった。

 そしてツキノワの民こそがこの国のかつての統治者で、今まさに不当に北端に追いやられている……」


 確かに衝撃の事実ではある。

 この国を根底から揺るがしかねないものであり、王族であるアラタカたちにさえ隠されてきたことも納得だ。

 ただそれでもこの事実が今の状況の説明になっているとは思えない。

 そんなアラタカの心中を読み取ってか、カラスマは核心に触れ始めた。


「そのツキノワの民がオレたちヒノワ一族への復讐に動き出しているんだ。

 今、この時を奴らは何年もずっと待っていたのさ。月が日を食らう――日食の時をな」

「日食っ――!」


 アラタカは慌てて空を見上げた。

 赤々と燃え上がる大火のせいで気付かなかったが、確かにいつのまにか日の光は黒い影におおわれている。


「だが日食とツキノワの民の復讐と何の関係がある?」

「それもこいつに書いてある。続きを読んでくれ」


 巻物は歴史についての記述を終え、次の項では二つの民族の詳細をつづっていた。

 ヒノワ一族とツキノワの民。

 その対になる名称は、彼らのある体質からくるものだった。

 日の照る昼間に力を発揮するヒノワ一族。

 月の輝く闇夜に力を発揮するツキノワの民。

 もっとも普段の生活においては、その変化は本人たちでさえ気付かないほど微々たるものだ。

 だが今このとき――日食時においては通常の何倍もの変化をもたらす。

 月が日を喰らうという文字通りに、ヒノワ一族が自力で立てぬほどに衰弱する一方で、ツキノワの民は人間の限界を超えた身体能力を得る。


「そうか……サザキはそれで急に倒れたのか。じゃあ他の兵たちも?」

「ああ。みんなまとめてぶっ倒れてるぜ。

 今まともに動けるのはツキノワの血を継いでいるやつだけだ」

「つまりオレとお前の母はツキノワの人間だったということか……」


 ヒノワ国の五王子の中で第一王子アラタカと第四王子カラスマは妾腹めかけばらの子である。

 産まれてから散々悩まされてきた出自が、まさかここにきて役に立つとは皮肉な話だった。


「だがそうなるとまずいんじゃないのか? 今ツキノワの民にこの王都を攻め込まれたらひとたまりもないぞ」

「ああ。だから今、トキジクのジジイが一人でツキノワの軍勢を食い止めているって状況だ」

「トキジクの爺さんが? あの人もツキノワの民だったのか!? それが何でヒノワ一族に仕えているんだ?」

「さあな。年齢的に親父がツキノワの民を侵略して追い出したことは知っているはずだが……まあ、そのときに何かしらあったんじゃねえのか?」


 トキジクが仇敵であるヒノワ一族に仕えるに至った経緯は気になるところではあったが今はそれどころではない。

 

「ともかくトキジクのジジイが時間を稼いでいる間に、オレたちで真の敵って奴を倒す必要がある」

「真の敵? それは――」

「……スザクです」


 そのときカラスマの背後から声がした。

 声の主はそれまで沈黙を守ってきたヒバリヒメ。


「お、おい、大丈夫なのか?」


 慌ててその身を案ずるアラタカに、ヒバリヒメは息を整えながら言った。


「ええ。どうやら少し落ち着いたようです。話くらいなら何とかできます」

「いや、だが日食の影響は……」

「それについては心配無用です。ワタクシは純粋なツキノワの民ですから」


 カラスマの背から降り自らの足でしっかり立つヒバリヒメ。

 そして彼女は語った。今回の事の起こりとすべての黒幕について。


「お察しの通り、ワタクシとスザクの姉弟は来るべき復讐の日――今日の日食に備えヒノワ王族に潜入した間者かんじゃでした。

 ワタクシたちだけでなく他にも何人かツキノワの民は息を潜めていました。あなた方の母親もその一人。

 そして、いよいよ日食の日が近付いたある日ワタクシは聞かされたのです。スザクの怖ろしい企みを――」

「何なんだ? その怖ろしい企みっていうのは?」

「不老不死の果実を……手に入れることです」


 ヒバリヒメは震える声で語ったそれはアラタカの耳には馴染みのないものだった。


「それを手に入れることの何が怖ろしいというんだ? そもそもそんなものが本当に存在するのか?」

「それは……」


 言いよどむヒバリヒメに助け舟を出す形で、カラスマは再度広げてある巻物を指差した。


「本当にあるかは分からねえが不老不死の果実についてならここに書いてあるぜ。

 確かにこいつを本気で手に入れる気ならムナクソわりぃ話だぜ」


 大悪はなはだあしき皇子すめらのみこの異名を持つカラスマをして唾棄だきするような内容が確かにそこには書かれていた。

 思わずアラタカも絶句する中で、ヒバリヒメは当時のことを思い返し話を続けた。


「スザクが不老不死の果実を手に入れようとしていることに気付き、ワタクシは弟を裏切ることに決めました。

 ですがワタクシはこれまで長年ヒノワ一族をあざむき続けてきた身。

 すべてを打ち明ければどんな処罰を受けるかも分からない。

 誰にも相談はできず、止むを得ず神託しんたくを利用することを思い付いたのです」

「神託……確か第一次ツキノワ征伐の成否を占うための儀式で、あなたに神が降りたという例の騒動か。

 確か内容は『ツキノワの民への征伐はやめ、海の外の他国を征服せよ』だったか

 つまりあれは演技だったわけだな?」

「ええ。日食が迫る中、ツキノワの民に近付くのは危険でしたから何とか止めようと。

 ですが、それは逆効果でした。神託が演技だったことは夫――キギス第三王子にばれ、結果的にすべてを打ち明けることになったのです。

 そしてキギス王子が真実を知ったことは弟にも感づかれ……ワタクシのせいで夫を死なせることに……」

「…………」


 ヒバリヒメを気遣って沈黙するアラタカ。

 そこへカラスマが無遠慮に口を挟む。


「あんたは確かキギスの兄貴が死んだ後でもう一度、神託による言葉を残してたよな?」


『キギスの死は、我に逆らった当然の報いである。罪をそそぎたくば我の命に従え。

 ツキがヒをおおうとき、真の王が目を覚ます。

 この国を真に治めるべき王――それは、この女の腹に宿っている』


「この予言はどういう意図があったんだ?」

「……あれはスザクの指示で発したものです。

 おそらく時が来る前に万が一にもワタクシの身に危険がないようにするためでしょう」


 ヒバリヒメの神託の謎――その一連の流れを知りアラタカは最後にスザクの計画をまとめた。


「なるほど。そして、いよいよ日食の時が近付いた。

 そこで王を殺して王都おうとが継承争いで混乱している隙に乗じツキノワの民を送り込み一気に国を奪い取る算段だったわけか。

 さらにその裏で不老不死の果実を得て真の王になろうとしている」

「ええ。ですが寸前でクグイ王子とトキジク様がこの巻物を見つけ、スザクの企みを看破したのです。

 そしてクグイ王子はスザクを足止めし、トキジク様はワタクシを連れ出しカラスマ王子をここへ導いてくれました」


 すべてを語り終え緊張の糸が切れたのか、ヒバリヒメはその場に座り込んだ。

 そんな彼女の想いを無駄にはすまいとばかりに、アラタカは剣を握る手に力を込める。 


「話は分かった。ならすぐにクグイの加勢に向かおう。行くぞ、カラスマ!」

「ちょっと待て、アラタカの兄貴。

 行くのは構わねえがサザキの兄貴とヒバリヒメも一緒に連れていく」


 アラタカの決死の覚悟に水を差すように、カラスマは何とも理解しがたいことを言い出した。


「何を言っているんだ? 連れていけるわけがないだろう。

 サザキは日食の影響で立つこともできないし、ヒバリヒメはスザクが狙っているんだぞ?」

「それでも連れていくしかねえんだよ。

 王国最強の戦士様を倒すには、オレたち全員の力を合わせる以外に方法はねえ」


 カラスマは地面に転がっている巻物を拾い上げ、その最後の項をアラタカに突き付けるように掲げた。


「ヒノワ国の五王子の力を一つに束ねるのさ」

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