第52話 私を見てください。
あれから瑞菜は小暮に負けたくなかったのか真面目にテスト勉強をしていた。そして緩やかにテスト期間は過ぎ去り、終業式、HR。
「それでは皆さん、夏休み明けにまた元気な姿で会えることを楽しみにしています」
担任の有村先生のその言葉で、夏休みが始まりを告げた。
教室の喧騒は普段とは違うウカれた雰囲気を纏っている。その様子はきっと小学生の頃からどこの学校であろうと変わらない。
そんなクラスメイトたちを背に、俺は速やかに帰り支度をして席を立った。
「帰んのか?」
遠野が声をかけてくる。
「おう」
「そか。じゃな」
「ん」
遠野はそれ以上何も言わなかった。
教室を出る。
しばらくすると、後ろからリズミカルな足音が聞こえてきた。
ピンクラベンダーの髪が視界をかすめる。
「一緒に帰ろ」
「もういいのか?」
「うん。もう全部断ったから」
「……そっか」
隣り合って廊下を歩く。
それは安堵なのだろうか。つまりあとは、俺が終わらせるだけということ。
生徒たちの視線を少しだけ感じたが無視した。構っている心の余裕などない。そもそも、慣れなければいけないことだ。
歩いていると、夏休みの始まりにウカれた生徒たちの話し声が耳に入って来る。
その話題のほとんどが色恋沙汰だ。誰がフラれた。誰と誰が付き合うことになった。そんな話題ばかり。
夏休みが始まる、というのは学生たちにとってはそう言うことだ。きたる夏休み、青春の1ページを彼女と、彼氏と過ごすために誰もが躍起になっている。
秘めたる想いを打ち明けるなら今なのだと、心を決めて終業式を迎えている。
隣を歩いている瑞菜も、今朝からそれはもうすごい有様だった。一体、何人が彼女に告白していたのだろう。
俺が遠野に頼んで流してもらった噂。
瀬川瑞菜はビッチではない。それどころか――――
噂の内容は今や尾ひれがついて何がどうなっているのか分からないが、それが瑞菜のビッチ疑惑を払しょくする助けとなったのは間違いない。
それに付随して、学園内における彼女の人気は爆発的に上昇していたのはご愛嬌と言ったところだ。
でも、そんな彼女は今も俺の隣にいた。
靴を履き替え、校門前。
そこには待ち構えるように黒髪の少女が立っていた。
彼女は自分のするべきことも、そのタイミングも、全てをわかっていて。
いつものように柔らかく微笑む。
「お久しぶりです、祐樹くん。瀬川さんも」
「おっす。ディゾニー以来だな」
テスト前でバイトを休んでいたこともあり、小暮と会う機会はなかった。
「祐樹くん。少しだけよろしいですか? 大事な、とても大事なお話があります」
「……わかった」
わかっていた。だから、動揺はない。
「瑞菜、悪いけど先に――――おい、瑞菜……?」
隣にあったはずの彼女の顔が通り過ぎていく。思わず伸ばした手が空を切る。
俯いたその顔からは感情が読み取れなかった。
だけど、何かがまずい。それだけはわかった。想定外なことが起きている。
「……ごめん。邪魔だよね……えと、サヨナラ」
「瑞菜……っ!?」
一人で校門を駆け出したその小さな背中を追おうと、一歩を踏み出す。
しかし俺の手を掴んだ彼女の手によって、足はその一歩で止まってしまった。
「祐樹くんっ!」
「離せ小暮……っ!」
「待って! 待ってください! 今は……私を見てください。お願いします。祐樹くん……」
「……っ」
必死に訴えかける真黒の瞳に、身体は制止せざるをおえなかった。
暗く分厚い雲が、真上の空を支配しようとしていた。
「ここでいいですよね」
人通りのない校舎裏に移動して、小暮は立ち止まる。
すでに頭は切り替えていた。切り替えるしかなかった。
この場所、この時間では、彼女以外を見ることは許されないのだと思った。
「あまり時間もなさそうですし、単刀直入にいきましょう。もう小細工はありません。私って、もともとそういうの好きじゃないんですよね」
「知ってる」
「はい。だから、言います」
その瞳には、さすがに緊張の色が見える。心なしか、先ほどから声も震えているような気がした。
それはきっと、彼女が本気だからだ。
彼女はゆっくりと、自分を落ち着かせるかのように息を吸った。
「祐樹くん。あなたのことが好きです。ずっとずっと、好きでした。結婚を前提に、私とお付き合いしていただけませんか?」
完璧な告白とは、このことを言うのだろう。
それは万人に対する完璧ではない。
俺のために編んてくれたであろうその言葉は見事に俺の心をとらえていた。
結婚を前提に。そうだよな。付き合うってそういうことだと、俺も心の底から思う。
そうでなくては、すべてがウソだ。
そうでないなら、人は何のために付き合うのだろう。ずっと一緒にいるため。ずっと隣にいるために恋人になるのではないのだろうか。
重いってなんだよ。意味わかんねぇよ。
誰かと付き合うっていうのが、軽いものであっていいはずがない。
告白って、そんなに軽いものじゃない。
何度だって出来るけど、でもそれは人生で一度きりなんだ。
一度きりで、あるべきだ。
煌めくような真黒の瞳は一瞬たりともその目を離さず、こちらを見つめていた。
暗く、怪しくなってきた天気に黒く艶やかな髪が揺れる。
そんな彼女に。
俺は答えを捧げた。
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ここから視点がころころ変わります。お気をつけて。
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