第44話 私はあなただけを見つめる。

 焼肉を食べた後、俺は小暮に連れられるまま電車に揺られた。


 今は目的地を目指して徒歩で移動中だ。


「はぁ~、食いすぎたなぁ……腹重っ」


「食べた分、今度は歩きましょう!」


 小暮は溌溂と俺の隣を歩いている。機嫌のよいことを示すかのように、二つ結びの黒髪がぴょんぴょんと揺れていた。


「そういやどこに向かってるんだ? もう少しなんだろ?」


「それはですね~、と……あ、見えてきましたよっ。あそこです!」


 もったいぶるように口元を歪めた小暮は、道の先に見えたとある場所を指さして興奮をあらわにする。


「あれって……花畑、か?」


「はいっ。ひまわり畑ですよ!」


 俺たちの目の前には無数の太陽のような黄色いひまわりが輝いていた。




「はえ~、すげえな。これ」


「まだ少し時期が早いかなと思ったんですけど、満開ですねっ」


 ひまわり畑の中に入ると、思わず感嘆が漏れた。


 背の高いひまわりたちに囲まれるこの状況は、違う世界に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥らせた。


 周りを見渡すと、俺たち以外にもちらほらと人がいるのが見える。そのほとんどは小さな家族連れか、恋人同士の二人。それが少しだけ、俺の心を現実へと引き戻した。


「祐樹くん祐樹くん。ご存じですか?」


「んあ? 何を?」


「ひまわりの花言葉です」


「花言葉か。聞いたことあるような……ないような……」


「ヒントはこのひまわりの向きです」


「向き……」


 言われてひまわりを見ると、それらはすべて同じ方向を見つめていた。


「太陽の方を向いてるんだよな? サンフラワーっていうくらいだし」


 それはどうしてだろう。ふつうに考えたらやはり、日光を受けて成長するためだろうか。


 そのために、ひまわりは太陽だけを見つめ続ける。


「あ、思い出した。えっと――――」


「「――――私はあなただけを見つめる」」


 ふいに、小暮は俺の声に被すようにその答えを口にした。声が重なる。


 それから小暮は一歩、俺と距離を詰めた。真黒の大きな瞳が、ひまわりにも負けない煌めきを映す。


「私は、あなただけを見つめる。ずっと、いつまでも、見つめています」


「……っ」


 その言葉に、不思議と鼓動が早くなる。


 ただの花言葉だ。ひまわり畑に来たから話題に上がっただけのモノ。


 でも、その力強い瞳が俺を掴んで離さない。


「ふふっ。ドキッとしました?」


「へ……? いや、え?」


 小暮はニコッと柔らかく笑う。そしてそっと俺から離れた。


「祐樹くん、写真撮りましょう写真! せっかくのひまわり畑なんですから! 私はスマホへたっぴなので祐樹くんが撮ってください!」


「お、おう……わかった」


 勢いに押されて、俺はスマホを手に取る。


「ほらほら、こっちに! 隣に並ばないと!」


「え、いや俺は写る必要ないんじゃいか……っ!?」


「そんなわけないですよ。デートなんですから! ツーショットです♪」


 抱き着くように俺の腕を取る小暮に急かされて、俺はスマホのシャッターを切った。それはさっきよりも、もっと近くに彼女の存在を感じる状況で。照り付ける日差しの中でも彼女の体温が温かくて。女の子の柔らかさを感じて。どうあっても、俺の身体は強張ってしまう。


 それから撮った写真を見せるにしても、ひまわり畑を隣り合って歩くにしても、彼女との距離は一段と近くなっていった。


 それは関係性の変化なのか、他ならぬ彼女の仕業なのか。


 あいつよりも、彼女の肩は近かった。



 

「祐樹くんっ、こっちですこっち!」


 小暮が手招きするのに従って、俺は走る。


 ひまわり畑を後にし、電車に揺られて帰ってきた俺たちはにわか雨に降られていた。


 数分、雨の中を走ると小暮はとある一軒家の前で足を止める。


「ここって……」


「私の家です。少し、雨宿りしていきませんか?」


 耳を打つ雨音は未だ、おさまる気配を見せない。


 一瞬の葛藤の後、致し方なしに俺は玄関の門をくぐった。



「ちょっと待っててくださいね。今タオルか何か持ってきますので」


 小暮は一足先に靴を脱ぐ。


 その直後、別の部屋に繋がる扉からひょいと顔を出す影が一つ。


「あら、夢乃? 帰ったの~? 雨すごくなかった~? ――――って、あら? あらあらあらあらぁ……っ!?」


 柔らかい口調で話しながらこちらに歩み寄ってきた黒髪の女性は、俺と目が合うとみるみるその表情を輝かせた。

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