第30話 頼りにさせてくださいね。

 ――――ビー、ビー、ビーっ! 


 ドラックストア内にけたたましくレジのエラー音が響き渡る。


「わっ、わわ……えと、えとえとえとぉ…………っ」


 急ぎ足で駆けつけると、小暮がアタフタとレジの画面をタップしていた。


「あ、北見くぅん……」


 俺に気づくと、小暮は泣きそうな顔で助けを求めるようにこちらを見る。


「ちょっと代わるな」


「は、はい……っ」


 小暮に代わりにレジの前へ立つと、エラー音の理由はすぐにわかった。レジへ入れたお札が詰まっているのだ。


 それを直すと、すぐに音は止んで通常通りにおつりが排出された。


 俺はそれを取って、謝罪も交えつつお客に手渡す。気の良い人で、笑って受け取ってくれた。


 それから列をなしていたお客さんを捌くため、小暮と会話する暇もなくレジを手伝いに入る。小暮は一瞬だけボーっと惚けていたようだったがすぐに仕事に集中し始めたのだった。



「ふう……なんとか落ち着いたな」


 15分もすると、レジに並んでいたお客はすべて捌ききることができた。


 俺が呟くと、小暮はちょこちょことこちらへ寄ってくる。


「あ、あの……ごめんなさい。何度も何度も……」


「謝んなくていいって。俺は小暮の先輩なんだろ? それならこれくらいするよ」


「こんなときばっかり先輩になるんですね。……ずるいです」


 ぷぅっと頬を膨らませる小暮。


 しかし小暮はそれから姿勢を正して、頭を少しだけ下げる。


「ありがとうございました、北見先輩。今なら、こう呼んでもいいですよね?」


「う……まぁ、な」


「ふふっ」


 流れとは言え先輩面をかましてしまったことを後悔しながら、俺は気恥ずかしくなって顔を背ける。すると小暮は少し表情を和らげた。


 俺は話題を逸らそうと口を開く。


「ていうか、あんまり機械とか得意じゃない感じなのか?」


 小暮がバイトに入ってから数日。今ではレジにも入ってもらっているのだが、レジだけは苦手らしい。接客がどうこうではなく、レジの操作が覚束ないのだ。


「はい♪ 画面を叩き割りたくなります♪」


「へ?」


「――――ではなくてっ。頭が真っ白になっちゃうんですよね~。す、スマホとかも全然操作できなくて電話とメールくらいにしか使わないんです……っ!」


 慌てて両手を振りながらまくしたてる小暮。


 なんかさっき、めちゃくちゃいい笑顔でとんでもないことを言っていたような……? いや、気のせいだ。気のせいだと思いたい。


 小暮夢乃こぐれゆめのは図書委員をするような清楚お淑やか系黒髪美少女。うん、間違いない。


「そ、そうか……ならやっぱけっこう難しいよな、これ。俺も覚えるまでは戸惑ったし」


「で、ですよねっ。ボタンがたくさんでもう何がなんだか……」


 レジの画面を見つめながら、小暮は項垂れるようにしゅんと身を縮めた。

 

 最近は支払い方も多種多様で、レジ初心者は機械音痴でなくとも操作をマスターするのにはある程度苦労する。なんだよ、ぺ〇ぺい♪ って。楽しそうな効果音してんじゃねえぞ。レジ打つの面倒くさいんだよ。


「まあ、地道に覚えていくしかないな。間違えたら俺がサポートするから、どんどん経験を積んでいこう。慣れれば大丈夫だからさ」


「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。北見先輩」


「まだ先輩続くのね……」


「もういいんじゃないですか? 立派に先輩してますよ? ね、北見先輩♪」


「いや、まあいいけどね? でもやっぱこそばゆいというかそわそわするというか……」


 思わず頭をぽりぽりとかいてしまう。むずがゆいんだよなぁ。


「ふふっ。頼りにさせてくださいね、先輩」


 小暮はにこっと笑って、軽くウィンクをした。


 あまり考えないようにはしているものの、可愛い女の子に頼られて悪い気はしないのは男の性だろうか。ままならないものだ。本当に。

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