第16話 ぷいっ!

「そういえば、ここら辺ってもう隣町だよな」


「うん。学区的にもここら辺の子はわたしたちと違う小学校だっただろうね」


「ふーん」


 登校のためアパートを出発してすぐ、適当に話題を振ってみたものの特に興味があるわけでもなかったため会話がすぐに途切れた。


 まあ、いいだろう。幼馴染同士、無理して会話する必要もなし。


 しかし瑞菜みずなの方はそうも思わないらしい。あるいは、俺が退屈しているように見えたのだろうか。話題を探すように小首を捻りながら宙を見つめていた。


「あっ。小学校といえば、隣の小学校の子たちと大喧嘩したことあったよね! その子たち、ここら辺に住んでるんじゃないかな!」


「あ? なにそれ。そんなことあったか?」


 昔のことは基本的に記憶のふちへと追いやっている俺である。


「あったよ~。空き地の占有権を巡ってだったかな? 世はまさに世紀末! 感じで大戦争だったんだから!」


「いやもう世紀末で喧嘩が戦争でわけわかめなんだが」


 すげえアホっぽい。


「こっちのリーダーがゆうで、あっちのリーダーの子が……~~~~っ! ぷいっ!」


「は? なに。なんでいきなり切れてんの。情緒不安定すぎない?」


 瑞菜は途中で何かを思い出したように悶えると、俺から思いきり顔を逸らした。その仕草は可愛くなくもないが、行動が謎すぎる。


「むぅ……~~~~っ」


「いやそんな唸り声あげられても……」


「だってぇ……ゆう、リーダーのに優しかったから……」


「なんだそりゃ」


 隣の小学校のリーダーとやらが女の子だったことすら、俺の記憶に定かではない。


「大喧嘩だったのに。ゆう、その子に一回も反撃しなかった。俺は女は殴らねえ! って」


「えぇ……。いたたたた……何その痛い子。……ホントに俺?」


 その頃は変身ヒーローにでも憧れていただろうか。それかどこぞの変態紳士な海のコックにでも影響を受けていただろうか。


 女の子はまあ殴っちゃダメだけど。当たり前だけど。セリフが痛い。黒歴史が深まるばかりだ。


「わたしはっきり覚えてるもん」


「マジか……。てか、なんでそれでおまえは怒ってんの?」


 ここまでの会話中もずっと口を尖らせている瑞菜だ。


「だってゆう、わたしのことはぶつもん。叩くもん……」


 瑞菜はしゅんと肩を落とす。


 要するに嫉妬……のようなものだろうか?


 俺はそんな瑞菜を見つめながら一瞬だけ思考を巡らせて、それから瑞菜の額にデコピンをかました。


「いったぁ!?」


「こういうことか?」


「そう! そういうこと! なんでわたしばっかり!」


 瑞菜は両手で額を押さえながら涙目のまま後ずさる。


 なんでだろうな。他の女の子にこんなこと、絶対にできないだろうなと思う。もしあの子にだったらデコピンどころか、触れることも躊躇うだろう。


(でも、瑞菜に対しては出来るんだよなあ……)


 それは時が経った今であっても変わらない。


「ま、コミュニケーションの一環だな。言葉で分からないやつにはこうしてやらないと」


「こ、言葉でわかるし! バカにしないで!」


「いやわかんねえからこうしてるんだよなあ……」


 俺を嵌めたのあどこのどいつだ。こんな奴にはもう物理的な対話でわからせてやるしかないだろう。


「うぅ……~~~~」


 地団太を踏みながらむぅっと顔を伏せる瑞菜。少しイジメすぎたらしい。


 俺は瑞菜の頭を撫でる。ピンクラベンダーの髪がふわりと香った。


「……まあ、俺がこんなことできるのはおまえだけだ」


「ふぇ……?」


「だからまあ、自分だけブッてもらえるっていう特別感に浸ってろ」


「わたしだけがゆうの特別……にへぇ~――――ってブッてもらえるのなんてあんまり嬉しくない!」


「へいへい。隠れドMの瑞菜ちゃんは偽装工作が忙しいな~」


「ドM違う! 違うからぁ!?」


 瑞菜は必死に弁解しながら俺の背中をバンバンと叩いてくる。


 いやあ、わりと真面目にドMだと思うんだけどな? だってそうじゃなきゃこんな意地悪であるらしい俺のこと好きにならないでしょ?


 ところで、ふと思ったがこんなふうに一緒に登校して大丈夫なんだろうか。


 今のところ、周りに同じ制服を着ている生徒の影はないようではあるが。


 片やギャルグループでビッチと噂の美少女。片や隅っこ暮らしの陰キャ転校生。どんな化学反応が起こるか分かったものではない。


 そして同時に思い浮かぶ、あの子の顔。


 あの子はどう思うだろう。俺と瑞菜が一緒にいたら。少しは、気にしてくれたり……。


(いや、それは自意識過剰か……)


 そもそも、俺とあの子は仲の良い間柄とも言えない。ここにいるのは、好きな女の子と話す理由作りにすら四苦八苦する精神的童貞だ。


 純愛って、どういうものだっただろうか。それすらわからなくなってきた俺は考えるのをやめて、憂鬱な学校生活の始まりを享受することにしたのだった。

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