第15話 好きだろ、牛丼。
「で、これはなんだね。瑞菜くん」
「ん? 朝ごはんだよ?」
同居二日目の朝。
きょとんとした表情で答えた瑞菜は、早く食べて食べてと促すようにニコニコしながら髪を揺らし始めた。
(いや、そう言われてもな……)
俺は軽く苦笑いをしながら、目の前のテーブルに並べられた朝食を見つめる。
とりあえず、まずは確認だ。もしかしたら、俺がおかしいのかもしれない。
「ち、ちなみに、この化石みたいになってる料理はなんだ?」
「それ? それはアジの干物だよ! 自信作!」
「じゃあ、こっちの木炭的なものは……」
「卵焼き!」
「さ、最後にこの緑のドロッとした小鉢は……」
「ほうれん草のおひたし!」
うーんやっぱりどれも俺の知ってるのと違う!(泣)
とくになんだあの緑スライム! なんであんな鮮やかな緑なの!? 絶妙に食指が動かない!
どんだけ茹でたんだよ絶対ビタミンCとか全部消えちゃったよ……。
あのほうれん草の前ではちょっとカピカピのアジやまっくろくろすけの卵焼きがまだ良い出来に見えるレベルだ。
箸を持つ右手が震える。寝不足の瞳がもうこんな世界に未練はないと瞼を下ろそうとしている。
俺はそんな自分自身をなだめながら、ひとつの覚悟を持って瑞菜を見つめた。
「なあ、瑞菜」
「なあに?」
「もう、学校行こうか」
「えっ? ま、まだ時間余裕あるよ?」
「いや、ほら。俺たち、ここに来てから初めての登校だし? 道間違えちゃうかもしれないから」
俺は颯爽と立ち上がる。が、瑞菜は間髪入れずに止めに入った。
「それなら大丈夫っ。わたし、ちゃんと覚えてるからっ」
こんな時だけまともなことをしやがるなこの幼馴染。
こうなったら……。
「俺、実はさ、朝は食べない主義なんだ……」
「そ、そうなの? 昔はふつうに食べてたのに……」
「うぐっ……」
これだから幼馴染とかいうやつは! 雑なウソが通じない!
「い、いや最近になって? 朝とかちょっと弱いみたいで……っ! だからやっぱこれは食べれないかなあ――――」
「そ、そうだったんだ……」
しゅんと肩を落としてしまう瑞菜。
今にも涙がちょちょり出そうな、そんな表情。
あーもう、クソ。するならぐぬぬ顔にしやがれ。そのマジで悲しそうな顔はやめてほしい。泣き顔マイスターである俺は、その表情にめっぽう弱いのだ。
逃げられないことを悟った俺はドカッと椅子に座りなおし、悪魔の朝食に向き合う。
まずは、……比較的易しそうなアジからだ。
「あむっ……」
ゴキゴキバキバキ。すべての部分が骨のように堅い。
俺はそれを唯一まとまな出来栄えの白ご飯でどうにか飲み込んだ。
味についてはまあ、食べれなくはない。口の中はズタズタだが。
「あ、朝、食べないんじゃないの……?」
「……まあ、朝飯は大切だからな。食べないと健康にも良くないし。この機会に変えてみるのも悪くないだろ」
なんか文句あるかよ、と瑞菜を一睨みしてから俺は無理やり卵焼きとほうれん草も口の中へと押し込んだ。
味なんてもうわかったものではない。
「ふうっ……ごちそうさま」
「お、美味しかった?」
「あ? 美味くねえわバカ」
「うぅ……ごめんなさい……」
出来がよろしくないことは分かっていたらしい。
強がってやがったなコイツ……。
「謝んな。……まあ、どうせ俺もたいしたもの作れるわけじゃないしな」
作れるものと言ったらカレーとか、適当なチャーハンとか、そんなところだ。
あまり文句を言えるような立場ではない。
「おまえが上達してくれないと困る。毒見役にはなってやるから。さっさとまともなもん作れるようになれ」
「ほ、ほんとに……? わたし、これからもご飯作っていい?」
「ちゃんと上達するんならな」
「……うん! わたし、頑張って美味しいの作るね!」
瑞菜は意気込んだ様子でふんすと鼻を鳴らした。また空回りしそうで怖い。
だがまあ、いいだろう。それで瑞菜が頑張れるのなら。
――――わたしを、許してください。
昨夜の夜の言葉を思い出す。
(許すも許さないもねえんだよ。むしろ、許してほしいのは……)
爽やかな朝には似つかわしくない思考が頭をよぎって、俺はそれを振り払うように頭を振った。
それから、瑞菜の肩を軽く叩く。
「でも、今日の夜は牛丼食べ行こうな?」
「牛丼! 食べたい! ――――ってちょっと待って!? なんで!? わたしが作っていいんじゃないの!?」
「いや、いきなり夜もってのは俺の心が折れちゃいそうなんで……」
上げて落とす、これが瑞菜の扱いの基本である。
「うぅ……そんなに美味しくないんだ……」
「まあいいだろ。好きだろ、牛丼」
「好きだけど~。なんか納得いかない!」
牛丼。それは子供のころから慣れ親しんだ味。背伸びしたガキだった俺は瑞菜を連れて何度か食べに行ったことがある。牛丼一杯でも、子供にとっては大金だった。
でもそんなこと以上にその時の牛丼の美味しさと、瑞菜の笑顔を覚えている。
それは二人の思い出の味であり、二人の好物だった。
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