第40話 体育祭なんてやってる場合か03


「ただいま~」


 世の中の難儀なこと、憂き世に一つの業有りき。


 保険で完済したローン無しの我が家に帰ると、


「お帰りなさい……」


 ルリが出迎えてくれた。


 オドオドとした瞳はルビーすら色褪せる魔性の彩を持ち、流れる様に緩やかな髪は櫛で梳いても一分も引っかからないほど軽やかな流水を思わせる。


 うーん。


 控えめに言って天使。


「抱きしめて良い?」


「なんで……?」


「可愛いから」


「あう……」


「超かわ」


「あう……」


「ぐうかわ」


「ふえ……」


 なんかラピスに刺されそうだけど。


「いい……よ……」


 赤面して上目遣いのルリ。


 シルクのような白い髪を弄り照れる。


 彩りの乗った紅玉の瞳を湛えて恥じらい。


 ちっこい乙女の姿が其処に有った。


「猫まっしぐら!」


 ルリを抱きしめた。


 ほんわかな匂いと華奢な抱き心地……ましてその体温の暖かさは、それだけで愛しき妹の生きている証と取れるだろう。


「今日も憂き世は平和です」


 うーん。


 マーベラス。


 紳士の嗜みだ。


「お兄ちゃんは……大変……?」


「生きることは大変だ」


 最近ちょっと揺らいでいる感覚だけど。


「ルリが……足を……引っ張ってる……?」


「むしろ活力になってる!」


 コレは事実。


 ルリが否定しても僕が躊躇も無く肯定する……そんな案件である。


「引き籠りでも……?」


「その臆病な精神性が愛おしい!」


「一銭にもならないのに……」


「妹で、可愛くて、優しいから、三冠王!」


 歴史的快挙にも等しい!


「ふえ……」


 僕の腕の中で恥じらうルリはとても愛おしい。


 どうにか為ってしまいそうだ。


 しばしイチャついてルリを解放する。


 はぁ……ルリの抱き心地は何時でも最高で……目減りする気配も無い。


 ただ抱くだけで幸せで、もしも本当に抱くことになったら、僕はその場で死ぬんでは無かろうか?


 ラオウ様の辞世の句がよく分かる。


 義妹というのも加点対象……つまるところ結婚できるわけだから。


「お姉ちゃんは……?」


「どっか行ってる」


「大変……?」


「ラピスより国際情勢がね」


「あう……」


 未来の自分。


 そう捉えれば思うところもあるのだろう。


「気にしない気にしない」


 ケセラセラ。


「とりあえずお茶でも飲もう」


 そゆことになった。


「学校は……?」


「体育祭の準備中」


「大変……?」


「僕は然程だね」


 一応手伝いはするつもりだけど本番はやることがないのも事実。


 四谷や久遠はソレなりにソレなりなやる気だったから、応援するに吝かでも無いけどね~。


「ルリも見学してみる?」


「外は……恐い……」


「だね」


 引き籠りが簡単に治れば苦労もないわけで。


 特別改めることでもないけど。


 殊更改める要素も無く、本人のペースで幸せを掴んでくれれば、お兄ちゃんとしてそれ以上はないわけで。


 けれど僕以外に心を許す人間が出来たらそれはそれで思うところも在りし。


「あう……体育祭……」


「ルリは生き急がなくて良いから」


「あう……」


「皆に合わせるのが正解じゃないよ?」


 別に右にならえが出来ない人間がいたって地球が滅ぶわけでもなし。


「でも……私は……だめだから……」


「こんなに可愛いのに」


「贔屓目……」


 ルリズムだしね。


「はいお茶」


 緑茶を湯飲みに注いで渡す。


 僕の分も緑茶を用意してリビングでテレビ。


 ニュースはいつも通り。


 僕とラピスの一石が波紋となって伝播する御様子。


 自称臣民は世界の何処にでも頻発している御様子。


 なお台湾が臣国と認められ、その軽率さが社会不安にも為っているらしい。


 まぁ自明の理。


 もともと国際的に緊張が高まっている場所だから宜なるかな。


 中国の動きも気になるけど、ラピスに思うところもないようだ。


「いいんじゃないですか?」


 とは当人談。


 宰相閣下……。


 良いのかソレで?


 まず以てシステムメギドフレイムの凶悪さは知恵と勇気で防御できる物でもないため茶を飲んで吐息を零すしかない。


「お兄ちゃんの……お茶……美味しいね……」


「ルリに褒めて貰えると僕のお茶はもっと美味しくなるね」


「にゃ……」


 頬を赤らめるルリの造形美とくれば、オークションが破産するほどだ。


 一体何処まで愛らしいんだ……うちの妹は……。


「可愛い可愛い」


「にゃあよ……」


「僕の宝物」


 本当にその通りだ。


 その笑顔を護るためなら命すら惜しくない。














 ――その本当の意味を、今の僕は知らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る