王権妹授説

揚羽常時

第1話 プロローグ


「お兄ちゃん」


 私はねだりました。


「お兄ちゃん」


 私は甘えました。


「お兄ちゃん」


 私は頼りました。


「お兄ちゃん」


 私は頼みました。


「お兄ちゃん」


 私は託しました。


「お兄ちゃん」


 私は縋りました。


「お兄ちゃん」


 私は命じました。




 ――冬の夜。




 シンシンと雪の降る中。


 誰にも看取られず、死んだ兄さん。


 何も知らなかった私。


 不幸に酔って、ただ一人の家族さえ守れなかった自分。


 私は、兄さんを、テレビの中のヒーローか何かと勘違いしていたのでしょうか?


 ただ想って。


 それだけで。


 最後まで『私のお兄ちゃん』であり続けた兄さん。


 断じて行なえば鬼神も之を避く。


 執念。


 呪縛。


 妄執。


 何が兄さんの背中を押して、血を流させたのか。


 そうして私は、兄さんを失います。


 悲しみは、時間が解決する。


 嘘っぱちです。


 私は兄さん以外、要りません。


 ただ一人のためだけに。


 術式の構築。


 超演算。


 露骨特異点の解放。


 時間でも摩滅しない一つの想い。


 本当に……イカれています。


 家族で。


 尊き血で。


 愛する人で。


 ブラコンと呼ばれても構いません。


 ええ。


 愛していますとも。


 失ってから気付いた……馬鹿な私。


 けれど、


「兄さんが好き」


 その感情の本流は、止め難く。


 乙女が惚れるに、これ以上もありません。


 とても……とても……大好きな想い人……。


 格好良くて、優しくて。


 親身で、高潔で、愛おしく。


 狂いそうになるほど、熱を持ちます。


 何を於いても兄さん原理主義。


 何をもっても兄さん至上主義。


 何を慮っても兄さん過激主義。


 兄さんを取り戻すためなら、世界の一つや二つ破滅させたって構わないのですから……そして、そのための演算能力と仕事総量は確保しました。


 世界でただ一人。


 私に必要な人。


 閻魔大王も、イザナミも、エレシュキガルも、ハデスも、斟酌には値しません。


 鬼神。


 今の私です。


 この世を滅ぼしてでも、兄さんを取り戻す。


 例えその先に屍山血河があろうと。


 茨の道だろうと。


 あるいは……兄さんに嫌われても。


「嫌われるのは……嫌ですけど……」


 呟いてしまいます。


「何を勝手に」


 そう言われるかもしれません。


 けれど他に望む身もなければ。




 人類癌。




 デモンズプログラム。


 ラプラスレコードによる遡行演算。


 事象の可逆性証明。


「待っててね」


 兄さん。


 贖罪。


 祈り。


 代償行為。


 どれでもあり……どれでもなし……。


 きっと神様は、こんな私を見て笑うのでしょう。


 そっちの罪にする気も無いですけど。


 誰しも後悔があるから前に進める。


 取り返しのつかないことはあっても、無駄にしないことなら幾らでも出来る。


「待っていてね。兄さん」


 今度は……、


「私が兄さんを世界で一番幸せにしてあげます!」

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