ゾンビたちの時代

このリビングは、男の家族にとって安らぎの場だった。

テレビの前には、一枚の写真が飾られている。

一月前に亡くなった美しい妻のものだ。


男は、その部屋で椅子に座らされている。

両腕を硬いベルトで繋がれ、苦しそうに息をしている。

この部屋は占拠されたのだ。


男を拘束したソイツは、男を見下ろすように言った。

「結論は、出たか。」


男が力なく睨む。

「美はもっと…」

その声は微かで、静かに回る空調機の音に消されていく。


「どうした。聞こえないぞ。」

ソイツが大きな口を開けて言うと、歯が一つ落ちた。

ソイツは、いつものこととというふうに、床に落ちた歯をつまんで、元の位置にぐいとはめる。

「美がなんだ。」

ソイツが目を大きく開いてそう言うと、目玉が落ちた。

そして目玉を拾った。


写真立ての中で、美しい妻が微笑んでいる。


ソイツは、写真立てを手にとると、べっとりと粘ついた手で何度も丹念に撫でた。


妻の笑顔は、汚れてもう見えない。

「これでよし。」


男は掠れた声で言った。

「美は…もっと評価されるべきだ。」


ソイツは言った。

「それは許さん。」

男の身体は小刻みに震えている。

ソイツが声を張り上げた。

「美など要らん!」


声とともに、口の中から赤黒いものが飛び、男の顔を汚す。

腐臭が男の鼻を突いた。


「失せろ!醜いゾンビども!」


その言葉を確かめると、ソイツの口は大きく開かれ、男の首筋にかかった。


それから、部屋の外で聞かれたのは、

男の呻き。


貪る音。


監視カメラが静かに回っていた。


ソイツは振り向いて、血に染まった口角を吊り上げ、カメラに向かって叫んだのだ。


「これは粛清だ!」と。




美を司る女神、雪柊はいった。

「美は全てに宿るもの。

 —————それを妨げようなんて。」


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