ミルコヴィッチ・グレスギーの救済

2019年 東ノ国


父母と息子、3人の家族が夕食を摂っている。


息子は高校生。所属する剣道部の部活から帰るとすぐにシャワーを浴び、シャンプーの匂いを残したまま、部屋で英単語を10ばかり復習していたところ、下階から母親の呼ぶ声がした。


食卓には、帰宅したばかりの父がテーブルにつきテレビに食いついている。

「あ、とうさん。おかえり。」「ああ。」


ニュースが流れていた。


画面のなかで、何かのグループが会見を開いている。そこでは、一人の金髪の少女が、強い言葉で泣きながら何かを訴えていた。聞くと彼女は、ある人物から強引に筏に乗せられ、海に流されたあと、数ヶ月かけて対岸の島にたどり着いたところを現地の人に発見されたのだという。彼女は死ぬような思いをした、どうしてこのようなことができるのかと、泣きながら訴えていた。彼女の席には名前と思しきプレートが付けられており、『ミルコヴィッチ・グレスギー』と書かれている。年齢は14歳だということだった。


「こんなの、島流しみたいじゃないか。子供なのにかわいそうだよ。」

息子がそう言うと、母が答えた。

「何があったんだろうね。」

「こんなの人権問題だよ。」

そこで父が割り込んだ。

「ほら杉太すぎた、早くご飯を食べろ。」


父は目を伏せている。


息子は言った。

「なんだか、他人事じゃないような気がしてさ。」


父は目を伏せている。


部屋の隅に置いてある息子の鞄には、木暮杉太こぐれすぎたと名札が付けてある。


この家の夕食はこうして穏やかだったのだ。

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