なんのあやかしなんだろうな


 重い腰を上げた壱花たちは電車に揺られながら、岡山駅まで戻っていった。


 向かいの長い座席の向こう、暗い車窓を眺めながら壱花は呟く。


「それにしても、美園さんがあやかしだとしたら、なんのあやかしなんですかね~?」


「まあ、一般的なのは狸か狐か……。

 岡山で有名なあやかしってなんだろうな」

と倫太郎が訊いてきた。


 今も倫太郎と横並びに座っているのだが。


 二人がけと違って、そこそこ距離があるので、緊張はしない。


 冨樫も今は、倫太郎の向こうにいるので遠かった。


「えーと……。

 いや、すぐには思い浮かばないんですけど」

と言って、


「あやかしに囲まれて育ったのにか」

と倫太郎に言われてしまったが。


 いえいえ、今日までその事実、知らなかったわけですしね。


 あと、私、おばあちゃんちで育ったわけじゃないですからね、と思いながらも、なんとか記憶をたどってみる。


「あー、そうそう。

 すねこすりとか」


「すねこすり?」

と冨樫が訊き返してくる。


「いつの間にか足下に忍び寄ってきて、足にスリスリしてくるらしいです」


「猫だろ」


「犬じゃないのか?」

と倫太郎と冨樫は言う。


「暗闇でいきなり飼い猫にすり寄られたら、ギャッと思うだろ。

 あれだよ」


「犬だと思いますけどね~」

とそれぞれ持論を展開し、あれだけ、あやかしに囲まれて生活しているのに、理性はやはり、そんなもの信じていなかった頃のままなのか、ふたりともなんとか合理的な説明をつけようとしていた。


 そのあと壱花がスマホで調べてみると、すねこすりは犬に似ているようだった。


 冨樫が勝ち誇る。


「くそっ。

 仕方ないな、おごってやる」

と倫太郎が言った。


 いつ勝負になったんだ……と思いながら、電車を降りる。


 もう喫茶で一杯やっていたので、少しお腹は膨れていたが、一応、駅前の居酒屋で晩ご飯にすることにした。





「いや~、ビジネスホテルと居酒屋の組み合わせは、なんだか最強ですね」

とまた酒を呑みながら、居酒屋で壱花はご機嫌だった。


 小綺麗なビジネスホテルのすぐ側のこれまた小綺麗な居酒屋だ。


 安いのにメニューもなかなか小洒落ている。


「……お前は、酒があって、すぐベッドに横になって寝られれば、何処でも最強なんじゃないか?」

と倫太郎が呆れたように言ってきた。


「いやいや、倒れ込んで寝るほどは呑まないですよ。

 まだまだ、仕事はこれからじゃないですか」

と言うと、冨樫が、ああ、そうか、という顔をする。


「社長たちは、まだこれから仕事ですよね」

と倫太郎に言っていた。


 ええ、永遠に終わらない残業みたいなもんですよ、と壱花は思う。


 あやかし駄菓子屋は出張中でも容赦なく営業中ですから、と思いながら、ホッケを食べている倫太郎に向いて言った。


「社長はお疲れでしょうから、いらっしゃらなくてもいいですよ」


 だが、倫太郎は、

「いや、行かないと落ち着かないから」

と言う。


「お前も来るか」

と冨樫に言っていたが。


「いえ、私はまだ迷い込まないとたどり着けないので」

と断ってくる。


 まるで、若輩者ですので、まだ、といった感じだが。


 そこのところは、若輩者のままでいいのではないだろうか。


 積極的にあやかしの世界に突っ込んで行かなくてもいい気がするが、と苦笑いしながら、壱花はまた日本酒のメニューを眺める。


「……倒れ込むほどは呑まないと言わなかったか」

と倫太郎に嫌味を言われながらも。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る