第9話 shooting coins その4

 空間全体を無数の蛇のようになって駆け巡る青黒い腕を、風のような速さの硬貨が切り裂く。狐狗狸さんの怪異も怒りによって出力が上がっており、先程までより格段に速くなっていた。


「影に飲み込んだ硬貨は操れなくなるみたいです! このまま数を減らしましょう!」


 床に広がる影の中に落ちた硬貨はそのまま沈んでいき、何処とも知れない暗黒の世界へ消えていってしまう。それを動かすのは狐狗狸さんの怪異でも不可能だ。しかし、先程コトリバコが見抜いた通り、彼女の怪異は動かす枚数が減るほど1枚1枚を動かすスピ―ドが上がる。彼女自身が憑依した10円玉は既に肉眼で捉えきれる速度を超えていた。


「メリーさ――」


 直感的に危険を感じ取ったコトリバコが呼びかけようとした時、メリーの胸を10円玉が貫通する。背中から飛び出した10円玉が速度を落とさないままコトリバコの方へと向かってくる。死ぬ、と思った時、突如コトリバコの体はスマホの画面に吸い込まれた。


「そういうことですか、心配しましたよ」


「このくらいで心配されちゃ困るわ。それに、はさっきもう見せたでしょう?」


 メリーのスマホから飛び出したコトリバコの視界の中で、胸を貫かれたメリーの体がフランス人形に変わっていく。その隣に新しくメリーの体が精製された。

 身代わり人形だ。


「忘れてました。硬貨の残り枚数は少ないです、一気に攻めますよ!」


「指示されなくても、分かってるっての!」


 青黒い腕を巧みに動かしながらコトリバコが走り出す。危機が迫るとメリーが必要に応じて位置を替え、息の合ったコンビネーションで硬貨を落としていく。


 メリーの怪異は人物以外にも作用するが、動いている物体は捉えにくいのがネックだった。遠出のために怪異を使う際、彼女が動くのをやめるように言うのはそういう事情からだ。しかし今はそうも言っていられないので、コトリバコと同じく感情を昂らせたメリーは飛んでくる硬貨に無理矢理怪異の狙いを定める。

 これによってメリーを狙った硬貨はコトリバコのスマホから飛び出すことになり、あらぬ方向へと飛んでいくというわけだ。


 コトリバコは狐狗狸さんが憑依した硬貨が絶えず飛翔してくるのを箱で弾き、着実にダメージを与えていく。

 攻防が繰り返されながらも狐狗狸さんはジリジリと押されていき、ついには憑依していた硬貨が破壊されてしまう。憑依が解けた瞬間に追い打ちをかけられまいとメリーに向けて複数枚の硬貨を飛ばすと、反動で黒板まで吹っ飛んで床に落ちた。


「メリーさん!」


 腕とメリーの怪異だけで守り切れないと判断し、黒板の向かいの壁際にいたメリーの前にコトリバコが立ち塞がった。青黒い腕と箱を駆使して全て弾き飛ばすと、狐狗狸さんを睨んで箱を構える。


「これで最後や……! どっちが怪異として上か、思い知らせたる……!!」


 狐狗狸さんはふらつきながらも立ち上がり、隠し持っていた数十枚の硬貨を全ての力を使って飛ばす。軌道も速度もバラバラで簡単には対応しきれない。


「メリーさん、これは俺が全て引き受けます。最後まで……俺を信じていてください!!」


 コトリバコがそう叫んで、走り出した。

 正面から飛んでくる硬貨を箱で防ぐ。斜め方向から弧を描いて飛んでくる硬貨を怪異の腕が叩き落とす。


 互いの全力をぶつけ合い、2つの怪異が火花を散らした。


 狐狗狸さんの全身全霊の投球に、コトリバコは人智を超えた速度で対応する。

 宣言通り、メリーのところまで硬貨は1枚も飛んでこない。

 戦闘を続けゾーンに入ったような状態になったコトリバコが、怪異としての限界を突破しているのだ。


「嘘や……ウチが……こんな奴にぃ…………!!」


「ぅぉぁぁああああっ……だああああああああっ!!」


 教室を突っ切って走り抜けたコトリバコが、最後の2mを跳んで距離を詰める。

 左手に持った箱を高く振り上げ、ただ一点に狙いを定める。


『貴方の怪異は攻撃性能に欠けるのよ』


 ふと、メリーの言葉が頭の中に思い出された。

 だが今なら、彼女の言葉を否定できる。


 恐怖に顔を引き攣らせる狐狗狸さんの脳天目掛けて、コトリバコがその不壊の箱を叩きつける。

 衝撃音とともに鈍器で殴りつけられる痛みを覚えた彼女は、一瞬の静寂の後そのまま床に倒れ込んだ。


「はぁっ……はぁっ……うっ!」


 さすがに体に限界が来ていたコトリバコも膝をついて倒れる。駆け寄ったメリーがすかさず介抱した。


「大丈夫!?」


「うぅっ……えっと……あいつは、死んでないですよね……?」


 狐狗狸さんの方に頭を少しだけ向けて言う。暴力的な手段で倒さざるを得なかったが、人間と同時に怪異の平穏も願っている彼にとって狐狗狸さんを殺すのはまずい。メリーが倒れている彼女の脈を取り、生きていることを確認した。


「気絶してるだけよ。まあこいつも怪異だし、目覚めるまで時間はかからないでしょうけど」


「ああ……よかった…………です」


 立つのもやっとな様子のコトリバコを心配し、さっさと戻ることにしたメリーは3人の体を近くの公衆電話へ転送する。酒井や直人達をそこで待たせていたのだ。


「あ……帰ってきた」


 彼らは狐狗狸さんが倒れているのを見て、戦いが終わったことを察する。酒井、宮下、平野の3人は互いの顔を見て頷くと、コトリバコとメリーの前に立って横一列に並んだ。


「……すみませんでしたッ!!」


 3人はいきなり頭を下げて言う。コトリバコとメリーは困惑して顔を見合わせた。


「え? その……これはどういう……」


「怪異の力を軽く見てました。あんなに危ないものと知らず、勝手な事情のために利用しようとして、皆さんに迷惑をかけてしまいました。……全部俺達の責任です。もう怪異とは関わらないし、危険なこともやめようと思ってます」


 コトリバコは驚きのあまり目を丸くしていた。この短時間で不良が更生するとは思っていなかったのだ。横を見ると、メリーが平静を装いつつも口角を上げ肩を震わせている。コトリバコを助けに来るまでの間に余程キツい言葉を浴びせていたのだろう。


「分かったならいいわ。これからも社会のゴミとして、ゴミらしく社会に貢献しなさいよ」


「うす!」


 メリーに冷たい目線を向けられ不良達の気が引き締まる。彼らは頭を上げると後ろを向き、まだ残っていた一人の人物の前へ進んだ。


「……え? 僕……?」


 電話ボックスの前でしゃがみこんでいた直人が顔を上げる。酒井達は直人の前で膝をつき、そのまま土下座した。


「本ッ当に……申し訳ない」


 直人も同じように困惑している。ずっと自分をいじめてきた不良達がいきなり頭を下げ出したのだから当然だ。


「冷静になって、自分達のしたことの重大さが分かった。殺そうとしたのは絶対に許されることじゃない。警察も覚悟してる。これまでお前にやったことも……全て謝らせてくれ」


 直人はしばらく黙っていたが、何か決心したように頷くと彼らに顔を上げるよう言った。


「えっ、と……僕もまだちょっと状況が飲み込めてないけど……そう言ってくれたのは嬉しいよ。僕も、別にそんなに恨んでるわけじゃないから、警察に言ったりはしないよ……でも、もしよければ、その……ちゃんとした『友達』として、これからも接してくれないかな?」


 直人の言葉を聞き、酒井の目から涙が零れる。

 一度死にかけた経験が良くも悪くも彼らを変えたらしい。彼らは再び謝ると、爽やかな笑顔を見せて4人で一緒に帰宅していった。


「青春…………なんですかね? これ」


「何でもいいけど、まだ罪を清算しないといけないのが一人残ってるわよ。……早く起きなさい、このメス狐」


 メリーは倒れたままの狐狗狸さんの体を蹴る。ぐえっと声がして彼女は目を覚ました。


「うぅ……なんやなんやもう、負けたんやからゆっくり休ませてや……」


 まだ痛みが残るのか、頭を押さえながら上半身を起こす。機嫌は悪そうだが、コトリバコに完敗したことでかえって清々しい顔をしているようにも見えた。

 コトリバコは膝を折り、狐狗狸さんと目線を合わせて話しかける。


「ああ、お前はもう負けたんだ。俺達の言うことを聞くのが道理だよな」


「何やもう偉そうに! そやけどまあ……コトリバコはん、あんたえらい強いんやなぁ。強い男性ひとは好きやで? この状況で言うのもやけど、最後の一撃アレはよかったなぁ」


 揶揄うような笑みを浮かべてコトリバコに言う。当人は困惑するのみだ。


「は、はぁ…………?」


「ウチ、あんたに惚れてもうたかもしれへんわぁ。コトリバコはんの言いはること何でも聞いてまいそうや」


 メリーは狐狗狸さんに冷めた目線を向ける。保身のために男にすり寄る女の怖さを彼女は知っている。コトリバコがもし浮かれたような返答をしたらぶっ飛ばしてやろう、と考えていたところで彼は口を開いた。


「あぁ、そうか……何でもいいが、お前はさっき人間を襲ってたよな」


 こちらも冷めた目で狐狗狸さんを見返した。当たり前だが、人間を傷つけるような行動を彼が許すはずがない。メリーは若干ほっとして、振り上げかけていた拳を引っ込める。


「あぅっ、それは……」


「なんで人間を襲ったんだ。なんで、命を弄ぼうとした。なんで」


「それは……うぅ、だって…………だって…………」


 語気を強めて詰問するコトリバコに、狐狗狸さんは口ごもって慌ててしまう。目に涙が浮かび出し、これ以上は耐えられないといったところで爆発したように声を上げた。


「つまらへんかったんやもおおおぉぉぉん!! 面白そうやったんやもおおおおぉぉぉぉん!!!」


 幼い少女の様相で泣き叫ぶ狐狗狸さんにメリーとコトリバコは呆れてしまうが、愉快犯ということなら多少始末が付けやすい。メリーは彼女を拠点に連れていくことを決め、コトリバコにもそのことを伝えた。


「とにかく。何度も言うが、二度と人間に向けて怪異を使うんじゃないぞ。絶対にだ。分かったな」


「むぅ……他でもないコトリバコはんの言いつけやしなぁ。聞くしかあらへんわ」


 彼女は諦めたようにそう言い、ゆっくり体を倒して地面に寝転ぶ。戦いの疲れが効いているのか、寝息を立て始めてしまった。


「これでいいんですかね?」


「まあ、用は済んだしさっさと帰りましょう。こいつの処遇は赤マントと相談して決めることになるわね」


 メリーはスマホを出し、拠点に帰る準備のため倒れている狐狗狸さんの近くに3人で集まる。

 そろそろ帰ろうというところでメリーはまた口を開いた。


「本当に……貴方って馬鹿なのね。そこまでして人間を守る意味が分からないわ。はっきり言って気持ち悪いくらいね」


 メリーは何か違うというように頭を振り、適当な言い方が分からず口の中で言葉を転がす。やがて溜息をつき、諦めたように言った。


「だけど、まあ……貴方のこと、少しくらいは認めてやってもいいかもしれないわ」


「…………! ありがとうございます!」


 メリーは若干恥ずかしそうにコトリバコから顔を背ける。いきなり気持ち悪いなどと言われたので彼も驚いたが、少なくとも以前よりは彼女に信頼してもらえたというのが分かって嬉しかったようだ。

 2人の顔はスマホから出る光に包まれて見えなくなり、やがて風の音だけがその場に残ったのだった。





 その後、赤マントらとの話し合いによって狐狗狸さんの処遇は決定された。

 あまり人間のために働くという意思がない彼女はロストマンズネットの運営には入らず、組織の監視下で生活することとなった。マッハジジイやマッハババアと同じような状態で、自由な環境ではないが少なくとも安全に暮らせるようになっている。狐狗狸さんは人間を攻撃しないようコトリバコにきつく言われており、その代わり定期的に彼と会わせるよう要求しているが彼はこれを拒否している。


 直人からは後日連絡があり、酒井達とはぎこちない関係ながらも少しずつ上手くやっていけるように努力しているとのことだった。旧校舎は何者かが侵入して暴れた形跡が見つかったため早期の取り壊しが決定し、酒井達は忍び込んだことを認めて自首したらしい。彼らの平穏な学園生活を祈ってコトリバコは返事を送った。


 メリーとコトリバコはたまに会ったら話すようになり、2人の仲は今まで以上に良好になった。何故突然自分を見る目が変わったのかとコトリバコが訊いてみたところ、「馬鹿もあそこまで振り切れてると一周回って気に入るわよ」とのことだった。彼は褒め言葉として受け取っておくことにした。


「しかし、まあ……大変な事件だったな」


 自室で彼はそう独りごちる。あれ以降、成長を認められたコトリバコは単独での仕事を請け負うことも多くなった。周りとの関係が深まったという点でも、本人のさらなる成長が見えたという点でも一つの転機となる任務だったと言えるだろう。これからの仕事に期待を馳せ、彼はまた眠りにつくのだった。

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