第2話 サムシング・ギャザリング
「コトリバコ……こりゃまたビッグネームが来たもんだね。それじゃまずは部屋に案内、と行きたいところだけど、まずは仲間になる奴らの顔でも見ていきな」
口裂け女はアパートの住居棟に向かうようにして建っているプレハブへと歩いていく。コトリバコもそれに従った。
「ここが集会室。メンバーで集まって会議とかする時はここを使うのさ。アンタのことについて連絡は済ましてあるから、主要な奴は全員集まってるはずだよ」
集会室の扉の前に立ち、コトリバコは喉をゴクリと鳴らす。この先にいるのがこれから共に働く仲間たちであり、自分と同じ怪異だ。どんな人たちだろうと期待が高まる。
「よく見ときな。これがロストマンズネットの誇る変人集団だよ」
口裂け女が前に立って扉を開く。蛍光灯に照らされた長机が並ぶ集会室には3人の男女がいて、何か話していたところで扉が開いたのに気が付いた。
「お前が口裂けの言っていた新人か。なんかパッとしない見た目だな」
「へぇー、君が! 顔は悪くないけど僕ほどのイケメンには遠く及ばないな!」
「何その恰好ダッサ、田舎者みたい。はっきり言って似合ってないわね」
(し、辛辣…………!)
恐る恐る集会室に足を踏み入れたコトリバコだが、初対面で投げかけられたとは思えない言葉に精神的なダメージを負う。また倒れそうになったところをなんとか持ちこたえ、改めて3人を見る。
パソコンや紙の資料に囲まれ忙しそうにしているのは赤いマントを着た男だ。その鋭い目で見られると何もしていなくとも思わず謝ってしまいそうになる。
「赤マントだ。ロストマンズネットの副管理人を務めている。管理人はある仕事でここを出払っているから、今は実質俺が代表だな」
「副管理人さん、ですか……よろしくお願いします」
「ようこそ新人くん、僕はくねくね。怪異の世界は舐められたら終わりだよ、第一印象はしっかりしてないとね! 僕は見ての通りこんなにイケメンだから大丈夫だけど!」
やけにテンションが高く、自分の容姿を誉め続けるくねくね。しかし奇妙なのは、彼の顔がどう見ても黒いモザイクがかかって見えなくなっていることだ。それ以外の髪や肌は透き通るように白く、それもかえって不気味である。
「いや、あの、それ……え……?」
「ああ、そうだった。顔が見れないんだったね、忘れてたよ。まあ色々事情があるってことで、これからよろしくね! メリーちゃんは何してるの?」
「五月蠅いバカナルシスト、新人とか別に興味ないから」
ずっとスマホをいじって退屈そうにしているのは12歳くらいの少女だった。白いワンピースに金髪と碧眼が映え、その容貌はとても美しい。口の悪ささえなければだが。
「すまないねぇ、メリーは毒舌だから」
口裂け女に軽くフォローを入れられ、コトリバコは微妙な顔で頷くしかなかった。
「そういうわけでえっと……ロストマンズネットに入ることになったコトリバコです。これからよろしくお願いします」
コトリバコが頭を下げ、それに対しくねくねが拍手をする。赤マントは書類とにらめっこをしており、メリーはスマホをガン見、口裂け女はパイプ椅子に座って足を組んでいる。誰一人反応しない一人分の拍手が集会室に響いた。
(き、気まずい……!!)
どうしていいか分からず頭を下げ続けていると、書類仕事が片付いたのか赤マントがパソコンを閉じ席を立った。
「コトリバコ、今日はとりあえず入居説明をして終わりだ。住む場所くらいはさっさと欲しいだろ。仕事とかの話は明日だ」
そのまま書類を持って管理人室へ向かった彼は部屋の鍵を持ってくると、コトリバコをアパートの部屋へと案内した。
「ここが今日からお前が住むことになる住居棟だ。1階に5部屋、2階にも5部屋の計10室。それぞれ2LDKの間取りだ。1階は埋まってるが2階はまだ空きがある」
鍵を受け取りながら話を聞くコトリバコだったが、ふと疑問に思ったことを口に出す。
「あの、家賃とかは……」
「ない。ここはただのアパートじゃない、ロストマンズネットの拠点だ。お前もここに住んで怪異として働けば、給料が出るようになる」
「そ、そうなんですか!?」
「当然だ。俺達が社会に出たところで、まともな職に就けるわけじゃない。怪異が問題なく生活するための衣食住を支えるのも、ロストマンズネットの責務だ」
さっきまで人間を殺していたコトリバコに、当たり前のように生活の場が与えられる。生きていていいと言われたようで、とても幸せな気分がした。もちろん罪の意識が消えたわけではないが。
「ありがとうございます」
「礼はいらん。その代わりきっちり働いてもらうからな。今日は疲れてるんだろう、さっさと休め」
管理人室へ戻っていく赤マントの姿を見送り、胸が熱くなるのを感じながら部屋の中へと入る。言われた通り疲れがあったからか、その日は一瞬で眠りにつくことができた。
翌朝、意外とすんなり目を覚ましたコトリバコは部屋を出ると階段を下りて集会室へと向かった。仕事のことについて話を聞くためだ。
「おはようございます」
「来たか。昨日から何も食ってないだろ、ほら」
赤マントは机に置いていたコンビニおにぎりをコトリバコに投げ渡す。
「えっ、いいんですか! いただきます」
初めて見るコンビニおにぎり、というか人間の食事にコトリバコは興奮している。袋の開け方を教えてもらいつつ、おにぎりにかぶりついた。
「お……美味しい!!」
目を輝かせて喜ぶコトリバコを見て赤マントも嬉しそうに微笑む。コトリバコにとって彼は悪い人ではないというのが分かった時間だった。
「それで、今日はまず説明だ。実際に仕事を始める前に教えておかなきゃいけないことがある」
後からやってきた口裂け女も加わり、3人は机に向かい合って話をする。
「ロストマンズネットのことですか?」
「それもあるが、まず一番最初に教える必要があるのは俺達自身……ロストマンズネットじゃなく、俺達怪異という存在そのものだ」
「存在……ですか」
「まず第一に、俺達は人間に恐怖される都市伝説が現実に
言われてみて確かに、と頷く。口裂け女や赤マントといった人間型の怪異に対してコトリバコという怪異はそもそも人型ですらない。今のコトリバコは擬人化された状態で現実にいるというわけだ。
「結論から言うと、そこら辺のことはよく分かってない。気が付いたらそうだったというか、お前もそんな感じだろ?」
「まあ……そうですね、はい」
「この現象はおよそ12年ほど前から確認されるようになった。有名どころからマイナーなのまで、人間になった怪異が全国各地に現れるようになったんだ。その数は年々増えててな、人間に被害が及ぶケースも多くなった。そこで怪異から人間を守るためにロストマンズネットが設立され、今日まで活動を行っているというわけだ」
ここ数年で怪異たちに起こっていることの現状についてコトリバコは理解する。自分もその影響を受けた1人だということだ。
「ところで、お前はお前自身についてどれくらいのことを知ってる?」
「え? 俺ですか?」
「お前の元になった話、『コトリバコ』の伝説だ。受肉した怪異はオリジナルの記憶と人格を有するが、人間になる前の自分の話についてはなんとなく覚えているもんだ。ネットで検索すれば出てくるが、お前の生の記憶はどうか、今ここで聞いておきたい」
コトリバコは記憶を掘り起こそうとするが、考えれば考えるほどそこは暗闇しかない虚無だ。自分に関する記憶のようなものが何一つ見当たらない。そのことを告げると、赤マントと口裂け女は不思議そうに首を傾げた。
「おかしいねぇ。記憶が全くないというのかい」
「はい、本当にそんな感じなんです。一つだけ覚えてるのは、神社みたいな場所で帽子を被った男に名前を教えられる場面で……自分の名前を思い出したのもその記憶があったからなんですけど、あれはいったい……」
「待て、他に記憶がないのにそこだけは分かるのか? それも妙な話だな……」
赤マントは顎に手を当て、しばらく考え込んだ。やがて口を開いたとき、その目には焦燥が浮かんでいた。
「お前が結構な期間暴走していたことを考えると、ある一つの結論に辿り着く。過去が思い出せない原因も不明だが、考えられるとしたら……その謎の男の記憶は、受肉してからのものじゃないのか?」
「まさか……そんなことって」
「あり得なくはないねぇ。もしそれが本当だとしたら、そいつはアンタがコトリバコと知っていて受肉させた……? もっと言えば、私たち怪異が受肉したそもそもの原因がそいつなのか……?」
「まだ分からん。俺達が受肉したとき、そんな奴の記憶はあったか? こいつが適当を言っている可能性もある。だが、本当だった場合、その男は俺達にとってとんでもない重要人物ってことになるぞ」
コトリバコは途中から話についていけていなかった。自分の出自が不明なことが、彼らにとって大きな謎に繋がるとは思いもしなかった。ロストマンズネットで仕事をしていく中で、あの男について思い出し情報を渡すことも自分がしなければならないことの一つになったのだ。
「まあいい、とにかく今は保留だ。お前のためにコトリバコの伝説について簡単に説明してやろう。……昔、差別を受けていた村に男がやってきて、とある呪物の製法を伝えた。史上最強の呪殺の箱……それがコトリバコだ。死んだ子供の体を使うなど非人道的な方法で作られるそれは非常に強力な呪いで、置いてあった家の女と子供が次々血を吐いて死んだという。その後も複数作られたコトリバコは強力すぎるが故に恐れられ、厳重に封印して長い時間をかけ呪いを薄めることになった。……だいたいこんな話だ」
「自分のこととはいえ、酷い話ですね……」
「受肉した俺達都市伝説には、オリジナルの怪談話を元にした特殊な能力が備わっている。例えば、口裂け女ならマスクを外すことによる怪力と超スピードの発現とかいう風にな。そういう特殊な力を俺達は怪異と呼んでるんだが、口裂けの話ではお前の怪異は変な腕を地面から出すやつということなのか?」
コトリバコは自分が暴走しているときのことはよく覚えていないが、他人に向けて手を伸ばすような感覚は少しだけ体に残っている。恐らく、意識すればその怪異というのも使うことができるだろう。
「まあ、怪異の使い方については調査に行きながら学んでいけばいいさ。感覚による部分が大きいから細かい技術とかは教えてやれないけど」
そう言うと、口裂け女は立ち上がって部屋の出口へ向かっていく。
「何処行くんですか?」
「仕事だよ。アンタもついて来な」
突然そんなことを言われキョトンとするコトリバコだが、これから初めての仕事が始まるのだと思って気を引き締めた。赤マントもそれを受けて立ち上がる。
「今回は俺も行く。怪異を追うのと説明の役割を兼ねてな。いいか、俺達の仕事は主に2つ。メールや電話でウェブサイトに寄せられる相談を聞き、怪異の情報を集めること。そしてもう1つは、実際に怪異が目撃された場所へ出向き実地調査をすること。今回はその実地調査だ」
仕事の内容について理解したコトリバコは今回の調査の内容について尋ねる。調査に行くということは実際に怪異の目撃があったはずだ。
「集まった情報によれば、市街地に突然現れたり消えたりする老人ということだ。兵庫県の複数の都市で目撃情報がある」
「なるほど、兵庫……兵庫!? 関西ですか!?」
赤マントは軽く顎を引いて肯定する。
「あの、ここって何処なんでしたっけ……」
「東京だねぇ」
口裂け女がぶっきらぼうに答える。
「い、今から行くんですか? 兵庫まで……?」
「行くぞ。とは言っても電車や飛行機でじゃない。仲間の力を借りる」
何が言いたいのか分からず不思議に思っていると、口裂け女と赤マントの2人はさっさと歩いて部屋を出ていってしまう。コトリバコも慌てて追いかけた。
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