マシンメア=ハーツ
友坂 悠
第1話 セリーヌ・ラギ・レイズ。
金色のドラゴン。
そこに現れたのは金色に瞬く光に包まれたドラゴンだった。
真龍。
神の使い、そうした言葉がふさわしい。そんな存在。
空を覆うように辺りが
畏怖に
中洲に取り残され足首まで海水に浸されたその少女だけが、真っ直ぐにその龍の瞳をみる。
「ジル? ジルなの!?」
幼い記憶にあるその瞳の色。
エメラルドグリーンのその瞳は、彼女に懐かしい気持ちを思い出させて。
ジルと呼ばれたその龍は、彼女にだけは優しい笑みを見せて。
「助けに来たよ。セリーヌ」
そう声にはならない声で、言ったのだった。
☆☆☆
そこには一人の少女が後ろ手に縛られてひざまづいていた。
ジリジリと陽の光が焼けるように降り注ぐ真夏の晴天。
そこは潮が満ちれば海に飲み込まれる、そんな中洲の真ん中に、彼女は居た。
着ているものは粗末な荒い布地の貫頭衣。足は裸足で、その焼けるような熱さの砂の上に肌を晒して。
海岸沿いの砂浜には多くの人が集まりその少女をみている。
デイソン大臣の私兵が取り囲む中、まるで生贄を捧げるそんな場面、かのように。
「おまえの罪を数える!」
大臣の息子、執政官でもあるギリア・デイソンが声を張り上げた。
大仰に右手を掲げ指を突き立てるその姿は民衆向けのパフォーマンスなのだろう。
「一つ! 機械神より民を導く使命を授かった王家の身でありながら、堕落の道に進むとは万死に値する!」
「二つ! 機械神の御使、漆黒機に逆らい反攻した事!」
「三つ! 王家の身でありながら、そのチカラを持たぬ事! 未だに天候操作すら出来ぬとはな!」
ギリアはフンと鼻を鳴らし、続けた。
「以上の罪を持ってこの前王女、セリーヌ・ラギ・レイズを機械神への
集めた住民を睨み付けるギリア。人々は黙り込み、声をあげるものとておらず。
ギリアはそのまま海岸を歩き少女の脇まで来ると、縛られ膝をついている彼女の耳元に囁く。
「まあお前が俺の申し出を断るからいけないのだ、よ。せっかく嫁にしてやると言ったのにな」
「父を殺したあなたの言うことを聞けるわけがないでしょう」
気丈にもギリアを睨み、そう答えるセリーヌ。
「まあいいさ」
ギリアは剣を抜くとセリーヌの首元に置き、また民衆に向き直り大声を張り上げ言った。
「こやつに一つ、チャンスをやろう。この晴天の空を潮が満ちる前に曇らせ雨を降らせろ。さすれば命だけは助けてやろう」
首元の剣の腹で二、三度彼女の肩を叩くと、ギリアはそのまま元の場所まで戻る。
そして、大勢の民衆が見守る中、前王女、セリーヌ・ラギ・レイズは両手を後ろ手に縛られ中洲にひざまづいたまま残された。
王宮にそれが現れたのは、まだ3日前の事。
漆黒な三角錐のボディに昆虫の様な細長い三本の脚。
目は、あるのか? 時々丸い光が見える。
肩、の部分らしいその場所から、何本もの鞭のような触手を伸ばしたそれは、周囲のものを切り刻み、破壊した。
漆黒機。
夢奴、とも呼ばれるそれは、機械神の
厄災の御使い、と、そうも。
そんな漆黒機がいきなり十数体王宮に出現し、王の間を目指し暴れ。
近衛軍を率い王子ジークフリードが相対するも、不利な状況には変わりなかった。
東にも西にも火の手が上がる。正直手が回らない事に焦る。このままでは……。
「ヨグ! ここを頼む! わたしは西の離宮へ行く!」
「ああ。西の離宮からも火の手が上がってるのは確認した。ここは任せろ。なんとか凌いで見せる!」
親友であり近衛軍の隊長でもあるヨグにその場、王の間の守りを任せ、ジークはセリーヌのいる離宮へと駆ける。
せめてセリーヌだけでも助けなければ。
混乱の最中逃げ惑っているだろう妹、セリーヌを。
漆黒機がこのように集団で王宮を襲うなど、ありえない。
そのありえない事が起こった時、人々の心は混乱し。
王は、神の使いでは無かったのか?
何故神は王を襲うのか?
王は神に見捨てられたのか?
王宮から出れば、逃げなければ、そう我先にと逃げ惑う。
西の離宮とてもそれは同じであった。
通常であれば姫を守る侍従や侍女が我先にと逃げ惑い。セリーヌはただ一人部屋に取り残されていた。
お兄様や父様の所に行かなければ。
と、動きやすい軽装に身を包み離宮を抜け中央目指して駆ける。まるで少年のような姿の彼女を見ても、すれ違い逃げ出そうとする人は誰も姫だとは気が付かなかった。
あちらこちらで建物が砕け、火の手が上がる。
とにかく早くお兄様のところまで行かなければ、と走るセリーヌの横で、ドン! という音とともに壁が崩れ落ちた。
最初は巨大な岩が空から降ってきたと思った。その瞬間辺りには大量の砂ぼこりがたちこめ、セリーヌはは頭を抱え込んでその場にしゃがみこんだ。
砂ぼこりが収まると彼女は頭をあげその崩れ落ちた壁のあった場所を見た。
恐怖よりも、いま、いったい何が起こったのかを知りたいという欲求のほうが強かった。
それは巨大な円錐状の塊であった。表面は昆虫の表皮のような黒光りした色をしていた。
それは三本のやっぱり昆虫のような、大きく長い足でたちあがると、その円錐の頂点にあたる部分がまるい目のように見開き彼女のほうをギロリと見据えた。
「見つかった!」
夢奴、だ。
間違いない。
昔森の中の狭間で見た事があったはず。
その時は……。ただ、逃げたのだったか。
記憶がもう定かじゃないけれど。
彼女はこの無機質な塊が自分に敵意を持っていることを感じとると、とにかくこの場から離れなければとは思ったが、不思議と体は動かずにそこに立ちつくしてしまっていた。
突然銀色のものがセリーヌめがけて飛んで来た。とっさに右手に飛ぶと道端に倒れこむ。
その銀色のもの、それはその漆黒の怪物の中央部より生えている触手のようにみえたが、その触手はセリーヌの背後にあった壁をなぎ倒すとまたもとの怪物の腹にもどっていった。
「あんなものが当たったらしんでしまう!」
今まではこの現実には思えない出来事で忘れていた死の恐怖が、彼女の心を襲っていた。
再び銀色の触手が彼女めがけて飛んで来た。
頭を抱えしゃがみ避ける。
ビュン! という空気を切る音がして、空振りをした触手はまたもどっていった。
もう次はよけられない! とセリーヌが思ったそのとき、
「ラギ! ふせろ!」
という声が聞こえたかとおもうと、一条の光が空から怪物の頭をめがけて落ちてきた。
バグン!
と、いう音とともに怪物がはじけた。
「ラギ、大丈夫か?」
ジークフリード・ラス・レイズはセリーヌに駆け寄ると言った。
その額には脂汗が浮かび、肩が激しい息遣いのために大きく揺れていた。
「おにいちゃん!」
セリーヌは幼い子供のように泣きじゃくり兄に抱きついた。
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