人間加工工場へのインタビュー

ちびまるフォイ

輪廻転生

「カクヨム新聞から来たものです。本日はインタビューよろしくおねがいします」


「いやぁ、都会から新聞の取材だなんて嬉しいなぁ。

 こちらこそ、従業員一同で誠心誠意で対応いたしますね」


「では取材をはじめますね」


ボイスレコーダーのスイッチを入れる。

工場長の後を歩きながらガラス越しに人間加工工場を見ていく。


「それで、どうして人間加工工場を始めようと思ったんですか?」


「私、前職は医者だったんです。臓器移植などをしているときに

 遺体をドナーだけでなくもっと広く使えないかと思いましてね」


「なるほど」


「ほら、あのレーンを見てください。

 あそこでは人間を食品へ加工しているところです」


「人間肉は今では家庭でもポピュラーな食材になりましたね。

 日持ちして、味もよく、栄養バランスも良い完全食ですし」


「最初の認可は厳しかったですよ。

 人間を食べるなんてどういうことだ! ってね。

 でも必死に説得して認めてもらえてよかったです」


「最初から人間を食用転用することを考えたんですか?」


「めっそうもない。最初はバッグとかそういう道具に出来ないかと思ったんです。

 動物の毛皮目的で密猟されるのがあまりにいたたまれなくなって……」


「人間皮が流通するようになってから密猟数もぐんと減りましたね」


「ええ、ええそうなんです。本当に嬉しい限りです。

 今じゃソファにも、カバン、コートにも人間皮が一般的ですし。

 お金持ちは若い人の皮を使うのがステータスにもなっていますから」


「人間加工工場はもう上り調子ですね。

 そんなイケイケの今だからこその裏情報はありますか?」


「裏情報だなんてそんな……」

「教えて下さいよ。その反応はなにかあるんでしょう?」


「そうですね……実はここだけの話。

 こっそり新規事業をはじめているんです」


「新規事業? どんなものですか!? 教えて下さい」


「言えませんよ。とくにあなただけには」


「私が新聞社の人間だからですか? 信用ないなぁ」


「いえ、そういうわけではないんですが……」


ひとしきりインタビューを終えるとスタッフとともに控室に戻った。

撮りためたボイスデータを確認しながらため息をつく。


「先輩、どうしたんですか? ため息なんかついちゃって」


「初めて人間加工工場に取材した割には、撮れ高があんまりなくってな……」


「また人間加工工場が認可されるかどうかでモメたとき、

 洗いざらい何をするかを一度明らかにされてますからね。

 もう今さら新しく語ることなんてないんでしょう」


「それじゃ俺が本社に戻れないんだよ……」


「……あっ、先輩? それ僕のカメラっすよ。どこへ持っていくんですか」


「バカ。潜入取材だよ」


「許可なんて取ってませんよ?」


「このまましょっぱい取材で終わったらそれこそ意味がないだろ。

 ジャーナリストってのは危険に足を踏み入れてこそなんだよ」


「僕知りませんよ」

「それじゃここにいろ」


控室をこっそり出ると工場を勝手に探索した。

手持ちカメラで撮影許可のない場所も録画していく。


案内されたのは加工された人間塊が食品や道具に作り変えられるレーン。

レーンづたいを歩いていって、より前の加工段階までさかのぼっていく。


「おお……本当に人間だ……」


レーンをさかのぼっていくと、上層レーンでは本当に人間が乗っていた。

加工された鶏肉が本当にもとは鳥だったのかイメージできないような、

「加工人間」と「人間」は別物かもとどこかで思っていた。


けれど、加工前は同じ人間が運ばれていた。


「これはいいネタになるぞ」


カメラをレーンに向かってズームアップしていく。

未だに人間加工に対して反対する団体は一定数いる。


新聞とは別口でこの映像をその団体に流せばいい燃料になるだろう。

燃え上がった話題は新聞の発行部数を伸ばしてくれる着火剤になる。


「……あれ?」


レーンに運ばれてくる人間を見ていたときだった。

見覚えのある顔が横たわっていたのを見逃さなかった。


「うそだろ!? 星園か!?」


たとえそれが中学時代の淡い初恋だったとしても、

片思いの相手の顔を忘れるわけがない。


加工場の出入り口へ勝手に入ってレーンに乗った人間を引きずり下ろした。


「間違いない……星園だ。

 死んでしまってたのか……知らなかった」


肉眼で確かめても見間違えてはいない。


「……ん」


「う、うそだろ!? 生き返った!?」


「ここは……?」


「星園! 覚えているか? 俺だよ、同級生の田中だよ!」


「……誰?」

「覚えてないなかぁ。ほら最後にあったのは同窓会だったろ」


「いえ、星園って誰?」


「え?」


「私はそんな名前じゃない」


「人違い……かよ」


急に体から力が抜けた。

感動の再会というお花畑が終わったことで、頭は冷静さを取り戻す。


「そ、それより君は生きているのか!?

 人間加工工場は生きた人間をも加工していたのか!」


「しょうがないよ……私はその用途になったんだもん」


「なにを諦めてるんだ。人間に用途なんてあるものか。

 自分の夢を見て、その夢を実現させるのが人間だろ!」


説得していると急に工場全体が赤色のライトで包まれた。


『 警告! レーンから人間が脱走しました! 』


やかましい警告音が工場全体にこだまする。


「早く私をレーンに戻して!

 ここにも工場スタッフが来る!

 あなたもただじゃ済まされない!」


「そんなことできるか! 生きた人間を加工しているなんて

 こんな美味しいネタ、記事にするっきゃないだろ!」


辛くも工場から逃げてきた女性の独占インタビューなんて特集を組めば、

ますますこの大ネタは盛り上がるに決まっている。


「さぁ、早くここを出よう!」


「無理よ! 警告が出された段階ですべての出入り口は塞がってる!」


彼女の言うことは本当でどのドアも開かなくなっていた。

頑丈なつくりになっていて壊すことはおろか傷つけることすらできない。


「くそ……閉じ込められたのか……」


「従業員が専用の電子ロックを解除してここまでやってくる。

 もうどこにも行けない。今、私をレーンに戻せば機械の誤作動だと思われるはず。

 あなただけは逃げられるかもしれない」


「し、しかし……」


いいネタになる、なんてのはただの口実だった。

本当は初恋のひとに瓜二つの彼女を放っておくことなどできない。


「さっきこの扉は電子ロックって言ってたよね。

 この工場は全部電気管理なのか?」


「ええ……それがどうしたの?」


「医者を目指す前は電気技師になりたかったんだよ」


壁の一角を壊してケーブルや接続部分を露出させる。

それらをつなぎ直してショートさせる。


バツン、となにかが切れるような音とともに工場が真っ暗になった。


「いまだ!!」


電気が落ちたこの瞬間を逃すまいと、奥の扉に手をかける。

必死に力を込めると分厚いエレベーターのような扉も横へこじ開けられていく。


「早くこっちへ!!」


人がぎりぎり通れるだけのスペースから奥の部屋に滑り込む。

電気は非常電源に切り替わった。


「危なかった……こんなに非常電源の接続が早いなんて……。

 少しでも遅かったら扉を開けることもできなかった……」


「工場のレーンが止まらないようにしているのよ」


非常灯でぼんやりと照らされた部屋ではレーンの動く音だけが聞こえる。


「レーンの音が聞こえる……。

 ここも、人間塊を使ってなにか加工食品を作っているのか?」


「いえ、ここは……」


非常電源から主電源へと切り替わる。

まぶしさに一瞬目を閉じて、ゆっくりと目を開けた。


目の前に広がっているのはいくつもの人間たちだった。


「ここは、人間塊から人間を再生成するレーンです……」


レーンから排出されたできたての人間には、

彼女とそっくりな人間だけでなく、自分とそっくりな人間もいた。


友達や、先生や、商店街のおじさん。

見知った顔がいくつも作られてはレーンで流されていく。


「思い出しましたか? あなたも私も、もとは同じ肉の塊だったんです。

 ここで生まれ、用途に応じて死に、そしてまた生成されていくだけです」


工場長の言っていた"新規事業"の意味がわかった。

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