掌編小説・『登山』

夢美瑠瑠

掌編小説・『登山』



  掌編小説・『登山』


 ヒマラヤ山脈で大規模な噴火が起きて、しばらく造山活動が続いた。

 地震の余震やらがすっかり鎮まって、溶岩の流出やらが止んで、測量の調査やらができるまでには一年の猶予が必要だった。

 国連の担当部会から派遣された、公式的な測量隊が出動して、慎重に測量した結果、未踏峰となる、新しい世界最高峰が誕生していることが明らかになった。

 従来のエベレスト、チョモランマは8848メートルだったが、新しい最高峰は、8850メートルあった。

 とりあえず「未踏峰X(みとうほう・エックス)」と名付けられた新しい処女峰への、踏破一番乗りをめぐる、競争が開始された。

 かつて南極点への一番乗りを目指して、壮絶な争いが繰り広げられて、イギリスのスコット隊の悲劇などもあったが、そうした冒険への希求、という、そうした執念にとりつかれる人間というのはいつの時代にもたくさんいるわけだった。

 たくさんの登山隊が、「未踏峰X」にわれもわれもと登攀しはじめて、さながら砂糖壺にたかるアリの群れのような様相を呈し始めた。

 テレビ局から派遣されたたくさんのヘリコプターがこういう情景を中継したが、一万メートル近いこういう高度の切り立った峻厳な断崖にわらわらとたくさんの人間が貼りついている・・・およそこうした光景は多分空前絶後で、絶好の被写体となっていた・・・

 登山隊同士が交錯して、墜落する事故などもたくさん起きて、早々に新規の登山申し込みは禁止されて、世界の興味はいつ、誰がブランニューの世界最高峰を征服するか、に絞られた。

 いいポジションをロケーション出来て、有利に登山行を進めることができた、3,4隊が最終的にトップを争う格好になった。

 で、あともう10分後くらいにはほとんど同位置にいるそれぞれのうちの一つの隊が抜きんでて、雌雄を決するという見込みになった・・・

 そうして峻険な崖を登り切って、イギリス隊が見事一番乗りを果たした!

 その隊の隊長はスコットという人で、長年の南極点の遺恨をこの新未踏最高峰の征服で、晴らすという格好になった。

 しかし?8850メートル地点には、なぜか先乗りを示す青いフラッグが立っていた。

「そんなはずはない?」と、スコット隊長はちょっと驚き、怪訝に思ったが、すぐ謎が解けた。

 これはヘリコプターで昨日付近に着陸していた某国の、お祝いの旗だったのだ。

「びっくりしましたか?これはお祝いメッセージのためのダミーです。おめでとう!あなた方の偉業は永く人類の歴史に刻まれることでしょう。精進と幸運を寿いで、全人類からの祝福をお送りします。」

 スコット隊長の顔は綻(ほころ)んだ。

 なかなか気が利いている、と思ったのだ。

 しかし、その後を読んで、彼の顔は曇った。

 こうあったのだ。

「アッラーがともにあらんことを」

 イスラム教徒!・・・スコット隊長は敬虔なカトリック教徒だったのだ。

 こういう極限の場所でも宗教の齟齬は起こりうるのだなー

 そうひとりごちて、彼は「アッラー」のところをマジックペンで「キリストが」に 書き換えた。そうして、やっと満面の笑顔になって、仲間たちと用意したシャンパンを開けてお祝いをするのであった・・・



<終>



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掌編小説・『登山』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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