第43話 神の力
「……は?」
若干の沈黙作の後、馬鹿にしたような言葉を発する。
「何を言っているんだい? もしかして、僕達に裏切られたショックで頭がおかしくなったのかな?」
やれやれと言わんばかりに首を振り、肩を竦める。
「役立たずの上に頭までおかしくなっては、いよいよ勇者に相応しいのは僕だね」
嬉しそうな表情で嘲笑う。
「キーラ!」
リオンの声に反応してキーラが俺の方に近寄り盾を構える。
「すまない……」
聞こえるか聞こえないかの声で呟く。申し訳なさそうな顔をして一瞬目を伏せたが、すぐに覚悟したようなを目こちらに向ける。
もしかしたらキーラはこの中ではまともな方なのかもしれない。だが、敵対している以上戦いは避けられない。
「キーラの防御力の高さは知っているよね? 最初の頃、君の攻撃を受けてもキーラはたった数歩しか下がらなかった。まぁ、高い防御力を持つキーラを数歩下がらせただけでも凄いことだよ。腐っても勇者だったってことかな? でも、今は以前とは違う。僕らの実力は実戦を経て確実に上がっている。もちろんキーラもだよ。これがどういうことか分かるかい?」
いやらしい笑みを浮かべている。楽しそうだな。
「君の攻撃はキーラに通じない。僕達を倒す事は不可能なんだよ」
自分が有利だと思っているせいかよく喋るな。
俺はゆっくりと腕を上げ、キーラを指差す。
そして言葉を発する。
『剥奪』
そして拳を構え大きく振りかぶると、キーラ目掛けて振り下ろす。
「無駄だよ」
リオンが何か言っているが無視をしてそのまま、キーラを殴りつける。
「グハッ」
呻き声を上げて紙屑のように吹き飛ぶ。何度か地面でバウンドしながら転がって行き、壁に激突して止まった。
「………え」
先ほどまでニヤニヤと余裕の笑みを浮かべていたリオンの表情が凍る。
「なっ……え……」
状況が理解できていないのか口をパクパクさせなが目を大きく見開いている。
その隣ではモルナも同じように、予想外の光景を目の当たりにして固まっている。
「そ、そんなはずはない! こんなことって……おかしいだろっ 一体何をしたんだ!」
殴り飛ばされて動かなくなったキーラの方からリオンの方へと視線を移す。
「何って……俺がさっきなんて言ったか聞いていなかったのか?」
「…………剥……奪……?」
ついさっきの出来事を思い出していたのか、少しだけ長い沈黙の後、半ば呆然としたように呟く。おそらく無意識に言葉に出た、という感じだ。
「言葉の意味は、分かるだろ?」
リオンの顔から血の気が引く。その目にはわずかな恐れがある。
「今お前が考えている通りだよ。俺はキーラの加護を剥奪したんだ」
「うっ……ぁ……そ、そんなはずはないっ、そんなこと出来るわけない!」
正解。
俺に加護を奪い取る力なんてない。
俺がキーラにした事は加護に干渉して、加護を持っていない者と同じくらいのレベルまで効力を下げたのだ。
これまでずっと、強くなることを考えていたため、加護に干渉して効力を上昇させることしか頭になかった。だが、もしかしたら逆のことが出来るのではないかと考え密かに実験していたのだ。
結果は今の状況を見れば明らかだ。守護神の加護を持っていることで、高い防御力を持つキーラを殴り飛ばすことが出来たのだ。
感覚的なものだが、加護の強さはだいたい十段階くらいに分けられる。
例えば俺が加護に干渉して効力を増大させるとする。もともとレベル一だったものなら、レベル二になる。
これまで俺が干渉できる加護の数は二つだった。つまり最大で効力の上昇はレベル一からレベル三まで上昇させる事ができたのだ。
この数ヶ月で変わったことが三つある。
一つめは加護に干渉し効力を下げることが出来るようになったこと。
二つめは干渉できる加護の数が三つになったということだ。
キーラはレベル三の加護持ちだ。俺の力の全てをキーラの加護の効力減少に費やすと、キーラはほぼ加護を持っていない者と同じ状態になるのだ。
「あっ、有り得ないっ 加護を奪う力だと! そんな力聞いたこともない!」
混乱しているのか大声で騒ぎ出す。だが、その表情には、確実に恐怖が刻まれている。
「自分の目を信じられないのか? 守護神の加護を持つキーラがだった一撃で吹き飛ばされたんだ。加護を失ったのは明らかだろ?」
加護を失う。改めて口にすることで今の状況を認識させる。
リオンから勢いが削がれていき、わずかに震えている。
おそらくアメリアさんの話を思い出しているかもしれない。加護を失うことが一体何を意味するのか気がづいたのだろう。
「そ、そんな馬鹿なことが……加護を奪い取るなんて……そんなのまるで――神じゃないか」
動揺しているリオンより先に隣にいたモルナが動き出す。手に持つ杖をこちらに向けて魔法を展開する。
俺はゆっくりと腕を上げ、モルナの方を指差す。
この行動に意味があるかと言われれば、無いと答えるしかない。
視覚的にそれっぽい行動をした方が、相手は俺が何かをしたと認識できると思ったからだ。
別にかっこいいと思ってやっているわけではない。演技だ、演技。
俺に指差されたことでモルナの顔に恐怖が浮かぶ。
「っ――いやぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
『剥奪』
キーラの加護の効力減少に使っていた分を、モルナの効力減少に使う。
大きな火の玉がこちらに向かって飛んでくる。
俺は伸ばした手をタイミングよく横なぎに振り払う。
火の玉が二つに割れて俺を襲うが、すぐに消えてなくなった。
「そ、そんな……私の魔法が……」
モルナはこの三人の中で一番加護の恩恵を受けている。
他の二人はもともと素の実力あり、その上に加護の効力でより戦闘力が上がっていた。
だが、モルナの場合は完全に加護の力に頼ったものになっている。
素の実力はおそらく魔法を使い始めるようになった者と同じくらいかもしれない。だから加護の効力を下げられると一気に弱体化する。
神はなんでこんな奴に強い加護を与えたのか全く理解できない。頭がおかしいと思う。
「なんで私の魔法を受けて無傷なの……」
素の実力がないということも勿論あるが、それだけではない。
この数ヶ月で変わったことの三つ目が関係している。これはエリンに安心してもらうために話したことでもある。
俺は武神の加護だけではなく、守護神の加護も得たのだ。
理由はいまひとつわかっていないが、守護神の加護を得たことで防御力が上昇している。だからモルナの攻撃を受けても無傷でいられたのだ。
「まだ分からないのか? お前の加護も剥奪したんだ」
「そんな……」
絶望したような表情でその場に座り込む。俯く姿は弱々しい。
俺はリオンの方へと向きなおる。
おそらく一連の状況から俺が加護を奪う力があると理解したのだろう。その表情は青ざめている。
まぁ、誤解なんだけど……
剣を持っては震え、息が荒い。
今度はリオンを指差す。
「っ――」
体が強張り、その目にははっきりとした恐怖が存在する。
「や、やめてくれ。ぼ、僕が悪かった……僕から加護を奪わないでくれ」
『剥奪』
「そ、そんな……う、うわぁぁぁぁぁ」
やけになったのかこちらに切りかかってくる。だが、その動きは遅く、恐怖も加わりぎこちない。
振り下ろさせる剣を受け止め、後ろに押し返す。バランスを崩し尻餅をつく。
リオンの方へとゆっくりと歩く。
「ひっ――く、来るな」
スピードを上げ、リオンの背後に立ち、後頭部を殴る。
「なっ、き、消え――ガッ」
脳にへの衝撃により体が揺れる。意識は刈り取らない。四つん這いになったリオンの前へと移動する。
「はぁ、はぁ、はぁ」
呼吸が荒くなったリオンを見下ろす。落ちているリオンの剣をすぐ近くの地面へ刺す。
驚くほどすんなりと地面に刺さったため驚いてしまった。ルーデルス王国で一位二位を争う剣というのはあながち嘘ではないのかもしれない。
ゆっくりとリオンがこちらへ顔を上げる。その時だった。
洞窟全体が揺れているのではないかと錯覚するほどの揺れが俺たちを襲う。
「アレス!」
後ろで俺たちの様子を見守っていたエリンが叫ぶ。エリンの視線の先には今回の討伐対象であるキングサーペントの姿があった。
これだけ騒いだのだから当然と言えば当然だ。むしろ遅いくらいだと思う。
現れたキングサーペントは、巨体を動かしこちらに近づいてくる。大きな頭を持ち上げ、間違いなくこちらを狙っている。俺たちを捕食対象と見なしたのだろう。舌を出し、シーシーと言う音が聞こえる。
キングサーペントとの急所は頭の上の部分だ。その巨大のせいで急所が狙いにくく倒すのが難しい。
リオンが使っていた剣を掴む。
リオンの加護の効力減少に使っていた分を解除して、俺の持つ武神の加護の効力を全力で上げる。そして俺は、牽制目的でその剣を、キングサーペントの急所目掛けて投げる。
攻撃力がかなり上昇した俺から投げ出された剣はものすごい勢いでキングサーペントへ向かっていく。
自分でもびっくりするくらい狙い通りに飛んでいく。
……………は?
ものの見事にキングサーペントの急所に的中し、貫通する。
奇妙な叫び声を上げながらのたうちまわる。しばらくの間、全身を壁にぶつけながら暴れていたが、ついには絶命したのか倒れ、洞窟全体を揺らす。
自分でやっておきながら目の前の光景に驚いて言葉が出ない。色々と偶然が重なったせいだ。次に同じことをやれと言われても間違いなくできないだろう。
エリンの双眸も大きく見開かれている。
一番最初に殴り飛ばしたキーラも意識を取り戻していたようでこの状況に言葉を失い、ただキングサーペントの亡骸を凝視している。
モルナも同じだが、その足元には水たまりが広がっている。
漏らしたのか……
俺も自分の行いに驚きすぎて周りをキョロキョロと見回していると、こちらを見上げるリオンの姿が目に止まった。
その瞳にはただの恐怖ではなく、畏怖の念が含まれている。
こちらをじっと見上げ、震える唇を動かす。
「こ、これが……神の力……」
「…………………………………そうだ」
都合がいいので肯定することにした。
「……」
リオンの瞳から涙が流れる。まるで神に出会った敬虔な信徒のような感じだ。俯き涙を流し続ける。
リオンだけではなくモルナやキーラの視線にも畏怖の念が乗っている。
俺はここからどうすればいいのか分からず、ただこの状況を黙って見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます