第37話 エリンとお出かけ2

 「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」


 服屋の店員に見送られながら店を出た。

 俺一人だったら入る勇気がなく敬遠してしまいそうな感じのお洒落なお店だった。


 転生する前も服にこだわりなどなく、ブランド品なんて全く知らなかった。名前くらいは聞いたことある、と言うレベルだった。

 服を買う時は通販で買ったり、お財布に優しい値段の服が売っている店で買っていた。

 人に見られても恥ずかしくなければそれでいいと言う考えだったから服に金をかけてこなかった。服に金をかけるなら新しい本を買っていた。

 当然転生してからもその考えは変わることなく、安い服で十分だと思って生活していた。さらに言えば、冒険者をしていると服に気を使う場面が少ない。依頼に行く時は常に冒険者としての装いをしている。なのでそれ以外の服をあまり必要としないのだ。


「いい感じのものが見つかって良かったね。よく似合っているよ!」


「ありがとう」


 ティナを助けるために破れてしまったシャツだけを買い替えるつもりだったが、なんだかよく分からないうちに、上だけではなく下も変えることになっていた。


 エリンが選んだ服を着せ替え人形のように、いくつか試着して買う服を決めた。着替えるたんびにエリンが褒めてくれたため嫌な気はしなかったし、途中から調子に乗っていたと思う。

 最終的に買う服を決めるときには、かなり疲れてしまった。


 試着して服を選ぶだけなのにこんなにも疲れるのか……

 驚きはそれだけではなく、購入時に服の値段を見て衝撃を受けた。想像していたよりもはるかに高い値段が提示されたのだ。


 転生前も含めて、ちゃんとした服屋で買い物をしたことがなかったから知らなかった。

 幸い冒険者をしていて、そこそこお金は持っているので問題なく購入する事はできたが、服にこんなにお金をかけたことがなかったので、戸惑ってしまった。

 まぁ、色々衝撃的ではあったが、エリンに似合うと言ってもらえる服を買うことが出来たのでいいだろう。


「服を選ぶのに思ったよりも時間、かかっちゃったね」


「そうだな。それに服を選ぶのって結構大変なんだな」


「そうだよ。ちなみに女の子はもっと大変なんだから、女の子がお洒落してたらちゃんと褒めないとダメだよ」


「わかったよ」


 今日の俺はエリンに言われるまま試着して、服を買っただけだ。一から全部自分でやるとなるとやはり大変だろう。


「今日は私がアレスの服を選んであげたんだから、今度私が服を買いに行く時はアレスが選んでよ」


「俺が、か?」


「うん」


「服のことなんてよく分からないから、エリンが自分で選んだ方がいいんじゃないか?」


「私はアレスの意見が聞きたいのっ」


「わかったよ。俺の意見が参考になるかは分からないけど……」


「参考になるの! だから約束ね」


「あぁ」


 エリンのために少しでも服のことを勉強しておいた方が良いのかもしれない……


「服も変えたことだし、お昼ご飯にしよっか」


「そうだな。店は決めているのか?」


「ううん、まだ決めてないよ。どこにする?」


「そうだな……」


 以前リオンに紹介された店を思い出す。


「この前パーティランクがAに上がったときにみんなで行った店はどうだ?」


「いいね。あのお店の料理美味しかったし」


「よし、決まりだな。たしかこっちだったよな……」


 以前行った時の記憶を頼りに進んでいく。しばらく歩いていくと、あの時に見たお洒落な雰囲気の店が見えてきた。だが、近づくと違和感を感じた。


「あれ?」


 エリンが不思議そうな声を上げる。


「お店の中暗いみたいだけど……今日はやっていないのかな?」


 エリンの言う通り店の中は真っ暗で、店員も客も一人もいない。以前来た時は営業中の札がかかっていたが、今はない。今日は休みなのかもしれない。

 そう結論付けたところで、後ろから声をかけられる。


「もしかしてこのお店に用があるのかい?」



 振り返るとそこには、四十代くらいの恰幅の良い女性が立っていた。


「はい、お昼ご飯を食べようと思って来たのですが、今日は休みみたいで……」


「あら、知らないの? このお店、もうやっていないわよ」


「え……そうなんですか?」


 五人でパーティランク昇格のお祝いをしたのは、そんなに昔の出来事ではない。その時も、客が少なかったわけではなかった。むしろ繁盛していたと言ってもいいほどだ。それなのにいきなり店を閉めることになるなんて……


 おばさんが、まるで内緒話をするかのようにこちらに体を寄せてくる。それに合わせて俺たちも体を寄せる。


「ここだけの話だけどね――」


 おばさんのここだけの話は、『ここだけ』にとどまった試しが無い、などと思いながら話に耳を傾ける。


「なんでも、ここの店長さんが店を大きくしようとしていたみたいなんだけれどね、一緒に頑張ってきた人に裏切られちゃったみたいなの」


「そんな事があったんですか?」


 エリンが小声ながら驚いた声を出すという、器用なことをしている。


「そうなのよ! 結構お金を騙し取られちゃったらしくて、店長さんも色々やったみたいだったけど、相手の方が一枚上手だったらしくてどうしようもなかったみたいなの」


 なんでそんなこと知っているんだ? おばさんの情報網は、転生前の世界でも転生後の世界でも謎だ。


「損害も結構大きくて、店を大きくするどころか、経営を続けていくことすら難しくなっちゃったから結局店を閉めることになったそうよ」


「そうだったんですね」


「怖いわよね。裏切りなんて……」


 俺たちと内緒話というか噂話をして満足したのか、おばさんは去っていった。

 予想外だったが事情を知れたので良かった。


「店長さん、大丈夫かな?」


「どうだろうな……」


 エリンに対する返答が、他のことを考えていたため、気の抜けたものになってしまった。


 裏切り……

 その言葉で思い浮かぶのはリオン、モルナ、キーラの三人だ。


 原作で主人公を裏切ったパーティメンバー。

 今のところ気になることはないが、これからはどうだかわからない。

 主人公が裏切られるのは、パーティを組んでから一年後だ。

 俺は一年乗り越えれば大丈夫だと、自然に思っていたが本当にそうだろうか?

 仮に一年間何もなかったとしても、原作で主人公を裏切ったということを知っている限り、安心なんて出来ないだろう。

 今だって三人との間に壁を作っている。そんな状態が解消されるとは考えづらい。


 なし崩し的にパーティを組むことになったが、パーティメンバーはあの三人でなければならないと感じたことは今のところない。

 もちろん三人と一緒に依頼を受ければ連携も取れる。会話をしたり、食事に行ったりすれば楽しいと感じることはある。

 だが、心から信頼できるかと言われたら、首を傾げてしまう。

 これからも心の底から信頼できる関係が築けないなら、いっその事裏切られた方が……そんな考えが頭に浮かぶ。

 あの三人とパーティを組んでいるのは、ルーデルス王国との関係が悪くなるのを避けるためだ。向うに非があるのならば、パーティを解消したところでなんの問題もない。むしろ負い目を感じてくれればこちらにとっても都合が良くなるかもしれない。

 もしあの三人に裏切られることになったとしても、おそらく原作のようにはならないだろう。

 原作の主人公は自分の力を知らなかったし、信じていた仲間に裏切られたという精神的なダメージが大きかったため、あの様な状態に陥ったのだ。

 それに比べて俺は自分の力を知っているし、あの三人と心の距離がある。ショックがないとは言わないが、少ないだろう。今のところ俺の方が強い。


 エリンの方へ視線を移す。


「なに?」


 そして一番原作と違うのは、なによりも信頼できる存在が近くにいるという事だ。


「俺はエリンのことを信頼している」


「い、いきなりどうしたの!?」


 エリンが顔を赤くして、視線を彷徨わせている。

 自分でもいきなり何言っているのだろうと思う。でも、どうしても今言いたい。


「だから……エリンも俺のことを信じてくれ」


 エリンの目をじっと見つめると、同じように見つめ返してくる。

 わずかな沈黙ののちエリンが口を開く。


「ふふ、私は最初からアレスのことを信じているよ。それは、これからもずっと変わらないから」


「ありがとう」


「もう、アレスがいきなり変なこと言うから顔が熱いよ」


「ごめん」


「でも、私のことを信じてるって言ってくれて嬉しかったよ」


 改めて言われるとなんだか恥ずかしい。今更ながら顔が熱くなっていくる。


「顔、赤くなってるよ」


「ほら、ご飯食べに行くぞ」


 誤魔化すようにエリンの手を引いて歩き出す。


「あっ、誤魔化した」


 聞こえないふりをして歩き続ける。ちらりとエリンの方を盗み見る、と顔を赤くして恥ずかしそうに笑っている。

 その顔を見て余計に恥ずかしくなってしまった。

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