「婚約者と親友に裏切られ、S級パーティを追放された無能勇者。地位も名誉も何もかも失い、人生のどん底に叩き落とされる」そんな物語の主人公に転生した俺は、悲惨な運命を回避するため最強を目指す

カムシロ

第一章

第1話 流行りのジャンルは少し苦手だ

 やっとの思いで本を読み終え、そっと閉じる。


「うーん……」


 読み終わって、ここまでもやもやした気持ちになったのは久しぶりだ。

 普段なら本を読み終えた時は満足感に満たされるのだが、今は完全に気分が落ち込んでいる。

 机に置いた本に視線を落とす。友人が強く勧めて来たので買ってしまった。

 普段なら絶対に買わないジャンルだ。いわゆる「復讐系」「追放系」「ざまぁ系」と言った類のものだ。


 主人公が信じていた仲間や家族から無能だと言われ、追放される。中には恋人や婚約者が寝取られていたりする。

 追放された後、真の力に目覚めて最強になったり、信頼できる仲間と出会い、どんどん認められて成り上がっていく。

 一番重要なのは、主人公に対して酷い事をした人たちが、どんどん落ちぶれていき酷い目に遭う。もしくは主人公自ら覚醒した力を使って復讐をする。そこで得られる爽快感だ。


 今流行りの人気のジャンルなのだが、俺は少し苦手だ。

 本を読むときに主人公に感情移入し過ぎてしまうのか、成り上がる前に、裏切られたりして主人公が辛い目に遭うところでギブアップしてしまう。読み続けるのが辛いのだ。

 だから、そういったジャンルは避けていたのだが……やはりキツかった。


 この物語の主人公は、小さな村で生まれたアレスという少年だ。アレスには生まれた時からずっと一緒にいる幼馴染のエリンがいる。エリンは村一番の美少女でアレスととても仲がいい。



 きっとこの幼馴染は寝取られてしまうのだろうと思っていたら、予想外の展開だった。



 エリンは主人公を庇って魔物に殺されてしまうのだ。その上、死体は魔物に貪り食われてしまい何も残らない。その光景を主人公は何も出来ずただ見ていることしかできなかったのだ。



 辛すぎる。正直この時点で読むのをやめたいと思ったほどだ。幼馴染の可愛さや、主人公との絆が印象深く書かれていたため余計に精神的ダメージが大きかった。

 読み始めた本を途中で止めるのは、読者としてのプライドが許さないので読み続けた。



 主人公は二度と大切なものを失わないように、強くなろうと努力した。数年の時が流れ、主人公の持つ「勇者の加護」が勇者の証らしく、勇者としての王国に招き入れられることになった。

 パーティーを組み仲間達と共に活動していく。

 王国で親友と呼べる存在に出会い、また、死んだ幼馴染の面影がある少女と恋仲になり、婚約を交わすまで仲が進展する。

 主人公にとってまさに最高の瞬間だった。

 一つ懸念があるとすれば、パーティーメンバーはどんどん実力を上げていくが、主人公の実力がなかなか伸びていなかったという事だ。

 そしてついに悲劇が起こる。大切な存在である婚約者と親友から裏切られ、パーティーから追放される。その上、婚約者はすでに親友に寝取られており、まるで二人の仲を見せつけるように、主人公の前で抱き合い、舌を絡ませ熱いキスを交わすのだ。

 まるで人が変わったように主人公を嘲笑い、罵声を浴びせる婚約者と親友。

 この状況を受け入れることが出来ないまま、主人公はダンジョンの奥地に置いていかれてしまう。

 失意の中、もう一度仲間達と話がしたいとダンジョンの出口を目指す。



 普通ならこの辺で真の力に目覚めそうなのだが、その気配は全くない。



 精神的ダメージが大きく、まともに戦うことが出来ず、魔物に襲われ、右眼と左足を失い、左腕は大きな傷を負いまともに動かすことが出来なくなってしまう。ボロボロになり生きているのがやっとの状態だ。



 作者さんは主人公の事が嫌いなの? そんなレベルだ。ここまで落とさなくてもいいと思う。だが、それだけでは終わらなかった。



 命からがらダンジョンを抜け出し、王国に戻ると、主人公は勇者の名を騙った大罪人に仕立て上げられており、さらには親友が新たな勇者として迎え入れられていた。

 婚約者も勇者という地位も全てを失い、その場から逃げ出してしまう。



 主人公可哀想過ぎる。主人公と婚約者、親友との出会いから、仲良くなるまでがしっかりと書かれている分、読者の俺にもダメージが大きい。

 どうせ裏切ることになるなら冒頭で、「お前、このパーティから抜けろよ。うちのパーティに無能はいらない!」みたいな感じでの急展開なら、ダメージが少ないのに……



 その後主人公は、生まれ育った村に帰るのだが、そこでも主人公の噂は届いており、村人は帰ってきた主人公に向けて、村の恥さらしだと罵声を浴びせ、石を投げつける。そんな村人の中に主人公の父親と母親もいた。

 主人公の中で何かが崩れ落ちた。何もかも全てを失った。



 そこで第一巻は終わりを迎える。

 完全にやり過ぎだ。作者は主人公に何か恨みでもあるのだろうか?

 落とすだけ落として、成り上がる気配がまるでない。

 普通は第一巻で主人公に救いがないと駄目ではないだろうか? ヘイトが溜まり過ぎてしまう。


 裏切られるだけで一巻が終わってしまった。いや、一応裏切られただけではない。幼少期の主人公と幼馴染の話や、王国で仲間と出会い絆を深めていくまでの物語があるので、内容的にはかなり詰め込まれている。

 ただ、裏切られてから主人公に救いがなかったのだ。


 本当にこの作品が人気なのか疑問に思い、近くにあるスマホで少し調べてみることにした。


「……やっぱり人気みたいだな」


 ふと友人が、第一巻だけじゃなくて第二巻までまとめて買えと言っていたのを思い出す。

 俺が買いに行った店では、第二巻が売り切れていたので買えなかったのだ。

 きっと第二巻で何かしら変化が起きるのだろう。


「しょうがない、買いに行くか」


 流石に、もやもやしたままでは終われない。悲惨すぎる主人公がどうなるか気になるし……


 俺は身支度を整え、本屋へと向かった。


 ◆◆◆◆


 本屋に向けて歩いていると、パトカーのサイレンの音が聞こえた。

 休日の朝からお疲れ様です。

 遠くで聞こえていたサイレンが、だんだんと近づいてくる。音のする方を見れば猛スピードで車が走っている。


 頭が真っ白になった。パトカーに追いかけられている車が信号を守るわけがない。


 おいおいおい! 


 このままだと横断歩道を渡っている女の子にぶつかる。

 俺はとっさに走り出す。ギリギリのタイミングだ。必死に手を伸ばし、女の子を突き飛ばす。


 全身が大きな衝撃に襲われる。吹き飛ばされ、地面に転がる。身体中を打ち付け、痛みが全身を襲う。


「きゃぁぁぁぁぁぁ」

「おい! 誰かはねられたぞっ」

「女の子を助けたみたいだ。救急車! 誰か救急車を呼んでくれ!」


 辺りを恐怖、焦り、動揺、悲しみ、様々な感情が包み込んだ。

 体が動かない。意識が朦朧とし、視界が霞む。世界からだんだん音が消えていく。

 俺は突き飛ばした女の子の方を見る。泣いているが無事のようだ。


 よかった……助けられて……


 俺の意識はそこで途絶えた。

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