第397話 無力な勇者 その1

 大地が揺れる、世界が震える。

 大地が抉れ、地面が捲れる上がって、山が削れる。


「煌炎」


 出現した巨大な火球から感じる、全身が震え上がるほどの力の波動。


「アレは……まずい」


 生存本能から殆ど無意識に言葉が口を衝く。

 火球が放つ圧倒的な熱量によって空気が渇いて、吸い込んだ暑く、熱く熱せられた空気が肺を焼くように呼吸がしづらい。


「爆ぜろ」


 魔神レフィーが淡々と呟いた瞬間。

 女神アナスタシア様が放った白く光り輝く巨大な槍が消滅し、大地から炎が上がって世界が赤く染まる。


 ジリジリと茹だるような熱が肌を焼く。

 たとえ一瞬でも気を抜けば……一瞬でも全身に巡らせた魔力を解いたら確実に焼け死ぬと嫌でも理解できる。


「私は世界の主神!

 もう一度言います、あまり私をナメないでください」


 膨大なエネルギーを放つアナスタシア様が魔神レフィーが創り出したこの炎の空間にあっても柔らかな微笑みを浮かべる。


「自ら創り出した灼熱の世界に、その身を焼かれなさい」


 罪人に罪を告げるかのようにアナスタシア様がそう告げた瞬間。

 直撃すれば魔力を全身に纏っていようが、例え結界を展開して防御しようとも関係なく消し炭になる炎が地面から噴き上がり、空気が燃え上がって一斉に魔神レフィーへと襲い掛かり……


「凍りつけ……白銀世界シルバー


 一瞬で身を焼くような灼熱の炎の空間が白く染まった。

 魔神へと迫っていた炎が、燃え盛っていた大地が、灼熱の世界が一瞬にして凍り付き。

 身を凍て付かせる極寒の世界へと変貌する。



 パチンッ!



 感情を見せない表情で。

 全てを見下すような、この極寒の世界を思わせるような冷たい視線で魔神レフィーが軽く指を打ち鳴らすと同時に凍り付いていた炎が砕け散って空中へと霧散する。


 静寂が舞い降りる中、空中を舞う氷の結晶がキラキラと光り輝き美しい光景をつくりだす。

 戦闘中に似つかわしくない光景に思わず今の状況を忘れて見入り……


「ふふ……滅球」


 静寂を破る魔神レフィーの声によって現実に引き戻される。


「さぁ、踊れ!」


 正確な数は把握できないが、白い光の球体が何とか目で追える程の速度で縦横無尽に舞ってアナスタシア様を翻弄する。


「あはははははっ!!」


 何も無いかのように結界を貫いた球体がアナスタシア様の腕を消し飛ばし。

 アナスタシア様が息を呑んで、魔神レフィーが心底楽しげな笑い声が鳴り響く。


 アナスタシア様の腕が消し飛んでは瞬時に回復してまた消し飛ぶ。

 私達から見ても常軌を脱した光景。

 もし仮にあの場にいるのが私だったら……


「っ……」


 恐らく何もできずに嬲り殺されるだけだろう。

 目の前で繰り広げられている戦闘は、アナスタシア様と魔神レフィーの戦闘はレベルが……次元が違い過ぎる。

 私は……何も、こうして手を握りしめて、ただ見ている事しか……


「あっ!」


 隣にいるリナの声を受けて無意識に俯いていた視線を咄嗟に前に戻す。

 足を失いバランスを崩してアナスタシアへと一斉に無数の球体が襲い掛かり……アナスタシア様の姿が掻き消える。



 ガギィッン!!



 鈍い音が鳴り響き、さっきまでは持っていなかった神聖な力を放つ剣を持つアナスタシアが地面へと叩きつけられる。


「ふふっ」


 魔神レフィーが僅かに口角を上げると同時に球体がアナスタシアへと襲い掛かり、再び鈍い音を鳴らしながらアナスタシア様が剣で弾く。


 なるほど。

 さっきの音は魔神の背後に転移したアナスタシア様が剣で球体を弾いた音。

 それでアナスタシア様は地面に叩きつけられたわけか……


「圧縮」



 パァッ────!!



「っ!?」


 魔神レフィーが手を握り締めると同時に視界が真っ白に染まる。


「これは……」


 私達の周りに展開されているのはアナスタシア様の結界? 気配で魔神とアナスタシア様のいる場所はわかるが、一体何が起こって……


「吹っ飛べ!」


「っ!!」


 徐々に光が収まると同時にアナスタシア様の背後に現れた魔神レフィーによってアナスタシア様が蹴り飛ばされる。

 爆発のような轟音が鳴り響き凄まじい速度で吹っ飛んだアナスタシアが遥後方の山肌に衝突し、山肌が割れて砕け散る。


「降り注げ、白滅光の雨ホーリー・レイン


 凄まじい振動が地面を揺らし、山に白い光の雨が降り注ぐ。


「あはっはっはっは!!」


 轟音が鳴り響いて、山が1つ崩落して行き……


「消し炭にしてやる」


「「「「「「っ!!」」」」」」


 そう淡々と魔神レフィーが呟いた瞬間、押しつぶされるような重圧プレッシャーに全身の毛が粟立つ。

 全身から冷たい汗が吹き出す。


 身体が固まったかのように一歩たりとも動く事ができず、本能が一瞬たりとも魔神レフィーから目を離すなと警鐘を鳴らす。

 瞬きも呼吸さえもできずに立ち尽くす私達の視線の先で、魔神レフィーがスッと瓦礫と化した山へ手を翳し……


幼魔神竜ノ咆哮デヴィルノヴァ!!」


 世界から音が消滅したかのように静まり返り。

 視界が、世界が……黒く染まった。

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