第309話 絶望と希望
なんでこんな事になったんだろうか?
いつもなら活気に満ち溢れた大通りは今は誰一人として声を発する事なくシーンと静まり返り。
全員が唖然と漆黒に染まった頭上を、空に映し出される映像を見上げる。
第一王子殿下が自らのご両親である両陛下や、やんごとなき身分の方々を罪人だと糾弾し。
さらには両陛下の退位を迫って、敵対する事を宣言。
それだけでも世間を揺るがす一大事だ。
第一王子殿下と婚約者であらせられるヘルヴィール公爵令嬢が六英雄である両陛下を圧倒した事もそうだが……
「うそ、だろ……」
突然、王城の天井に穴を開けて姿を現した悪魔の王。
自らを魔王が一角である魔神、悪魔王国の女王だと名乗った存在が仮面を外して露にされたその素顔。
身につけていたローブを落としながら広げられた神々しい純白の翼とその完成された美貌に押し黙って成り行きを見守っていた人々から感嘆と響めきの声が上がる。
だが、本当に重要なのはそんな事じゃない。
「あの顔は……」
脳裏に甦る6年前に大罪人として公開処刑された人物。
騎士となる前、かつて子爵家の次男だった俺には決して手を触れる事すら許されない存在。
公爵家の御令嬢にして当時の第一王子、王太子であった陛下の婚約者。
地下牢に繋がれて、怯えた顔をする雲の上の人だった女性を凌辱した記憶……
『アルタイル王国と、六英雄を主柱とする連合国全てに対し……六魔王が一柱、悪魔王国が女王、魔神レフィーの名に於いて宣戦布告する』
思わず聞き入ってしまいそうになる、鈴を転がすような可憐な声で。
しかし、何の感情も覗かせない淡々とした口調で告げられた言葉に。
世界そのものを揺るがすような地鳴りに意識を現実に引き戻される。
『さぁ! 恐怖しろ、泣き叫べ、絶望しろ。
自らの犯した罪の深さを思い知れ!』
天を衝くような漆黒の膨大な魔力が迸り。
淡々と、しかし確かな怒りと憎悪を宿し、僅かに楽しそうに口角を上げた魔神を中心に黒い衝撃波が推し広がって数瞬の内に王都中を駆け巡る。
第一王子殿下とヘルヴィール公爵令嬢、2人を背後に引き連れて魔神が軽く純白の翼をはためかせてフワリと軽やかに空中に舞い上がる。
『そして……ふふっ、せいぜい抗って私を楽しませろ』
そう告げた瞬間、魔神達3名の姿が掻き消え……
「っ……!」
このこの超大国アルタイル王国の象徴。
王都ペイディオの中心に聳え立つ美しい白亜の城が……轟音を立てながら崩壊を始める。
あまりの光景に誰もが唖然と静まり返って固唾を飲み込み……
ドゴォォォオッ!!!
崩壊した城が地面に当たって砕け散る地面を揺らす轟音に、飛び散る瓦礫と舞い上がる土煙に。
唖然と夢見心地でその光景を眺めていた人々が、これは現実なのだと嫌が応にも理解させられ……
パニックに陥った人々の悲鳴が。
子供の泣き叫ぶ声が。
我先にと逃げようとして怒鳴り散らす怒号が、至る所で巻き起こる。
「お、おい! ヤバいぞ!!
これは俺達じゃあ収拾がつけられない! と言うか、陛下達はご無事なのかっ!?」
「っ!!」
そ、そうだ。
城には陛下達が、会議を行っていたこの国の重鎮の方々がいらした。
いかに六英雄たる陛下達だとしても、あの城の崩壊に巻き込まれれば……
「そん、な……」
「おい! 座り込んでる場合じゃないぞ!!
このままじゃ、暴動がっ!」
六英雄の筆頭にして人類最強であらせられる陛下が、両陛下がもしお亡くなりになんて事になったら……
いや、そもそも敵は両陛下を圧倒した第一王子殿下とヘルヴィール公爵令嬢を従える存在、そんな化け物に勝てるわけが無い。
「終わりだ……」
「っ!」
「クソッ、どうしてこんな事に……」
『全部お前達のせい』
「っ!」
もしあの時。
6年前にあんな事をしていなかったら……裏の事情を多少でも知っている貴族の中では当時の件に疑問を持っていた者は大勢いた。
もしあの時、彼女を……
「すまない……」
「はっ!? 急に何を……」
「俺達のせいだ」
そうだ。
平民から自身の実力と努力で騎士になったコイツは何も悪くない。
それなのに俺達が愚かな過ちを犯したせいで……
「鎮まりなさい」
決して大きくは無い。
しかし、透き通るような凛とした声が大混乱に陥り騒然とする鳴り響く。
「ぇ……」
それは誰が零した声だろうか?
さっきまでの騒然が嘘のように、一瞬にして静まり返る。
恐怖の感情が、絶望が不思議と消えた……
「あれは、一体……」
「安心しなさい、地上の人々よ」
「貴方達の王。
勇者ノアールは勿論、他の方達も無事です」
いつの間にか天を覆っていた漆黒が晴れている?
それにあの巨大な魔法陣は……いや、それよりもさっきの魔神と同じような純白の翼を広げる者達は一体……
「我等はこの世界の主神である女神アナスタシア様に仕えし者」
「我ら5翼の熾天を始めとする天使。
微力ながら魔神レフィーを討ち滅ぼすため、貴方達に力をお貸ししましょう」
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