第174話 魔王

「うぅ……気持ち悪い。

 頭痛い、死ぬぅ……」


「はぁ、だからご忠告致しましたのに。

 自業自得ですよ」


 酷い! 仕える主人がこんなにも目の前で苦しんでるのに!!


「あぁ、頭が割れるぅ!」


 ガンガン! ガンガンッ! って内部から鈍器が殴られてるような凄まじい頭痛。

 内臓がぐちゃぐちゃになったかのような不快感と気分の悪さ。


「うぅ……気持ち悪い〜」


 た、確かに昨日はめっちゃ気分良くお酒を飲んだよ?

 酒豪を自称するガルドが両手を上げて負けを認める程には飲んで飲んで、勇者共の慌てふためく滑稽で無様な姿を覗き見しながら飲みまくった。


 とは言えこの私が! 大陸統一国家、 悪魔王国ナイトメアを統べる女王にして原初の悪魔。

 今や自他共に認める魔王様であるこの私が! ま、まさか本当に二日酔いに苦しむ事になるなんてぇっ!!


「うぅ、シルヴィア〜」


「ッ! し、仕方ありませんね。

 とりあえず、お部屋のベッドまでお運び致します」


「ん、ありがと……」


 記憶が曖昧だからハッキリとはわからないけど。

 この状況を見るに、昨日は結局お酒を飲んでそのままミーシャにもたれて、もふもふ尻尾を毛布にして寝落ちしちゃってたみたいだからなー。


 ベッドで寝直そうにも、この状態じゃあベッドまでなんて地平線の彼方に等しい。

 絶対に辿り着けるわけがない……けど! シルヴィアに運んで貰えるなら話は別!

 あぁ、我が愛しのベッド様! レフィーは今行きます!!


「ん!」


「ッ!?」


 な、何? 突然どうしたの?

 抱っこして運んでくれるって言うから辛い身体に鞭打って両腕を持ち上げたんだけど……


 もしかして抱っこじゃなかったのかな?

 シルヴィアとミーシャ、あと最近ではリリィーもいつもは私の身長がひ、低……低いからって何かと抱っこしてくるから、てっきり今回も抱っこだと思ったんだけど……


「し、失礼いたします」


 あっ、やっぱり抱っこするのね。

 まぁいつもはちょっと……かなり恥ずかしいから抱っこされるのは好きじゃ無いけど。

 いやまぁ、抱っこされる事自体は楽だし結構気に入ってるけども! 何たって楽ちんだし!


『あはは、自分自身に対して必死に言い訳するとか、悪魔ちゃんはやっぱりツンデレさんだね』


 ツ、ツンっ!? う、うるさいわ!!

 とにかく! ふっ、今ならば好きなだけ私の事を抱っこさせてやろう!!

 さぁ! いざ行け、我が私のベッド様へ!


「ふふふ、本当にレフィーお嬢様は甘えん坊さんですね」


 むっ! シルヴィアまで……本来なら完璧な理論武装で私がツンデレとか甘えん坊とかじゃ無いって論破してやるところだけど。


「ふん……」


 さ、流石に今はムリ。

 顔を背けるのが限界だわ。

 これ以上下手にヒートアップして無理に喋れば……淑女に、と言うか乙女にあるまじき醜態を晒してしまう事になりかねない!!


 いつもなら宣戦布告と受け取る、この主張の凄まじい脂肪の塊も今なら許せる。

 と言うかむしろこの状況下では心地良くすらある。


 この弾力に、包み込むような柔らかさ。

 無駄に大き過ぎず、かと言って一般的なサイズよりは大きくてハリもあって形も良い。

 流石は程よい巨乳! 流石はシルヴィアのおっぱい!! 我が宿敵の一角なだけはある。


『しかし、昨日の勇者くん達の動揺具合は凄かったね』


 本当にな!! まぁ、いきなり私以外にも魔王を名乗る存在が現れたわけだし。

 あのクズ共が取り乱すのも当然だろうけど!


 ふっふっふ〜ん! そして、その状況を作り出したのは何を隠そうこの私!

 つまり、勇者達をあそこまで取り乱させて混乱の底に叩き落としてやったのはこの私なのだ!!

 まぁ、5人も魔王を名乗るとは流石に思ってなかったけど。


『昨日アランくんも言ってたけど〝我こそは魔王に相応しい強者だと自負する者は魔王を名乗れ〟だったかな?』


 その通り!

 尤も、魔王を僭称したヤツらが本当に魔王たるに相応しい強者かは知らないけど。


 私がアーク達を前に魔王を名乗ったあの時。

 〝魔王〟と言う称号をシステムとしてこの世界自体に付与してやったのだ!


 つまり! この私がこの世界の仕組みを作り替えてやったのだよ!!

 ふふふ〜! これぞ真なる魔王の所業! 原初の悪魔にして超越者たる神である魔神の御技っ!!


 これまでの魔王と言う存在。

 旧魔王は、いわば神によって作られた定期的に、正確には300年ごとに人類を程よく間引いて世界に魔素エネルギーを還元するための装置だったわけだ。


 だがしかし! これからは違う。

 魔王とは、強者だとシステムに! 世界に認められた者に贈られる称号!!


 魔王と呼ぶに相応しい強者の領域へと至ったのだと言う証なのだ!

 そしてっ! 魔王の称号を得る事を私は〝覚醒〟と名付けたっ!!


『覚醒ね……まぁ、何となく予想はできるけど、それはまた何で?』


 ふっ、当然カッコいいからに決まってるじゃん!

 アーク達のまさに物語の主人公って感じのテンプレシーンから、覚醒のインスピレーションを受けたのだよ。


 そして魔王の称号を得るための獲得条件はただ1つ!

 それは魔王たるに相応しい強者へと至る事。


『それはどうやって見極めるのかな?』


 ふっふっふ、何のための魔王システムを構築して世界に付与した思っている?

 システムのカウントで、獲得した累計魔素経験値が規定値に達すると自動的に魔王の称号を獲得できるようになっているのだよ!!


『魔素経験値? 何それ?』


 ふっ、仮にも神のくせにそんな事も知らないのか。

 良く聞け! 魔素経験値とは、戦闘において敵を殺した際に敵の魂から獲得する魔素エネルギーの事だ!!


『初めて聞いたんだけど』


 当たり前じゃん。

 だって私が今考えたもん。


『キミねぇ……』


 まぁ、話を戻すけど。

 一般的な人間1人当たりから獲得できる魔素経験値を100として計算して、魔王の称号を得るのに必要な魔素経験値の規定値はジャスト100万!!


 つまり、一般的な人間1万人相当の魔素経験値が必要となるわけだけど。

 だからと言って、ただ1万人を殺せば良いってわけじゃない。


 なにせこの世界では敵を殺した際に獲得できる魂から獲得できる魔素……経験値は全体の僅か1割程度。

 残りの9割は魂を経験値として変換する際に消失するからな。


 一般人を殺しても実際に手にできる魔素経験値はたったの10だけ。

 100万の規定値を満たそうと思えば……


『単純計算で約10万人ほどを殺戮する必要があるって事か……それはまた随分と難易度が高いね』


 そっ! まぁ確かに一般人が相手ならなら単純計算で約10万人を殺戮しないとダメなわけだけど。

 当然、獲得できる魔素経験値はその相手によって大きく変わる。


 一般人よりも強い兵士や冒険者とかなら10万人も殺戮しなくても規定値に達するだろうし。

 逆に一般人よりも弱い子供とかだったら元の魔素経験値が100に満たないから、それ以上に殺さないと規定値には達しない。


 それに、別に人間から獲得しないとダメなわけでも無い。

 大事なのは人間1万人相当、規定値にして100万の魔素経験値を獲得する必要があるって事だからな!

 例えば、同じ人間でも私が1週間前に始末した……


『いや、せめて名前くらい覚えてあげようよ。

 双極のラモールくんでしょ』


 そう! あのラモールとか言うSランク冒険者と同等の実力を持つ人間なら多分数千人も殺せば規定値に達するし。

 最強種と呼ばれる竜種ドラゴンなら、下位のドラゴンでも500匹も殺せば事足りるのだ!!


 ちなみに一番手っ取り早くてオススメなのは、私が悪魔に転生して最初のご飯になったエルダーリッチだけど。

 あの懐かしき骸骨をはじめとする神話級の魔物達。

 神話級の存在を狩れば、流石に多分単体でも規定値に達するから楽で良いと思う。


『……』


 まっ、そんなわけで魔王に覚醒するのはかなりの高難易度と言えるだろうけど……絶対に不可能って程でも無い。

 それにだ! 何たって魔王だし、このくらいできて当然だわ!!


『当然って……』


 それに、ぶっちゃけ悪魔王国……終焉の大地ではそこまで難しい事じゃない。

 魔国の国民である魔人以外にも知性の無い神話級の魔物達も普通に跋扈してるし。


 実際、私は当然として眷属であるシルヴィア達。

 私付きのメイドであるセシリア、リーナ、ミーナの親娘も、私が世界に魔王システムを付与した瞬間に魔王の称号を獲得したらしいし。


『それはまぁ、そうだろうね』


 とは言えだ、別に魔王の称号を本当は獲得して無くても、魔王を名乗る事はできるし。

 今回、魔王を僭称した5人が覚醒していようが、して無かろうがどっちでも良いんだけど。


 とにかく! 世界自体に魔王システムを付与して、世界の仕組みを作り替えるとか私って凄くない!?

 いやぁ、我ながらヤバイと思うわ! ふふんっ! 流石は私!!


「さてと、得意げで大変お可愛らしいレフィーお嬢様をもっと見ていたいのは山々ですが……お着替えが済みましたよ」


 今は寝室にあるソファーに座らされて服を着替えさせられてたわけだけど。

 例え目と鼻の先にベッドがあっても、この距離だろうと今は歩けない! 歩きたくない!!


「ん! 抱っこ」


「っ!? か、かしこまりました」


 よし! ベッドに到着!!


「お休みなさいませ、レフィーお嬢様」


「ん、お休み……」


 まぁ、ぐっすりと惰眠を貪って体調が良くなったら魔王を名乗った連中を集めて魔王会議でも開くとして……今一つだけ断言できる!

 もう二度とお酒は飲まないっ!!

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