第163話 舞い降りた……

「愚かで卑劣な悪魔の王よ! 私はフラン帝国が皇帝、アルフレッド・ガロン・フランである!!」


 フラン帝国、グローリー王国、アウストロ皇国による3カ国連合軍。

 約20万にも及ぶ大軍勢を背に率いて、黒い体毛の軍馬に跨ったフラン帝アルフレッドが戦場全体に響き渡るように拡声魔法を用いながら口上を述べる。


「何やってんだあの王様は……バカじゃねぇのか?」


 腰に一振りの剣を持ち、動きを妨げない程度の防具に身を包んだ青年。

 3カ国連合軍の一角。

 前線にて開戦の時を待っていた青年は、声高に口上を述べるアルフレッドに苦笑いを浮かべる。


「バカは貴方よ、アーク。

 あの人はフラン帝国の皇帝、王様じゃ無いからね?」


「アークがバカなのはいつもの事。

 ターニャも一々気にしてたらキリがないよ?」


 ローブに身を包み、背丈ほどもある杖を持ちながら腕を組むターニャが呆れたようにため息を吐き。

 苦笑いを浮かべながら大盾を背負った大柄な男が肩をすくめる。


「はぁ、それもそうね。

 マイクの言う通りだわ」


「おいおい、お前らな……俺の事を何だと思ってんだよ?」


「ターニャとマイクの言う通りバカだよね? マナ」


「うん、そうだねアナ。

 アークはリーダーだけどバカだよね」


 肩口で揃えられたミディアムの金髪を揺らす双子の姉妹。

 レイピアを腰に吊す姉のアナと、弓矢を携えた妹マナの2人が顔を見合わせ、笑みを浮かべながらアークへと向き直る。


「お、お前らまで……」


「ふふ、さてとアークを揶揄って冗談を言うのはこれくらいにして。

 皆んな、あの敵の数どう思う?」


 ターニャの言葉に肩を落としていたアークが、スッと瞳に真剣な光を宿して顔を上げ。

 揶揄うような笑みを浮かべていたマイク、アナ、マナの3人も真剣な面持ちで前方に視線を向ける。


 スキルによって強化された視力で、草原の反対側に布陣した敵の軍勢を。

 小高い丘の上に建てられた立派なテントを静かに、見極めるように見つめ……


「油断はできないな」


 アークの言葉に全員が頷く。


「見たところ数は1000程度、対するこっちは約20万。

 数では比べ物にならない程に勝ってはいるが」


「敵1000の内、100程は悪魔……ね」


「国が滅んでもおかしくない戦力だね」


「流石は悪魔の王が支配する魔国だね」


 悪魔とは危険度Aランクに位置付けられ、最低でもBランク冒険者級の実力が無ければ勝負にもならない程に強大な存在。


 そんな悪魔が100体。

 悪魔が率いるその他の者達は別として、それだけで凄まじい戦力を誇る脅威と言えるが……彼らの顔に焦りの色は浮かばない。


「でも、思っていた程じゃない。

 こっちにはBランク級の実力者が数百人はいるし、Aランク級も十数名、それに加えてSランク冒険者も一人参加してる。

 確かに油断はできない相手だけど……結果は見えてるな」


「まぁ、いくら悪魔でもこの短時間で他大陸から連れて来れる戦力はアレが限界だったって事だな」


「ガスター先生があんな事を言うからちょっと不安だったけど……」


 アナの言葉を受けて思い出すは、冒険者として様々な事を教えてくれる偉大な英雄。

 この5人の先生……師匠でもあるガスターの先日の姿。


 いつも絶対的な自信を感じさせる笑みを浮かべ、それを裏付ける圧倒的な実力を誇るガスターが初めて見せたいつもの余裕が無い姿。


 いつもなら行ってこい! と。

 俺の弟子なんだから活躍しろよ! と、送り出してくれるガスターが、今回の戦争に参加すると報告した時に言った言葉が……

『死ぬぞ』と静かに、それでいて恐ろしく真剣な目で告げられた言葉が全員の脳裏を過ぎる。


「ガスター先生が何をあんなに心配していたのかはわからないけど、杞憂だったみたいだね」


「マナ、油断は禁物よ。

 確かにこの戦争の結果は目に見えてる……でも、何か嫌な予感がするの」


 ターニャの言葉に緩みそうになっていた5人の空気が引き締まる。


「さっきから鳥肌が止まらないわ」


「っ、それ程か……わかった、ターニャの直感スキルはバカにできないからな。

 しばらくは本格的な戦闘は避けて敵の出方を見る、皆んなもそれでいいか?」


 アークの言葉に他の4人が頷きを返した直後。


「これは我ら人類による悪しき悪魔共を殲滅する聖戦である!!

 皆の者! 卑劣な悪魔共を殲滅せよっ!!」


 フラン帝アルフレッドの言葉を受けて、地面を揺らす程の声が沸き起こる。


「ターニャ」


「了解!」



 コンッ!



 ターニャが杖で地面を叩くと同時に彼女の背後に巨大な魔法が浮かび上がり、それを見た周囲から響めきがあがる。


「さ、流石はパーティーメンバー5人全員がSランク昇格間近って言われている星屑の剣!」


「スゲェぞ! ぶちかませっ!!」


 周囲からの声を受け、ターニャがニヤリと笑みを浮かべて言い放つ。


「私達は星屑の剣! この程度当然よ!!」


 パーティーリーダーである魔剣士アーク。

 壁役の大楯使いであるマイク。

 単純な剣の技量ならアークを上回るレイピア使いアナ。

 パーディーメンバーに補助魔法もかけて補佐する魔弓使いマナ。

 そして……


「さぁ!」


 高位の広域殲滅魔法をも使いこなす魔導士ターニャ。


「くらいなさい!!」


 カァッ! っと、巨大な魔法陣が眩く光り輝き……


「えっ……」


 草原を。

 戦場全体を一瞬で駆け巡った膨大な魔力によってターニャが発動しようとしていた広域殲滅魔法の魔法陣が……


 至る所で大魔法を放とうと浮かび上がっていた全ての魔法陣が砕け散り、魔法を放とうとしていた全員の魔法が強制的にキャンセルされる。


「うそ、でしょ……」


 唖然と言葉を漏らすターニャの……20万の大軍勢の視線の先……


「ドラゴン……」


 悪魔の軍勢の前に、先程の魔力の発生源が。

 美しい鱗に、柔らかそうな毛を靡かせる、純白のドラゴンが舞い降りた。

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