初仕事(3)
一週間後の朝。俺が目を覚ますと、カラスの鳴き声がした。
それも、今まで散々聞いたことのあるカラスの声だった。
「…まさか。」
俺が家の扉を開けると、山のカラス達が俺を追って街まで来ていた。
「…来たのか。お前ら。」
「カアァー!」
俺はカラスを撫でた。
「…山の方が生きやすいだろ。戻ってもいいんだぞ?」
「カアァ!」
カラス達は家の庭に収まっていた。
「…帰る気はないか。」
「カアァー!」
「何か食べるものが欲しいだろう?ちょっと待ってろ。」
俺は家の中に入り、魚の頭を持ってきた。
「こんなものしか無いが、いいか?」
「カアァー!」
そう言うと、カラスは魚の頭に群がった。
「…何か他にいい食べ物を見つけないとな…。」
「…へー。それが心を開いている相手への口調ですかー。」
庭の外から誰かの声が聞こえた。
(…この声と気配は…。)
「…何ですか。姫様。」
姫様が塀の上からひょっこり顔を出して俺を覗きこんでいた。
「…私が直々にお迎えに来ましたよー。」
「…護衛の方は。」
「いません。」
(…とすると俺が護衛をしないといけないのか…。)
俺は一つ溜め息をついた。
「…とにかく、俺は今から朝食を食べるので、姫様は家の中に入ってください。」
「えー?わざわざ朝早くから来たのにー…。」
「…姫様。朝早くって、今4時半ですよ。姫様は農家ですか。」
「待ちきれなかったんですぅー!ワクワクして早く目が覚めたんですぅー!」
「…とにかく、今から朝食を作ります。」
「じゃあ紅茶をお願いします。」
「ないです。水で我慢してください。」
「えぇー…。」
俺と姫様は朝食を済ませ、いい時間になると城に赴いた。
城には続々と人が集まっていた。
「…!」
俺はその集団の中に、俺が作った薙刀を持ったリンさんを見つけた。
「…姫様。すみませんが少し寄り道します。」
「…?はい。」
俺はリンさんに近づいて声をかけた。
「おはようございます。」
「…」
「…リンさん。おはようございます。」
「え…あ!お、おはようございます!」
リンさんは明らかに緊張しているようだった。
「…どうですか。薙刀の使い心地は。」
「はい。大丈夫です。凄く使いやすいです。」
「…少し見せてもらっていいですか。」
「あ…はい。」
俺はリンさんから薙刀を受け取った。
柄や刃を見たが、何処も損傷している様子は無かった。
「…この薙刀を使ったのは素振りだけですか。」
「いえ、少し試し斬りもしました。」
「何回やりましたか。」
「5回程度です。」
「何を斬りましたか。」
「えっと…濡れた布を巻いた木の棒です。審査の時に使われるものと同じものを…。」
「…。」
(それでこの状態か…。力が刃の方向にしっかり向いている証拠だ。見た目は華奢だが、中々の手練れだな。)
「…なるほど。ありがとうございます。」
「いえ。」
俺はリンさんに薙刀を返した。
「強度は問題ありませんね。審査中に壊れることは恐らくないと思います。いつも通りやれば、絶対合格できます。」
「うぅ…頑張ります…。」
「緊張しているようですね。」
「はい…。昔っからどうしても大事なときに緊張しちゃって…。」
「…緊張を解くいい方法がありますよ。」
「教えてください…。」
「簡単です。今感じている恐怖以上の恐怖を思い出せばいいんです。そうすることで、『これ以上の恐怖は起こらない』と思えば、緊張が解けます。」
「…?」
「例えば、化物に殺されかけた時とか思い出せばいいんじゃないですか。」
「…化物に会ったことありません。」
「…親父に殺されかけた時とか。」
「お父さんは優しかったので…。」
「…崖から落ちた時とか。」
「私、平野に住んでたので…。」
「…友達に首を締められた時とか。」
「私、近所では一番力が強かったので…。」
「…そうですか。…頑張ってください。」
「え!ちょっと!諦めないでくださいよ!」
「…あー、えーっと、こうやって話しているだけでも少し緊張が解けたんじゃないですか。」
「…あ、確かに…。」
「…まあ、そういうことです。」
「今、絶対思い付きで言いましたよね?」
「いえ。違います。」
「…そうですよね?」
「違います。」
「…。」
すると、姫様が腕を組んでやって来た。
「あのー!そろそろ行かないと、私も仕事があるんですけどー!」
「今行きます。…では。合格を祈ってます。」
「あ…どうも…。」
俺は姫様と一緒に会場に向かった。
「シモンー。連れてきましたよー。」
「…!!!姫様!」
「え?な、何ですか?そんな食いぎみに…。」
シモンさんは走ってこっちにやって来ると、姫様の手首を掴んだ。
「『何ですか?』じゃありませんよ!何処に出掛けていらっしゃったんですか!」
「えぇ…?ただプカクを迎えに行っただけですけど…。」
「そうだとしても、護衛の者をつけるなり、せめて声の一つでもかけてください!」
「そんなに怒らなくても…。」
「このパターンで何度姫様が危険に晒されたと思っているんですか!城の中は朝から大騒ぎだったんですよ!」
「はいはい…すみませんすみません…。」
「また聞き流していらっしゃる!ちゃんと反省してください!」
「はーい。ちゃんと反省してまーす。」
「…まあ、今回はそれで許してあげます。次から気をつけてください。…それで?何故プカクを迎えに行かれたんですか?」
「だってぇ~。待ちきれなかったんですもん~。」
「…はぁ。」
「あー!溜め息つきましたねー!極刑ですよ!極刑!」
「いや姫様…。少なくとも迎えは姫様の仕事じゃなくて下っ端の仕事ですよ…。この前品格がどうだとか言ってたのは何だったんですか?」
「うっ…。…あ!そうです!城までの道が分からないかもと思ったんです!」
「この前思いっきりプカクを城に呼び出してたじゃないですか…。」
「そんな前のこと覚えてなかったでーす。」
「いや、二週間前のことですよ…。それにもし本当に覚えてなかったとしても、下っ端の仕事に変わりはないです…。」
「もうその話はいいでしょう?それよりプカクです。プカクに指示を出してあげてください。」
「はぁ…。…プカクは一般の受験生と一緒の場所に行って、周りと同じようにすればいい。くれぐれも手を抜きすぎるなよ。数合わせがばれる。」
「分かりました。」
俺は審査会場に入った。
「受付はこちらでーす。」
俺は人が流れる方向に動いた。
暫くして、俺は受付についた。
「はーい。名前と住所をお願いします。」
「ノンノ村のプカクです。」
「ノンノ村のプカク…?…今住んでいる住所で間違いないですか?」
「あ…えーっと…今は城の側の家に…。」
「住所お願いできますか?」
「えー…っと…。」
(…まずい。覚えてない。)
すると、他の役員がその役員に言った。
「おい。そいつ、例の数合わせだよ。」
「例の…?…あー!はいはい!オッケーオッケー!じゃ、これだ。」
役員は手元の名簿に丸をつけた。
「はい!じゃあ、これを服の何処かにつけておいてねー。見えるところでお願い!」
「分かりました。」
俺は『05』と書かれた布とピンを渡された。
(…結構番号若いな…。)
「…あの、この後はどうすればいいですか。」
「えーっとね、1時間後くらいに開会式があるから、それまでは会場でウォーミングアップするなり、会場の外を走るなりしてくれたらいいよ。」
「分かりました。」
俺は刀を持って会場に入った。
会場の中は既に人でいっぱいで、狭いスペースで刀を振ったり、弓を引いていた。
「…外に出るか。」
外は比較的人が少なく、十分なスペースがあった。
(…といっても、俺はウォーミングアップはしないんだが。)
俺は周りの人を観察することにした。
(…おぉ…やはり全員振りがいい…。一部そうでもないのもいるが…やはり高レベルだな…。)
と、見ていると、またリンさんを見つけた。
どうやら薙刀を持ったはいいものの、ウォーミングアップする相手がいないので、少しオドオドしながら素振りしていた。
暇なので手伝おうと思い、声をかけた。
「どうも。もう受付は済ませましたか。」
「…。」
(…緊張してるな…。)
俺は刀を構え、リンさんに気迫を送った。
「…!!!」
すると、リンさんはこちらに気付いて構えた。
「…優秀ですね。もう受付は済ませましたか。」
「…あ、プカクさんでしたか…。受付は済ませました。…あの、何かご用ですか?」
「いえ。ただ、もし練習相手に困っているなら一緒にどうかと思いまして。」
「一緒に…?」
「はい。俺もこの審査を受けるので。」
「え!」
「…どうかしましたか。」
「いや、だって…。プカクさんは鍛冶屋じゃないんですか?」
「鍛冶屋です。」
「じゃあ何でこの審査会を受けるんですか?」
「…。」
(…正直に数合わせとも言えないな…。)
「…刀というのは、使って初めてその良さが分かりますよね。」
「そうですね。」
「逆に言えば、刀鍛冶は刀を使えなければその良し悪しも分からないわけです。」
「…なるほど。」
「つまり、これは刀鍛冶の修行の一つというわけです。」
「…嘘ですよね?」
「本当です。」
「…刀鍛冶ってそんなに大変な仕事だったんだ…。」
「はい。なので、この審査会でも刀鍛冶は多いはずです。」
「そうなんですか!?」
「あそこにいる人とかも多分そうですよ。中には、刀鍛冶から騎士団長に上り詰めた人もいたとか。」
「…私、知らなかったです…。」
(…まずい。ほらを吹きすぎた。)
「…まあ、そういうことなので。…ウォーミングアップ手伝いましょうか。」
「え…あ、はい!お願いします!」
俺達はウォーミングアップを始めた。
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