第16話「露悪的な悪意」
玄関を見てみると、二人の男女が立っている。
男性の方は薄緑の髪色をしたツーブロックであり、農作業用の服を崩して着ている。体を動かす機会が多いのか、がっしりとした体格をしている。
獰猛な目付きと人相の悪い顔立ち、顎髭を蓄えて軽薄そうな笑みを浮かべる姿からは、とても友好的には見えない。
髭の無い場所には傷と小皺が目立ち、年齢的には中年といったところであろうか。
女性の方も農作業用の服をきている。男性とそっくりな薄緑の髪色に、背骨の中心である胸椎辺りまで伸びた長髪が特徴的である。
獰猛な目付きで唇を歪め薄ら笑いを浮かべている姿からは、男性同様に友好的とは思えない。
露出した部分からのぞく白い肌は、若さを感じることができる。服装から推察するに外仕事をしているはずなので、日焼けしていないことに違和感を抱く。
「フランチェスコ! ファビオラ!」
ベルティーナが叫ぶ。
恐らく男性はフランチェスコで、女性はファビオラであろう。叫んだ当人は体が震え出しており、どうやら恐怖を抱いているようである。
突然の事態にボニートは体が硬直している。
「噂を聞いて来てみりゃ、いつ見ても貧相な家だな」
フランチェスコは言うなり玄関の床に向かって唾を吐き捨てる。ベルティーナが急いで玄関に駆け寄り唾が付着した床を拭き取ろうと屈む。
屈んだ瞬間、隣にいるファビオラが足を上げてベルティーナの後頭部を足裏で踏みつける。
「あぁっ……」
「みっともない女」
ベルティーナは痛みに悶えながら、うめき声を上げる。
女の方は冷めた声で吐き捨てると、踏みつけている足にそのまま力を入れる。床と顔が軋む音が屋内に響く。
「ファビオラ様、旅人様がいらっしゃる前でそのような行為はさすがに……」
「ああ!? うるせえな。新米の案内人風情が俺に指図するな。俺らはな、勝者なんだよ」
「レベッカ、私らに文句でもあんの? 無駄に顔だけ良くて仕事はできないくせに。メノッティ家に泊めるセンスなんて、案内人失格だと思うんだけど」
「それは……」
レベッカの警告を聞き入れることはなく、両者ともに悪態をつく。
本当の理由を話せないレベッカにとって、ファビオラの文句については言葉を濁らせるしかない。
「俺は別に構わない。好きに蹴るなり何なりしてくれ。ただ目の前でやるのは目障りだから、ベルティーナだけ外へ連れて続きをやってくれ」
「いえ、私の妻だけ傷付くというのは……」
イブキは表情や雰囲気を変えることなく、腕を組みながら悪魔のような提案と質問をする。
ボニートを一人きりにするためとは言え、幾らなんでもそれは酷すぎるだろ。
「だったら何で顔を踏まれる前に止めない? 何故踏まれてからすぐ反応しない? 今すぐ愛する妻を解放してきたらどうだ?」
「それには色々と事情がありまして……」
対するボニートは苦虫を潰したような顔で、またもや歯切れの悪い回答をする。
それを聞いたフランチェスコは、明るくも卑しい笑みを見せる。
「知らねえのか、旅人様! こいつらはな、負け犬の宿泊人なのさ。旅人様を泊める手前大それたことは言えねえけどよ、俺ら農業人に宿泊人は逆らえねえ。ついでに言えば、旅人様の担当案内人も俺らに指図する権利はねえ」
「成る程、素晴らしい解説だな。それでアンタらの名前は?」
「噂通り、面白れえ旅人様だな! 俺はフランチェスコ・デ・パルマだ。デ・パルマ家の当主で、ロレンツォ様直々に農業人の取締役を務めてるのさ。隣のこいつはファビオラで、俺の長女にあたる娘だ」
「ファビオラ・デ・パルマよ。農業人の取締役の後継者なの」
フランチェスコとファビオラは互いに胸を張って名乗る。特にファビオラの自己紹介からは、たった一文でプライドの高さがうかがい知れる。
一方のレベッカは動じないように装ってはいるが、さすがに苛立ちが漏れ出ており、頬の辺りがピクピクと細かく動いている。
聞いていて思い出したが、あの要領が悪いウンベルトもデ・パルマ家だったな。
この一家は乱入がお家芸か。
「そうか。じゃあ俺としても名前も知れたところだし、この後はどうするつもりだ?」
「旅人様、決まってるだろ。この女を――」
「フランチェスコ、ファビオラ。妻を解放してくれ、頼む。今日は旅人様もいるんだ」
フランチェスコの言葉を遮りボニートは早口で言い切ると、二人の近くに行き何度も土下座をして必死に懇願する。
理解できない汚ならしい何かを見るかのような目付きで、デ・パルマ家の二人はフランチェスコを見下ろす。
「相変わらずつまんねえ野郎だな。なんか今日は冷めちまったな」
「ええ、そうね。私達も忙しいし」
フランチェスコはボニートの態度を見て、どうやら一気に興味を失ったようである。声色もトーンダウンしている。
ファビオラも足を上げ、ベルティーナを解放した。
「じゃあな、また来るぜ。今日のことは次回でたっぷりお礼してもらうからよ。それとレベッカ、こいつらは絶対信用すんなよ。俺達は本性を知ってんだ。何か協力してほしいことがあったら、いつでも言えよ」
唇を歪め嫌味な笑みを浮かべながら、フランチェスコはそう告げて出ていった。
ベルティーナは嘲笑の目付きだけを投げかけ出ていく。
残された面々の対応はそれぞれ異なっていた。
ボニートは二人が去った後も土下座を続けている。果たしていつまでやるつもりなのであろうか。
ベルティーナはすぐさま立ち上がる。唇を噛み締め悔しさを押し殺し、ボニートに土下座を辞めるよう促す。
レベッカも無表情を装うが、上機嫌でないことは明らかである。
唯一イブキはこの状況に好奇心を抱いているのか、興味深そうにメノッティ夫妻を見ている。
「本当に申し訳ございません。見苦しいところをお見せしてしまいました」
ようやく立ち上がったボニートが、額に汗を浮かべながらイブキへと謝罪する。
「いや、別にいい。それよりもデ・パルマ家の人間はよく来るのか?」
「今日はたまたまでして……」
「嘘をつくな。さっきフランチェスコがいつ見ても、と言っていたぞ」
「いや、その……」
ボニートはそこから口だけをパクパクと動かすが、肝心の言葉が出てこない。
見かねたベルティーナが、ため息をつきながら助け船を出すことにした。
「旅人様のご質問通り、数年前から度々来ては嫌がらせをしてきます」
「そうなのか。来るのはデ・パルマ家だけか?」
イブキは特段驚くこともなく、平坦な声で反応する。
レベッカの方は、その事実に少し驚いた様子である。先程のデ・パルマ家への態度を見るにそれは演技ではなく、本当にこの家の実情を知らなかったのであろう。
「正直に言えば、他の村人達も嫌がらせに来ます。それでも、デ・パルマ家が一番執拗です」
「何で来るんだ? メノッティ家はただの宿泊人夫婦だろ」
「それは……通りすがりの旅人様にお話するような内容ではありません」
「ベルティーナ様、イブキ様は興味を示されているようですが」
「レベッカちゃん、いくら祝福を示すとは言っても節度があるわ。人が嫌がらせを受けている話なんて気持ちの良いものじゃないでしょ。それにイブキ様にもご質問いたしますが、これから泊まろうとしている家族の不幸話を嬉々としてお聞きされるような、そんな趣味をされていらっしゃるんですか?」
「そんな趣味はない。失礼した」
ベルティーナの目が更につり上がっており、イブキとレベッカに対して不機嫌さを隠そうともしない。
途中でレベッカが援護をしたが、上手くいかなかった。この場ではこれ以上聞いても答えてくれそうにない。
『クソッ。やはりどこかでボニートを一人きりにしないと駄目だ』
つい心の中で愚痴る。
その後も夕食時や談笑時など様々な場面でメノッティ夫妻を引き剥がそうとするが、成功することはなかった。
焦るまま時間は過ぎ去っていき、解決の糸口も見えぬまま、やがて就寝の時間を迎える。メノッティ夫妻に促されるまま、睡眠を取るふりをする。
このまま眠ることを許されない二人は、目をしっかりと開けながら寝床に入った。
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