第16話「ペンティメント」
作戦通りにアペティートを始末できた私は、上機嫌に森の道を歩いていた。
隣で歩くイブキは考えごとがあるのか、こちらを向くことなく時折額に手を当てている。その様子を見ていると、つい聞きたくなってしまう。
「イブキ、少し意地の悪い質問をしても良いかのう?」
「可能な範囲で」
唇をニヤリと嫌らしく歪めながら質問した私に対して、イブキはそのまま嫌そうに顔をしかめながら答える。
「町へ着いたとき、お主はどのような光景を想像しておるのじゃ?」
「……それは、どういう意味だ?」
ようやくこちらを向くと、更に顔をしかめながら答える。
「そのままの意味じゃよ。ラニエロが処刑されて民が歓喜に湧いている光景なのか、あるいは別の光景が広がっているのかじゃ」
この町の未来を大きく変えたのは、間違いなくイブキである。私の力を行使してはいるが、結果的に力の使い方を決めたのはパートナーである。
自身の復讐のためなのか、アンナとの約束を果たすためになのか、その両方なのか、それとも私も知らない別の目的のためなのか。
残念ながら私は真意を知らない。それでも、実行を決めた以上は何かしらの結末を見ていたはずである。
処刑され、絶命するラニエロ。
絶望をもたらした存在を討ち、狂喜乱舞する民。今日は祭りだとか、朝まで飲むぞとか、景気の良い会話がどこからも聞こえてくる。
それを見て、涙ながらに喜ぶアンナ。
喜怒哀楽のうち、さすがに喜の感情を見せるジェレミア。
私個人としては、そんな光景が目に浮かぶ。
「全く想像ができない。俺はアンナに、復讐するチャンスを作ると約束はした。それだけは裏切るわけにはいかない。しかし、それ以上どうなるかは分からない」
「なんじゃ、連れないのう」
「アンタが言うには、こちらの世界には俺が住んでいた世界とは決定的な違いがある。天使と悪魔だ。片方は知らないが、悪魔の方は少しは理解できたつもりだ」
だから、と言葉を繋いで持論を展開する。
「二つの存在で人間はどうなっていくのか、俺は知りたいだけだ」
町の方向を真っ直ぐ見つめながら話をするイブキを見て、そういうことなのかと、どこかで納得する。
異世界を試している。
その表現が適切なのか定かではないが、彼なりにこの世界でもがきあがこうとしている。
本来であればその心は、の問いに対して答えを盗み見できるのが私という存在なのである。
今はそれができないことが、非常にもどかしい。
変わらず歩き続ける姿を見て、これ以上の問答は不要だと判断した。無言で一歩一歩、道を進んでいく。
途中、アンナ宅に立ち寄ったが、誰もいなかった。ジェレミアは早々に町へ向かってしまったのであろうか。
町に着けば答えは自ずと判明するため、さほど気には留めなかった。
家の中で小休憩を挟む。二つあるベッドにそれぞれ横になる。少しだけ休憩するつもりであったが、ふと隣を見ると、イブキが寝息を立てていた。
起床は早かった。余裕ぶっていても異世界での、それもマジーアを使っての戦闘は初めてである。
確か向こうの世界は比較的平和だから、命を懸けた戦闘はまずしないと聞いた覚えがある。
そうなると、外からは理解のできない疲労が積み重なっていたのかもしれない。
それにしても絶望まみれの男にしては、案外可愛い寝顔をするものだな。少し唇を奪うくらいなら契約履行のためには必要なことで……。
そんな邪念だらけの思考で寝顔を見ていると、次第に苦しそうな顔で呻きはじめた。よく見ると、冷や汗のようなものも吹き出している。
これは不味いのではないか、種族に関係のない本能の警告がそう告げている。
無防備なこの状態であれば、少しは心が読み取れるかもしれない。
本人は嫌がることなので多少の抵抗はあったが、意を決してイブキの額に右手を当てる。起きても看病のためとか言い訳ができる部位である。
目を閉じて、心を読み取ることに集中する。最高なのは感情経験を見ることであるが、そう上手くいかないはずである。
言葉や感情の欠片だけでも読み取れれば御の字である。恐らく悪夢の類であると予想して再度集中する。
暫くそのまま手を当てていると、やがて少しずつ声が聞こえてくるようになった。最初は微かに、次第に性別が分かる音量で。
「……るの?」
疑問系で、るの、だけでは分からない。しかし間違いない、これは女性の声である。イブキの声ではない。
「……するの?」
その声はどんどんハッキリしてくる。
「どうして……するの?」
気になる部分がぼやかされている。是非とも、あともう一声が欲しい。
「どうして、こんなこと、するの?」
聞こえた。
明らかにこちら側を責め立てるような口調で問いかけてくる。しかもそれは一度だけではなく、反芻するかのように何度も聞こえてくる。
そしてここまで聞こえて、もう一つハッキリしたことがある。この声の主は、間違いなくアンナである。
何故だ。現実世界のアンナはこんなことは言いそうにないし、ましてやイブキに感謝こそすれど非難する立場ではないはずである。
それでも彼の心の中は、ずっと責められて苦しんでいる。
どれだけ心を読もうとしても、これ以上の声が漏れてこない。そのせいで手の施しようがないし、どうしてあげたらいいか分からない。
何か、何か、ないのか。
こんな時に役に立つマジーアはない。焦って思考を重ねた結果が、ゆっくり、優しく、慈しむように額を撫でてあげることしかできなかった。
何が理がどうのこうのしている悪魔だ、そこら辺の人間よりも無力じゃないか。
契約して力を与えるはずのパートナーに対して、心の傷一つも癒してあげられないというのか。
「やめてくれ……」
私がひとしきり自己嫌悪に浸っていると、イブキの口から不意に苦しそうな呟きが聞こえる。
それっきり落ち着いた表情に戻り、寝息を立てながらしばらく睡眠を続けていた。
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