第14話「悪魔殺戮計画」

「それでは、作戦を発表する」


 アンナとジェレミアが起床した後、イブキの号令と共にアンナ宅にて早朝作戦会議が行われた。


「イブキ様、その前にこの奥方様は……」


 と思いきや、アンナから質問が挙がる。当然であろう、イブキの隣に全く知らない女性が混じっているのだから。


「申し遅れたな、イブキの妻のルキ・コウヅキじゃ。以後、よしなに」

「えっ、イブキ様に奥様が……?」


 挨拶代わりの先制攻撃である。驚くアンナの反応が心地良い。

 これはもしや、本当に夫婦であったとしても不思議ではないくらい、お似合いの二人ということに違いない。


「俺との契約関係の悪魔であること以外に取り柄がない。恋愛感情もなければ婚姻関係もなければ肉体関係もなければ信頼関係もない。この悪魔から真実が語られることもない」

「なっ……!」


 それ契約以外何もないじゃないか。辛辣にも程がある。絶句して不満そうな私を無視してイブキは議題を進行させる。


「アンナは俺と一緒についてこい。俺が生け贄として同行する形だ。ジェレミアは、ほとぼりが冷めるまでこの家で待機だ」


 非常にシンプルな作戦である。私は事前に説明を受けているので、配慮が足りない冷酷なパートナーの捕捉係を務めることにした。


「詳しい内容はじゃのう……」

「まず、聞く限りでは城の二人は町内に来ることがほとんどない。よって、俺が身代わりの生け贄になったところで気付かれない」


 おや、パートナーがご親切に解説をしているな。


「そしてこれは非常に申し訳ない頼みだが、アンナはラニエロを誘惑して、町内に引きずり込んでほしい。その間に俺がアペティートを始末する。二人が町内に着く前に始末できれば、ラニエロとアペティートの契約は解消。そうなれば、着いた瞬間に力を失ったラニエロを処刑できる」


 そう、アペティートとの契約で得られる力は決まっている。

 圧倒的な威圧感、それが力の正体である。アペティート当人は万能なる権力などと格好つけて呼んでいるが。


 言葉にすると陳腐な表現かもしれないが、マジーアを使えない並の人間であれば、目の前に立った瞬間にひれ伏して二度と顔を上げることができないレベルの威圧感である。

 王になりたいだとか、偉くなりたいとか、そういった欲望を持っている人間にはうってつけの能力である。


 あの悪魔は契約をしてその人間を駒に使い、食糧となる人間を調達する。マーゴがたくさんいる東側の地域ではあまり力を発揮できないが、数の少ない西側の地域では使いどころの多い力である。


「その力というのはじゃな……」

「お前たちが詳しく知る必要はないが、アンナが言っていた何故か逆らえない力のことだ。俺がアペティートを始末できればそれを失い、誰でも処刑が可能ってわけだ」

「些か迷いは残っておりますが……承知いたしました。イブキ様が仰った方法であれば、私たち町民でも城主様へ裁きを下すことができます。イブキ様と出会えて、本当に感謝しか申し上げることができません」

「理解が早くて助かる。ジェレミアは機を見て町にでも戻れば良いだろう」

「あ、ありがとう、ございます」


 私不在で会議は進行していく。私がシャバに出てきた意味あるのかこれ。オブザーバーですらないような気がしてならない。先程より不満げな表情で、ひたすらにパートナーを睨み付ける。


 そんな私の様子に気付いたのか、こちらをチラリと見るとため息を吐きながら口を開く。


「――アンタを呼んだのは他でもない、俺の作戦に最も根拠を与えてくれる存在だからだ。アンナが何で俺の言うことをこんなに聞いてくれるか分かるか? アンタが悪魔だからで、契約者である俺に力があることをすぐさま理解してくれたからだ。決してアンタを無視した訳じゃない、わざわざ説明もいらないくらい、アンタの存在が大きいからだ」

「ルキ様は悪魔とお伺いしておりますが、良い悪魔様なのですね。こうしてイブキ様と一緒に私どものために戦ってくれるのですから、重ね重ね感謝を申し上げます。ルキ様、お力を借して下さりありがとうございます」


 至極真面目に理由を説明され、至極真面目に感謝をされる。

 これでは私が駄々をこねる赤子みたいではないか。それにしても、アンナは良くできた子である。

 感謝を述べる時の表情は純粋そのものであり、媚を売るだとか打算だとかそういった類のものは存在しない。


「無論、理解しておるとも。妾が除け者にされているように感じたが故、少々肩身が狭く感じたものでな。謝罪する」


 ここまで言われると、さすがにこれ以上の反抗を示す気にはなれない。素直に謝罪の意を示し、二人に頭を下げた。

 そういえば、もう一人の誰ミア、じゃなくてジェレミアはいったい何をしているんだ。そう思いよく見ると部屋の隅っこに座っており、虚ろげな目でこちらを見ていた。


「いいえ、ルキ様。私こそ、お力をお借りするにも関わらず、ルキ様への配慮が至らず申し訳ございませんでした」


 先程の感謝同様、至極真面目で誠心誠意の謝罪である。

 これ以上は辞めておけ。より一層私の器の狭さが際立つではないか。イブキが「もういいだろ、満足か?」とでも言いたげな表情で私を見てくる。


 しかし、不思議な娘である。出会って一日しか経っていないのに、もう何日も付き合いがあるかのように感じる。一緒にいても違和感を全く感じないのは、彼女の人徳が為せる技なのだろうか。


 異世界転生をした場合、序盤で誰に会うかは非常に重要である。出会う人間を間違えれば最悪命はない。

 そう考えてみると、私は置いておくとして、最初の町でアンナのような聖人君主タイプ人間と出会えたのは、幸運であったと判断できる。


「それじゃあ、作戦会議も終わったところで、早速実行に移すぞ。各自、それぞれの役割を全うしてくれ」


 イブキはそう言うと立ち上がり、手を一度叩いた。それが号令となり、他の皆も立ち上がり移動を始める。

 会議も終わり駄々っ子の気持ちにも整理がついたところで、ミッションスタートである。


 さあ行くぞ、アルファ、ブラボー、チャーリー、それぞれの任務を全うせよ。

 そういえば昔に出会った転生者が軍隊を経験していて、チームを組んで危険な任務に当たると言っていたことを思い出した。


 残念ながら作戦実行はそんなに格好いいものではなく、一人は発情したオス犬をあやし、一人は喰い意地の張った奴を倒し、一人はただの引きこもり兼逃亡係である。

 文面だけ見るととんでもない面子であるが、果たして作戦なのかこれは。


「あ、あ、あの、あのイブキ、様!」


 三人がアンナ宅を出ようとしたところ、その背後からジェレミアが勢いよく声を発する。

 どうしたどうした、急に一人が寂しくなったのであろうか。ママの乳を吸うには過ぎた年齢であるというのに。


「かえって、きたら、は、は、は、は、は、話を、さ、させてください。だ、だいじな、ことです」


 相変わらず多くの句読点が必要となる口調で、何やら大事そうなことを宣言する。


「ジェレミア、今は言えないのか?」

「す、す、すいません……」


 振り向き質問したイブキに対し、俯きながら答える。


「そうか、じゃあ作戦終了後に必ず話せ」

「は、はい」


 命令したイブキに対し、ピンと背筋を伸ばし直立不動で答える。ここの場面だけを切り取れば、立派な軍隊のワンシーンに見えなくもない。

 ジェレミアとの約束を終え、三人はアンナ宅から出る。向かうは森の先にそびえ立つ城。


「では、城へ参りましょう。私が道化を演じきれるのか、少々不安ではありますが」


 アンナの一言と共に、三人は目的地へと歩を進めた。

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