アステリズムの夜

町川 未沙



「最低」

「おい、待てよりん


 怒りに震える声で吐き捨てる私に、彼氏──いや、もう“元”彼氏と言っておこう──は、焦ったように声を上げる。

 彼の隣に座る、私の親友だったはずの女子生徒も、瞳を潤ませながは訴えかけてきた。


「あのね凛、これは違うのっ……」

「何が?私全部見てたから」


 ここはバスケ部の部室。

 男子バスケットボール部のマネージャーを務める私が、インクが切れたボールペンを変えるため部室に戻ると、部屋の中から男女の話し声が聞こえてきた。

 何故か嫌な予感がして、音をたてないように戸を開けるとそこでは、同じマネージャーである親友と選手である私の彼氏がキスをしているところだった。


 私が部屋に入ってきたことに気がついていない二人は、何度も繰り返し唇を重ねていた。それは、「事故だ」などで誤魔化せるレベルのものではなかった。


 言い訳は出来ないと悟ったらしい元彼氏は、はあっと大きくため息をついて言った。


「……そもそも凛が悪いんだろ。お前、手を繋ぐ以上のこと何もさせてくんねえじゃん」

「っ……!」


 私は声を詰まらせ、手に持っていたインクのないボールペンを元彼氏に向かって力いっぱい投げつける。


「うわ、何すんだよ」

「最低」



 私はもう一度そう言って、自分のカバンをひったくるように取ると部屋を出た。



 今までもあの二人は、私の知らないところであんなことをしていたのだろうか。

 モヤモヤするようなイライラするような、そんな感情をどこにぶつけたら良いのかわからなくて、私はひたすら走った。


 いつもは自転車で帰っているけど、今日は自分の足で走っていたかった。

冬の冷たい空気が頬を刺しても、スカートが大きく翻っても、走るのをやめたくなかった。そうしていないと、吐き出しどころのない感情は、自分の中に溜まっていく一方だったから。

 家族にも心配されてしまうだろうかと思うと、家にも帰りたくない。


 そうやってがむしゃらに走っているうちに、気が付けばいつもは通らない団地の中へと遠回りしていた。



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