第四章 その三
◇ ベルクヴェルク ◇
包囲に気付くや否や、包囲を突破せんと
ミラージュもその決断の早さに驚かされながら、彼だけは何としても逃がす訳には行かないと部下達に追撃の命をだす。自身はその部下達を置き去りにする速さでサンダークを追う。
道中で追い抜き様にルーイヒエーベネの兵達を、逃げられない様急所を外しながら斬り付けつつ、先を行くサンダークを追いかける。
付いてこられた兵は一人も居なかったが、ミラージュはそれを問題としなかった。
サンダークに追い付き、馬をやられたのは予想外だったが、結果としては悪くない。
拾った短剣でサンダークの馬を仕留め足は奪った。
敵中に孤立した状況だが、彼我の実力差を考えれば私の有利は覆らないとミラージュは見ていた。
不用意に襲い掛かって来たルーイヒエーベネの兵達を斬り捨てる。サンダークから注意を逸らす訳には行かなかったので手加減する余裕が無かったが、サンダークの檄でその邪魔者も居なくなった。
「ルーイヒエーベネが将! サンダーク・キャンターが御相手
サンダークの突然の名乗りにミラージュは意表を衝かれた。
思わず「ヘイ……」と出そうなったのをグッと堪えたお陰で、返答が不愛想な感じになってしまったのはミラージュにとって不本意な事だったが、サンダークは特に気にした様子もなかった。
全身全霊を籠めたサンダークの一撃。
上段から振り下ろされる鋭い一撃をミラージュは完璧に見切っていた。
僅か体を後ろに逸らすと、目の前をサンダークの剣が唸りを上げて通過する。
サンダークは振り降ろした剣を更に一歩踏み込んで逆袈裟に振り上げる。
ミラージュはそれも軽く右に体を振って躱すと、がら空きのサンダークの胴体目掛けて剣を繰り出そうとしたが、大きく後ろに飛び
サンダークが剣を振り上げた態勢のまま強引に体当たりを仕掛けて来たからだ。
「やりますね」
ミラージュは口元に笑みを浮かべながらサンダークを称賛する。
「ぬかせ。お主ほどの実力なら既に二、三度は首を刎ねられただろうに。折角だ、このままずっと手を抜いておいてくれると助かるんだがのう!」
「あたながもう少し弱ければ手加減も出来たのですけれどね」
「ハッ! それは残念な事だ!」
ミラージュは剣を突き出し突撃してくるサンダークを今度は左に躱し、すれ違い様に背後から首を狙って剣を繰り出す。
「ぬん!」
それに対しサンダークは肩を
衝撃までは殺せないため一瞬息が詰まるが、サンダークは気合だけで踏ん張って見せる。
サンダークはミラージュが居るであろう所を狙って、反転しながらの横薙ぎを繰り出す。が、そこにミラージュの姿は無かった。
ミラージュは低く屈みサンダークの横薙ぎを回避していた。
そしてその姿勢のまま突き出された剣は、正確にサンダークの首を貫いていた。
「ガッ……ハッ……!」
ミラージュは素早く剣を引き抜き、体をサンダークの正面から逃がす。前のめりに倒れつつあるサンダークに巻き込まれない様にするためだ。そしてそのままサンダークが倒れるのを待たずに首を斬り落とす。
あまりにも鮮やかな一閃。
サンダークの首はその体が地面に触れるまで、胴体から離れる事は無かった。
止めの一撃は僅かな油断もない証左か、はたまた苦しませずに逝かせる為か。恐らくはそのどちらもであろう。
ミラージュは転がったサンダークの首を丁寧に拾い上げ綺麗に整えていると、部下達が遅ればせながら駆けつけて来る。
「付いて行く事が出来ず申し訳ありません!」
「構わないわ。付いて来れるとは思ってなかったから」
遅参を詫びる部下達に気にした様子もなくそう言うと、ミラージュは
鬨役は旗印の先にサンダークの首級を括り付け、高々と掲げて声を張り上げる。
「敵将! サンダーク・キャンター! 討取ったぞおおおおおおお!」
辺り一帯に響き渡る
それに呼応して他の部下達も、
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
と勝鬨を上げる。
その声を聞いたルーイヒエーベネの兵達は次々と戦意を喪失。武器を捨て投降して行った。あと僅かで包囲網を突破せんとしていた者達も思わず足を止めてしまい、その機会を失ってしまった。
サンダークの迅速な用兵によってあわやという所であったが、ミラージュのそれを上回る個人技で結果は予定通りの範囲に収まっていた。
捕虜となったルーイヒエーベネの兵達の武装解除を行い、幾つかのグループに分けて拘束し天幕に押し込んでおく。彼等にはこの後もう一仕事して貰う必要があるため、しっかりと食事を与える事も忘れない。見張りも
それもこれも、彼等に夜の間に大脱走して貰う為の布石だ。拘束した縄も、捕虜同士が協力すれば労せず解ける様にしてある。
全ての準備が整ったのを確認すると、ミラージュは部隊の中からルーイヒエーベネ訛りの者を選び出す。自身を含め十人の小隊だ。
ミラージュが次の作戦の準備をしていると、ゲイルがウインデルを伴って激励に来る。
「早いな。もう出るのか?」
「ええ。時間が惜しいからね」
「ふん。精々巧くやるんだな」
「そのセリフ、そのままお返ししますわ。ホホホホ」
こんな時でもいつもの遣り取りをするウインデルとヘイリアに苦笑してしまうゲイル。
近くの天幕から兵士が一人、ヘイリアに駆け寄る。
「隊長。準備整いました」
「了解。直ぐに出るわよ」
「はっ」
返事を返し天幕へ戻る。ヘイリアからの出陣の報を受け、中から兵士達が荷物を持って出て来て全員が騎乗する。
「じゃあ行って来るわ」
「ああ」
「次はヴァルムで会いましょう!」
そう言ってヘイリアも馬に
ヘイリア達は東回りにヴァルムを一旦迂回し、商人を装って南からヴァルムの中へと潜入する予定だ。本隊が北から迫るまでは外壁門が閉じられる事はないはずなので、ヘイリア達の潜入自体はそう難しくはないだろう。彼女たちの仕事は潜入後の内部工作……ではない。そのままルーイヒエーベネ公を
サンダーク将軍の訃報は城内を混乱の渦に叩き込み、そこに間髪を入れず襲い掛る我等ベルクヴェルクの軍が、その混乱に拍車を掛ける。そうする事で公の暗殺も随分と容易になる事だろう。
(まあ彼女の事だ。完全に警戒されていた所で……だな)
全て斬り捨てた上で、目的を遂げる姿がゲイルには容易に想像が出来る。
サンダーク戦死の報をこちらの意図したタイミングで伝える為に、苦労して全員を捕らえたのだった。あのまま逃がしたのではヘイリア達の潜入が間に合わないからだ。
予定では日が変わり夜も終わりが近づいた頃にわざと隙を作る。その際に出来るだけ多くの捕虜に逃げて貰う必要がある。それもバラバラと間断なくだ。それを追いかける形で本隊をヴァルムに向けて進軍させるのだが、逃げる捕虜達に追い付いてはいかず、さりとて捕まえる気が無い事を悟られてもいけない。適度な緊張感を逃亡者達に与えながら、こちらにも多大なストレスの溜まる難しい追撃戦となるだろう。
だが、やり遂げねばならぬ。もう後戻りは出来ないのだから。
ゲイルは決意を新たにする。
最高に上手く事が運べば、続々と逃げ込む兵を受け入れるために門を閉ざせず、そのまま城下へ雪崩れ込む事も可能となる。そうなれば、例えヘイリアの暗殺が失敗──まあまずそんな事はないだろうが──したとて、勝敗は決したと言っても過言ではない。
ヘイリアを見送ったゲイルは、後の指示をウインデルに任せ自身の天幕へと戻る。
眠りが浅くなると普段は手を付けない寝酒を軽く一杯飲んで床に就く。
そうでもしなければ寝られそうになかった。
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