第一章 その二

 時を少し遡り、祭りの準備を見学しに行ったフォグルはと言うと、「ほわああああ」と村人達の熱気と、今まで見た事もない人の数に圧倒されていた。しかしそれを恐れるでなく、むしろ目を輝かせて辺りをキョロキョロと見回していた。

 本当はそこら中走り回って、大人達に色々話しかけて見たかったりもしたのだが、「迷惑を掛けない様に」というじいちゃんとの約束を守っていた。何も知らない自分がチョロチョロ動き回ると邪魔になるという事を、フォグルはちゃんと理解していたのだ。

 なので、広場を見渡せる隅っこの方で、大人しくその様子を眺めていた。それだけでも十分にフォグルにとっては刺激的で、とっても楽しい時間だった。

 村の大人たちもそんなフォグルに気付いていた。何かお手伝いでも頼んで準備に参加させて見てはと言う者も居たが、作業の大半がやぐら組みやら屋台組みやら物資の搬入やらの力仕事ばかりで、飾り付けと言った女子供でもやれる作業はまだ少し後。まあ見てるだけでも楽しそうにしてるし、あのまま見物していて貰おうという事で意見の一致を見ていた。

 そして、そんなフォグルを見ていたのは大人達だけではなかった。村の子供たちだ。

 余所よその大人は珍しくはあるが、商人や兵士など見かける事はそれなりにあった。しかし、余所の子供を見かける事は、子供たちの短い人生の中では一度としてなかった。それだけに、皆珍獣でも見る様に家の中からフォグルの様子を観察していた。

 外に出ると大人の邪魔になるので、親から「家に居ろ」と言われているのだ。

 そんな中、当然親の言う事なんて知ったもんかと、外に遊びに出ていた悪ガキ達がフォグルに気付くのにそう時間は掛からなかった。

 皆十とおにもなって居ないだろう三人組の悪ガキ達のリーダー格と見られる男の子が、二人に声を掛ける。

「おい、クーリア、ファイ。あんなとこに見た事ねぇガキが居んぞ」

「確かに見た事ないなぁ。何処どこから来たんだろ?」

「そういやさっきウチに修理に出してたくわをじじいが届けに来てたぜ。それに付いて来たんじゃね?」

 声を掛けられたクーリアとファイが答える。

「きっとそれだな! ってーことは……だ。祭り目当てで来たに決まってる!」

「フェアー。悪い事……いや、良い事思い付いたね?」

 クーリアがフェアーに確信を持って訊ねる。

「おうよ。お前ら親から祭り用の小遣い幾ら貰った? 俺は五百ミーティオだ」

「うちも」「ウチもだ」

「これじゃあジュース一つとおやつの一つか二つも買ったらお終いだ。それじゃあ少ねぇと思わねぇか?」

「なるほど。そりゃ良いや」「流石フェアーだぜ」

 三人は意見の一致を見ると、ニヤニヤ笑いを浮かべながらフォグルに近付いて行く。

 飽きもせず夢中になって祭りの準備を眺めていたフォグルは、三人に取り囲まれるまでその存在に気付く事はなった。

「……? みえないからどいて」

 フォグルは左右に体を振りながら前に立つ少年の後ろを見ようとしている。意識は祭りの準備にしか向いていない。

「おい! 無視してんじゃねぇよ……。お前余所モンだろ?」

 フォグルの正面に立っているリーダー格の少年フェアーがフォグルを睨みつけながら問い掛ける。

「……? だったらなんなの?」

「へっ。祭り用に小遣い貰って来てんだろ? 黙って出しな」

「そんなのもらってない」

「嘘吐いてんじゃねぇ。バレバレなんだよ。お前が祭り目当てだって事はよ」

「うそじゃない!」

「少し痛い目に遭わないと分からない様だな。……おい!」

 フェアーが二人に呼び掛けると、クーリアとファイが左右からフォグルの腕を掴み上げる。

「なにするの!? はなして!」

「連れて行け」「「おう」」

 二人はフォグルを無理矢理引き摺って物陰へと連れ込んで行く。日頃から鍛錬を欠かさないフォグルであったが、腕を掴む二人も田舎の子供。普段から親の手伝い等で単純な基礎的な筋力は、年齢差もありフォグルを圧倒していた。

 為す術もなく引き摺られて行くしかフォグルに出来る事は無かった。

 フォグルが殆ど抵抗らしい抵抗をしなかったのには筋力差以上に、じいちゃんとの約束があったからだった。「大人しくして居る事」「喧嘩は御法度」をフォグルなりに守ろうとした結果が、声を上げて助けを求める事もせず、暴れる事もしなかった大きな要因であった。

「ほんとにもらってないの! しんじて!」

 クーリアとファイに拘束されたまま、フォグルは目の前のフェアーに必死に弁解するも受け入れられる事はない。

 フェアーの返事は無言でお腹に思いっきり拳を突き入れる事だった。

「…………げぇぅっ!」

 強い衝撃に息が詰まる。痛い。苦しい。フォグルの目に思わず涙が浮かんで来る。

 足から力が抜けくずおれそうになるのを、両脇の二人が支える。

 うつむき勝ちになったフォグルの顔をフェアーは左手で掴み上向かせると、空いている右の手で力一杯頬を張る。

 パシィン! と良い音が響くと同時に、かえす手で反対の頬も引っ叩く。

「うっ、うっ……。しんじて……おねがい……やめて……」

 それに取り合う事無くフェアーはニヤニヤ笑いを顔に貼り付けたまま、フォグルに一方的な暴力を振るい続ける。フォグルが進んでお金を出して来るまで、フェアーは止める積りはなかった。

 ただただ耐えるしかないフォグルは、どうして自分がこんな目に遭わないと行けないのか、どうしてこんな目に遭っているのか、何も分からないまま全身に叩き付けられる痛みに涙を流していた。

 泣き声は上げなかった。

 騒ぎを聞きつけて大人達が来ると、「大人しくして居る事」に反してしまうと思っていたから。

 そんなフォグルの様子に、三人も少し戸惑いを覚える様になって来ていた。少し小突いてやれば直ぐに出して来るだろうと、そう踏んでいたからだ。しかしどれだけ殴っても蹴っても「やめて」と言うばかりで、出しそうな素振りもない。

「ちっ。強情な奴だぜ! こうなりゃ無理矢理にでもやるぞ! おまえら!」

 フェアーがそんな戸惑いを振り払う様に、自分と二人に発破を掛ける。ここまでやった以上、フェアーも後には引けなくなっていた。

 ただ、いい加減殴ったり蹴ったりするのも流石に疲れて来ていた。これ以上時間を掛け過ぎて大人達にバレても面倒だなと考えたフェアーは、フォグルの身包みを剥いで漁る事にした。

 野遊びで使う小刀を取り出し、フォグルの服を破いて行く。上着を破り終え何もないと分かると、その手はフォグルのズボンへと伸びる。

「やめてっ!」

 流石にフォグルも身動みじろぎして何とか逃れようとするも、散々殴られ蹴られた体には思う様に力が入らず、二人を振り払う事など出来る筈もなかった。

 そんな時──。

「あんた達! こんな所で何してんのっ!!」

 一人の少女が、そこに現れた。


 ヘイリアはフリーレンの村長むらおさを務める一族、ブリッジ家に生を受ける。祖父はレイナス、祖母はヘイリアが生まれる前に他界していた。父ガストと母ミスティの間に生まれ、他に子が居なかったため一人娘としてそれはそれは愛情を注がれて育てられてきた。

 両親はヘイリアを箱入り娘の様に育て様としたが、当のヘイリアは周囲の女子達が好む様なお人形や、女らしいとされていたお裁縫やお料理などには一切興味を示さず、習い事も全てほっぽり出して近所の男の子達を引き連れ野山や川を駆け回るのが常だった。

 そんなヘイリアに呆れと諦めと、少々の哀しみを抱えながらも両親は優しく接した。いずれは女の子らしい事にも目覚めてくれるだろうと、儚い希望を捨てる事なく。

 家族に愛され、何不自由なく奔放に育てられたヘイリアは家族の事が大好きだった。父は都会で「ほうりつ」とか言うのを学んで来たとかで、よく村の揉め事の仲裁や解決に尽力していた。そんな父の姿を見ていたヘイリアは、憧れの父の姿を真似するように、子供達が悪さをすると叱り、喧嘩をすれば仲裁をするといった事をする様になっていた。

 そうして何くれとなく面倒を見ている内に、ヘイリアは次第に村の年少の子供たちを纏めるリーダー的な存在になっていた。皆はヘイリアの事を尊敬と畏怖を籠めて「姐さん」と呼んでいた。

 特に、一つ年上の前リーダー格の男の子がある一人の男の子をいじめているのを発見したヘイリアが、その男の子と取っ組み合いの喧嘩になった末、負かして謝らせたのを切っ掛けにそう呼ばれる様になった。

 祭りの今日も、ヘイリアは家々を回って退屈そうにしていた子供たちを誘い、村外れの山で大人達の邪魔にならない様に遊ばせていた。何時もの様に散々はしゃぎまわって遊び疲れた年下の子供達をお昼にはキチンと全員家に送り届けると、自身は家に寄らずに今度は少し山の奥まで足を踏み入れる。山で取れる果物等でお腹を満たすと、手ごろな枝を拾って剣にして山を探索するのが近頃のヘイリアの日課だった。

 影の傾き具合から今日の探索を終了しヘイリアが村へ戻って来た時だった。「やめてっ!」という涙声の男の子の声が聞こえて来たのは。

 声のした方へ一目散に駆け出したヘイリアの目に飛び込んで来たのは、良く知った三人が、見た事のない小さな男の子を寄ってたかっていじめて居る所であった。

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