騎兵転移
メメタンガス
第一走 ゲートが開く
特別な存在になりたかった。
誰からも称賛され、求められ、これでもかと大事にされる。
知っている。
そんな<特別>になれるのは全体のほんのわずかな一握りだ。
分かってる。
どれだけ大きな宝石でも輝くためには、まずは誰かに掘り出し、磨き上げてもらわなければならない。
<特別>とは、実力と幸運、その両方を兼ね備えた類稀な存在だけがなれるのだ。
そんな存在になりたくて、努力して、死に物狂いで頑張った。
で、成長するに従って現実が見えてきた。
その道は遠く険しくて、手持ちの才能だけではきっと届かないと思ったのだ。
そんな時に怪我をした。
もうライバルたちには追いつけない。
悔しくて泣いた。泣いて泣いて諦めた。
心のどこかで、安心していた。
怪我をしたから止めるのだ、どうしようもないのだと、そんな言い訳が出来てしまった。
それから徐々に腐っていった。内側から緩んでいった。
あの時に逃げなければ、もう少し、我慢してやっていれば、困難から逃げなければ。
そんな悔恨が塵のように積み重なって、いつしか楽しかった記憶さえ、埋もれて見えなくなってしまった。
頑張りたい。
もう一度だけ、チャンスが欲しい。
そんな風に思っていたら、光るゲートが現れた。
ここをくぐれば、過去の全てがリセットされる。
この澱のように積み重なった後悔から脱出できる。
何故かそう確信した。
やる気が出てきた。
次こそは走ろう。
駆け抜けよう。
今ならきっと、例え心臓が止まったって走れる気がするのだ。
だって、今度は一人じゃないから――
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,ハiヽ.. ∧,,∧
ノ"・,,'' ヽミ(・ω・` )
(。,,/ ) ヽミ ⊂:::::::)⌒ヾミミミ彡
ノ し´ )
( 、 ..)___彡( ,,.ノ
//( ノ ノ.ノ (
// \Y .. 〆 .い
(ノ くく //
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そよ風に揺れる緑の絨毯、その真ん中を貫くように石畳の道がある。道は曲がりながらも遠く雪化粧をした山脈の麓まで続いているように見えた。
「……どこだ、ここ」
ユウマは呆然と呟いた。気が付けば見知らぬ場所にいたのだ。
「クロエ、一体、何が起きたんだと思う?」
「ぶるる」
私が知るわけないでしょう? とばかり愛馬クロエ号が嘶いた。
ユウマが覚えているのは美浦第一高校の文化祭で流鏑馬を披露したところまでだ。愛馬クロエ号に跨って走り出し、
「まさか……異世界転移ってやつかな?」
「ひひんぶるる(可能性はあるかもね)」
「そうだといいなぁ……ん?」
ユウマは高校二年生だ。就職か進学かを考える時期に入ってきている。現実が近づいていくに従って、ゲームや小説の中にあるような剣と魔法のファンタジーな物語に憧れを抱くようになっていった。大人達はそれを現実逃避と呼ぶのだが。
「いや、でも……まさか、冗談だよな? そんなのあるわけないし……盛大なドッキリとかそんなだよ、きっと」
ユウマはそんな事を言いつつ、手にしていた弓を背中に戻すと、腰に佩いていた太刀を抜いた。
「ぶる(どうしたの)?」
「念のためね、ほら、野生動物とかに襲われるかもしれないし……」」
どっきりだったとしても大自然の中にいる事は間違いない。遠くから監視してくれているとしても不意の事故、例えば野犬だとか熊だとかに襲われる可能性はゼロじゃなかった。
文化祭の出し物とはいえ、流鏑馬の披露は馬術部創設以来の伝統行事だったため結構本格的だった。衣装や小道具なんかも全て本物なのだ。綾笠に狩衣、腰に履いた太刀だって真剣である。
もちろんこの日の為に近所の神社から借り受けてきているのだ。
ユウマはその太刀を抜いて、馬上からの振り下ろし、すれ違いざまに撫で斬り、突撃しながらの刺突など指輪物語的な映画のワンシーンを思い出しながら振るってみた。
部長に見られていたら叱責ものの所業だが、今この場には自分とクロエ号しかいないので咎める者もいない。
「……はは、まあ、そんなわけないよね」
そして不意に大掛かりなドッキリである可能性を思い出し、鞘に戻した。今この状況をモニタリングされているのだとしたら悶死すること間違いない。
「ドッキリだ。うん、これはドッキリ」
映画やゲームのようなファンタジー世界に迷い込むよりも、何の変哲もない高校生に無意味に壮大なドッキリをしかけられる可能性が僅かに高かろうと思って、ユウマは非日常に憧れる感情を無理矢理に強引に押さえ込む。
「あ、というかクロエは大丈夫? 変わった事ない?」
「ぶるる(私は別に……)?」
「ん?」「ぶる?」
不意にクロエ号がこちらを向く。長い睫毛に縁取られた愛らしい黒目がパチパチと瞬きをした。
「クロエ、喋れてない?」
『言われて見れば確かに……』
ぶるるる、まるで肯定するかのように黒毛の馬が嘶いた。鳴き声が何故か理解可能な言葉となって脳内に響いてくる。
馬は非情に賢い生物だ。時に人間の言葉を理解しているのではないかと思う時が多々あった。大会で好成績を収めた時は上機嫌にステップを踏んでいたし、ユウマの調子が悪い時、心配そうな鳴き声を出してくれた。大好きだった彼女に振られた時には鼻筋を寄せて慰められた時もある。二年間の高校生活の中で苦楽を共にしてきたクロエが相手だと心が通じ合ったと思う瞬間は沢山あったのだ。
しかしこれほど明確に意思疎通が出来たことはない。
「……まさか、本当に?」
『……異世界なの?』
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