お風呂上がりにうろつく彼女

春嵐

彼氏視点

「お風呂上がりましたあっ」


 彼女。湯気とともにリビングに走ってくる。


 はだかで。


「はい。牛乳」


「ありがとっ」


 腰に手をあてて、一気飲みしてる。


「おかわりっ」


「はい」


 注いであげる。


 それをまた、一気飲み。すさまじい吸引力。


「ふはあ。いきかえった」


「しんでたわけでもあるまいし」


「43℃に挑戦したの」


 かなり熱くないか。


「熱かった。身体中の水分が出ていくかと思った」


「のぼせないようにね」


「うん」


 サウナとか、好きだったっけ、この子。


 彼女。次の行動に移る前に、バスタオルを持って待機した。


「ふう」


 コップを置いた彼女が、キッチンとリビングのちょうど中間の部分で、たちどまる。


「ほらきたっ」


 バスタオルを被せて、髪を拭く。


「うわっうわっ」


 身体をぶるぶるさせて水分を飛ばすのをやめろ。猫かよ。


「いぬみたいにやろうとおもったのにい」


 犬か。


「どっちでもいいや。おりゃあ」


 バスタオルで髪と身体をごしごしして、なんとか水分を奪う。


「よっし。おっけい。行ってよし」


「ありがと」


 彼女。リビングに座って、さっき僕が食べていた枝豆とにんにくをつまみつつ、テレビを付ける。


 はだかで。


 バスタオルを洗面室に戻し、キッチンに立って冷蔵庫を確認する。今日は何を作ろうかな。


「ねえ」


「やきそば」


「えっ、夜ごはんだけど」


「紅しょうがも買ってあります。目玉焼きをひとつ加えていただけると、たいへんたすかります」


「なぜ」


「これ」


 テレビドラマ。バーベキューの場面らしい。


「これ見てたら、やきそば食べたくなって」


 彼女。真剣な目。はだか。


「肉とかあるから、焼いてバーベキュー風味にできるけど」


「やきそば、ですね」


「じゃ、やきそばにしようか」


「やったっ」


 嬉しそうな目。


 キッチンに立って、用意をはじめた。


 彼女には事務仕事をしていると言っているが、本職は詐欺師だった。警察と組んで、わるい業者から金をあの手この手で奪う。怒った業者がこちらに突撃してくるが、それを警察が待ち構えていて一網打尽にする。


 一般企業を装っているけど、仕事上かち合ったり誤解を受けたりしやすいので、その解消のために警察手帳と厚生省のパッチを両方支給されてもいる。ときどき公安から依頼がくることもあった。


 手帳もパッチも、使ったことはない。自分には、心裡的な技術があった。目の前の人間の行動から、心裡を見抜くことができる。


 はだかの彼女。風呂上がりは、いつもそうしている。最近は寝るときも、はだか。


 そして、はだかのときは、目が、真剣になる。何か、立ち入れないような雰囲気をかもしだす。


 だから、何も訊かず、はだかでいさせてあげた。お風呂上がりはバスタオルで身体を拭いてあげて、寝る前は歯を磨いて、起きたら顔を洗ってあげて。


 はだかでいても、大丈夫だよという意思を見せる。彼女の心の底にある部分に、直接は触れないで、寄り添う。


 自分だって、事務仕事と言いながら詐欺師をしている。彼女にも、秘密のひとつふたつ、あるだろう。


「さ、できたよ」


 彼女がいるなら、自分はそれでいい。


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