Act.18 歓声に、塞ぐ耳。
動かなくなった壊れた兄を抱きしめて、最期のコトバを送る。
「ごめんね……さよなら、兄さん」
幼い頃からたった二人だけで生きてきた。
政府に連れてこられ、そこで受けた実験も……二人だから耐えられた。
大切な、大切な片割れ。
痛む胸を押さえて、抑えて、ミカエルは駆けつけた仲間たちに微笑んでみせた。
――無数の墓標が立ち並ぶその場所に、兄とケイジ、そしてキリクとヒュライの遺体を埋葬する。
泣いている女の子たちを見つめながら、自分も泣けたらどれだけ楽になれるのだろう、とミカエルは思った。
泣いて良いのだと、カルマは言った。
だが、感情の一部が欠落しているのか、ミカエルは泣きたくても泣けなかった。
……兄を壊した自分に、泣く資格なんてそもそもないのだろうけれど。
(……それでも、君の命を背負って生きていくことだけ、赦して……ラファエル……)
カルマが
桜散はどうやら無事なようでホッとしたが、カルマの様子が少し変だった。
まるで、白昼夢でも見ているような……――
「みっくん」
怪訝そうにカルマを見ていたミカエルに、フィーネが声をかける。
「カルマのね、本当の名前はね……」
メモリア・クロイツ。
確かに、兄を屠った闇属性の最上級魔法を放つとき……カルマはそう、名乗っていた。
ハリアによる生存確認が行われる。
生き残った自分たちは、死んだ仲間たちの分まで生きなければならない。
カルマを見やると、辛そうな表情で必死に何かを耐えていた。
ミカエルはそんな彼に、ふわりと笑う。
「帰ろう。……リアくん」
ああ、自分はちゃんと、笑えているのだろうか?
――傷を負ったメンバーは戦場跡地で応急処置をされ、アジトに戻ってから再度しっかりと治癒術を施されることが決まった。
墓標の地となった戦場を後にして、ミカエルたちは街へ戻る。
出入り口に辿り着くと、様子を見守っていた街の人たちが、泣きながらも彼らの無事を祝ってくれた。
+++
「これで……終わったのですね」
――翌日。
清々しいまでに晴れた空を見上げ、深手を負ったフィリアの包帯を変えながら、ミライがぽつり、と呟いた。
「うん。……終わったの、全部……」
泣きそうな顔で笑って答えたのは、ラズカだった。
そんな彼女を見かねたゼノンとヒサメが、彼女に抱き付いて明るい声を上げた。
「私たち、これから自由だよ! 街の人たちも、みんな!」
「もう戦わなくていいの。辛い思い、しなくていいの」
二人の言葉に、ラズカは涙を流して、そうだね、と頷いた。
――ハリアは街の人たちに、政府が解体したことを伝えに行った。
最も、恐らく街の人たちもあの最後のアナウンスを聞いていただろうが。
街は一瞬静まり、それから歓喜に溢れた声でいっぱいになった。
もう誰も、政府の圧政に苦しまなくて済むんだ。
ミカエルはただそれが、嬉しかった。
みんなから、再び本名で呼ばれるようになったカルマ……メモリアは、アジトに帰ってきて早々に自室に閉じこもってしまった。
今回の戦いで、深く傷ついたのは、きっと彼なのだろう。
クールな様でいてとても仲間想いだった彼は、仲間を殺めたことに苦しんでいるはずだ。
カルマの部屋の前に立ったまま、ミカエルはそんなことを考えていた。
何て声をかければいいのだろう。
そう、悩みながら。
+++
部屋の締め切った窓から漏れる、歓喜の声たち。
抑圧されたココロは解き放たれ、人々は自由を手にした。
(これで、良かったのですか。父さん、母さん……)
大切な仲間という犠牲を払って、大切な仲間の家族を殺して手に入れた自由は、なぜこんなにも、痛いのだろう……?
(これで、幸せですか)
復讐は終わった。後に残ったのは、痛みと虚しさだけだった。
街の歓声に、耳を塞ぐ。
街の為に戦った訳じゃない。自分のエゴで、戦っただけなのに。
……結局、政府のトップは自らの手で殺めることが出来なかった。政府塔へ侵入した何者かが、彼の命を奪ったらしい。
運がいいのか悪いのか、生き残った目撃者が言うには黒髪赤目の青年だったというが……。
(黒髪赤目……まさかな)
脳裏をよぎるのは、自身にチカラを授けた【魔王】ヘルの姿。
その男もまた、黒い長髪と血のように赤い瞳を持っていた。
けれど、考えすぎか、とカルマはゆるゆると頭を振る。
……その時だった。
――コンコン。
不意に、控え目なノックが部屋に響く。
扉を開けると、金髪の天使が恐る恐る部屋の中を覗き込むようにして姿を見せた。
「……ミカエル?」
不安そうな天使を部屋へ招き入れると、彼は泣きそうな顔でカルマを見やる。
「……リアくんは僕に言いましたよね。泣いて良いんだ、と」
「……ああ」
ベッドに腰掛けながら頷くと、ミカエルは彼の前に立ってぽつり、と呟いた。
「……リアくんも、泣いて良いんですよ」
「……それ、は」
出来ない。泣く、なんて、もうすでに……赦されない。
(この手を血に染めすぎた、オレには)
天使の言葉に、カルマはそう、静かに首を振った。
「オレは……両親の復讐の為に戦って、大勢を殺した。
……泣くなんて、赦されない」
「僕もなんです」
苦笑いを浮かべながら、天使は窓辺に寄り添う。
「僕も、泣けないんです。……きっと、これは罰なんでしょうね」
「……罰?」
聞き返せば、天使は泣きそうな顔で笑った。
「僕は、“人工天使”。本来なら、存在してはいけないモノ。
……きっと、本来の天使族や神族からは忌み嫌われているはずです」
“天使族”と“神族”。
けれど……それらが実在し得るということは、カルマは【神族・魔王】ヘルとの接触で身を持って知っていた。
そして……“人工天使”として存在する“罰”として、ミカエルは『兄を悼み泣くこと』を失ったのだと言う。
「ラファエルは、たった一人の親友を喪い、壊れ、そして死して逝ったことが“罰”だったのでしょう」
自分はそれを悲しみ、涙を流すことを赦されない。
兄を想い、泣いて、祈ることを赦されない。
「不思議ですよね。キリクさんやヒュライさんが亡くなったときは泣けたのに。
ラファエルが死んでも、胸が痛いだけで……涙が出ないんですから」
ミカエルは街の歓声に目もくれず、ただ広がる蒼空を見上げ、瞳を閉じた。
「ミカエル」
窓から差し込む柔らかな光。透き通るように白い翼。儚くて、美しいもの。
そんな絵画のような光景に、純白の天使が消えてしまいそうな感覚に陥って、カルマは思わず名を呼んだ。
「……?」
だが、振り返りきょとんとしているミカエルは、いつもどおりで。
かける言葉もなく、妙な沈黙が二人の間に流れた。
(消えてしまいそう、なんて。バカか、オレは……)
もう誰も失いたくないが故の錯覚。
この手の中に残った、きれいなもの。希望。宝物のような、キラキラとした天使。
そんな彼に何と声をかけよう……とカルマが逡巡していると、再度扉がノック音を奏でた。
無言のまま立ち上がり扉を開けると、そこにはへらり、と笑顔を浮かべたジョーカーの姿があった。
「リーア! ねーねー、今ヒマ?」
問いかけながらも、その声は有無を言わせないような響きで。
カルマはちらり、とミカエルを見やる。
「あ、みっくんと一緒だったのかー」
相変わらずへらへらと笑いながら、彼はミカエルに手を振る。
そんな彼に困惑しながらも、天使はカルマに声をかける。
「えっと……僕はいいですから、ジョーカーさんの用件を優先してください。
……何か、大事な用があるんでしょう?」
その言葉に頷いて、カルマは部屋を出ていくミカエルを見送った。
「……いやあ、みっくんは鋭いなー」
「……それで、何の用だ?」
笑顔のままのジョーカーに、カルマは真っ直ぐ彼を見つめる。
「うん……ちょっと、ね」
その笑顔が、歪だと気付かずに。
「外に行くの、付き合ってくれない?」
嗚呼、頷いてしまわなければ。
嫌だ、と言えていたのなら。
……どれだけ、よかったのだろう。
(その後悔も、きみの『記憶』だよ、メモリア――)
「……ごめんね、リア」
Act:18 終
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